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2.魔法使いと家族

 十月に入り、日記の通りにエルヴィラの弟のお披露目が行われることになった。エルヴィラはルクロドと一緒に参列することになり、久しぶりにエスティマ公爵邸を訪れた。


「緊張してるか?」

 門の前でルクロドの腕を強く握ってしまったエルヴィラにルクロドが優しく声を掛けた。


「無理しなくて良いんだぞ。実の弟といってもエルヴィラが辛いなら祝いだけ預けてここで帰ろう」

「……大丈夫よ。私、ちゃんと祝いたい。以前の私とは違うんだっていうことを自分で自分に証明したい」

「分かった。気分が悪くなったら、すぐに連れて帰るから」

 ルクロドの腕に添えていたエルヴィラの手にルクロドが反対側の手を重ねた。

 エルヴィラがルクロドの顔を見上げて頷くと、ルクロドは微笑んで歩みを進めた。


「エルヴィラ様お帰りなさいませ。カールマン卿よくおいで下さいました。どうぞお入りください」

 門番はエルヴィラの顔を覚えていたようで、笑顔で迎え入れてくれた。

 門番に何か辛く当たった覚えはなかったが、エルヴィラの使用人達に対する仕打ちは屋敷内で周知されていたはずなのに暖かく迎えられ、エルヴィラは自分がしてきたことを恥ずかしく思った。


 転移で屋敷の前まで飛ぶと、執事やメイドたちも同じように迎えてくれた。

 予想外の歓迎にエルヴィラは逆に居心地が悪くなった。


――どうせなら不機嫌な対応をしてもらったほうが、罪悪感が無くて済むのに。


 そんなことを思ったエルヴィラだったが、エスティマ公爵達の登場に顔が強張った。


「カールマン卿、ようこそおいでくださいました。エルヴィラ、久しぶりだね。元気にしているようで何よりだ」

 心なしか公爵の顔も強張って見えた。

 当たり前かもしれない。エルヴィラが実父と話すのは実に一年ぶりだ。いやそれ以上になる。そもそも生まれてからも父と会話を交わした数はとても少なかった。

 この一年も手紙さえも、ルクロドはやり取りしていたようだが、エルヴィラは一通も出していないし、貰ってもいない。


「ご招待ありがとうございます。またこの度はご嫡男のご誕生誠におめでとうございます」

「ご無沙汰しております、お父様。お父様方もお変わりないご様子何よりです。また弟の誕生心から嬉しく思います」

 型どおりに挨拶を絞り出し、何とか体裁を整える。ぎこちない会話に息が詰まりそうになるが、ルクロドの手の温かさが救いになった。


 今は公爵夫人となったミーナとその娘リーナとも挨拶を交わす。

「エルヴィラ様、この度はご参列くださり誠にありがとうございます。また公国の学園に入学されたと伺いました。ご入学おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 ミーナは義母とは思えないほど下手(したて)に挨拶をする。その目には怯えとほんの少しの罪悪感が見えた。

 ミーナは元々実母付きのメイドで下級貴族の出だったそうだ。

 エスティマ公爵を母とエルヴィラから奪ってしまったことを申し訳なく思っているであろうことは以前から感じられた。

 

 公爵が再婚相手としてミーナを、腹違いの妹としてリーナを連れて来た日、エルヴィラは三人を激しく罵倒した。それは実母を亡くしたばかりの少女には仕方のないことだったのかもしれないが、未だにエルヴィラ自身の心にも棘の様に刺さっている。


 エルヴィラは軽く深呼吸して応えた。

「ミーナ様、この度は弟の誕生を心からお喜び申し上げます。またリーナ様につきましては、王太子殿下の婚約者候補になられたと聞き及んでおります。誠におめでとうございます」

 ぎこちなくはあったが笑顔で対応できた。ルクロドがエルヴィラの背中に手をやり、優しく撫でさすってくれたので、上手くできたのだとほっと息を吐けた。


「ありがとうございます。ぜひ息子の顔を見てやってください」

 そう言って、ミーナはエルヴィラ達を奥の部屋に通した。

 部屋の中の豪奢な揺り籠にエルヴィラと同じ髪色の赤ん坊がすやすやと眠っていた。


「可愛い……。名前はなんと?」

「アウルスでございます」

「良い名ですね。アウルスに神の加護がありますように」

 エルヴィラは心から弟のために祈った。


 エルヴィラは家族として参列するので少し他の招待客よりも早めに来ていた。執事がやって来て、エルヴィラの部屋が以前の通りに整えられていると告げられたが、もう全て処分してほしいと伝えた。

 母の形見など大事な物はあの部屋には残っていない。ドレスや宝石はリーナが使えそうなら自由に使って欲しいと思いそう伝えた。


 執事は少し悲しそうな眼をした後「承知しました」と言って下がった。


 しばらくすると招待客達が続々とやって来た。

 エルヴィラの見知った顔もあったが、ルクロドの横に張り付いてなるべく挨拶を少なくした。

 それでなくても好奇の眼で見られがちなのに、大魔導師の後継者となったエルヴィラは多くの貴族達にとって、取り入りたい対象の筆頭になっている。しかし、エルヴィラ自身にまだ対処の手段はなかった。


 そうこうする内に、本日の主賓がいらっしゃったと伝令が伝え、お出迎えすべく全員が立ち並んだ。

 王太子殿下、ルキウス王子の登場に、一同は首を垂れた。


 エルヴィラも目が合わないようにルクロドの影に隠れるようにして頭を下げた。

 最後に会ったのは去年の王妃様のお茶会だ。

 あの頃は婚約者候補の筆頭と目され、ルキウス王子との距離も随分近かった。


 公爵と王子が会話を交わす声が聞こえて来る。

 そしてルクロドの前に王子がやって来て型通りの挨拶を交わしたが、その後はエルヴィラの希望通りには行かなかった。


「エルヴィラ、久しぶりだね。また会えて嬉しいよ」

 王子は見つからないよう縮こまっていたエルヴィラをあっさり見つけて声を掛けた。


「恐れ多いことでございます。王太子殿下に置かれましては我が弟のために御来訪賜り誠にありがたく存じます」

 膝を曲げ、頭をさらに下げてそう言うと王子はクスリと笑った。


「そんなに畏まらないで。顔を見せて。ああ更に美しくなったね。この大魔導師が君を後継者にと言った時にもっと抵抗すれば良かったといつも思うよ。まあ『予言』を持ち出されてはどうしようもなかったけど」

 王子は軽くルクロドを睨み、またエルヴィラに視線を戻した。

 王子の琥珀色の瞳を見つめたエルヴィラは思ったよりも冷静な自分に少し驚いた。

 以前は眼が合えば舞い上がっていたのに。


「エルヴィラ、公国で嫌なことがあったらいつでも王都(こちら)に戻っておいで。私が必ず守ってみせるから」

 本気とも付かない口調にエルヴィラはどう返答すれば良いか一瞬躊躇った。


「……勿体無いお言葉ありがとうございます。公国では皆様に大変良くして頂いております。遠き所ではありますが、殿下の、そして王国の発展のために尽力して参ります」

 硬さが解けることのなかったエルヴィラに王子は苦笑いしたが、すぐ真顔に戻り、頷いてリーナ達に言葉を掛けに行った。


 ルクロドとエルヴィラはそれ以降王子の近くには行かないようにした。日記によれば今日何かが起こる。その内容はルクロドにもはっきりとは分からないとのことだった。


「……意外に平気そうだったな」

「私ももっと心が揺れるかと思ったけれど、あの瞳を見てももう何も感じなかったわ……。不思議なものね」

 エルヴィラの中で王太子妃への執着は完全に過去のものになっていた。それでも王子に会えば慕っていた頃の想いが蘇るかとも思っていたが、ときめきも胸の痛みも感じなかった。

 あの王子への思いも過去のものになったらしい。いや、もともと婚約者という立場が欲しかっただけだったのか、今ではエルヴィラにもよく分からない。


「とりあえず、後はリーナが聖女と呼ばれるきっかけだな。俺が知る限り、まだあの娘は魔法を使った事はないそうだが」

「危ない事じゃなければ良いけど」

 エルヴィラは眉根を寄せた。


「そうだな。でもエルヴィラ、何かに気付いても動いちゃ駄目だ。これはリーナの運命だ。まあ、邪魔したいなら全力で手伝うが」

 ルクロドはニヤリと笑って言った。


 エルヴィラは呆れたように返した。

「まさか!でも誰かの命に関わるような事なら冷静でいられないわ」

「王子には予め今日何か起こるかもしれないからと防御魔法を施してあるから、少なくとも彼が傷つくことはないよ」


 そんな会話を隅で二人が交わしている間に、お披露目は滞りなく行われた。


 しかし、それは王子の見送りの場で起こった。

 王子の馬車の馬が虫にたかられ、急に暴れ出したのだ。車輪が外れ、馬車が傾いた所をリーナが飛び出して、王子を守ろうとした。リーナから魔力が流れ出て傾きが止まる。ルクロドも直ぐに杖を出し、馬車を安全な位置に移動させた。


「聖女だ……」

 誰かが呟いた。

 リーナの運命が、日記の通りに動き出した。


 代わりの馬車が用意され王子は帰っていったが、それまでリーナに運命を感じたようにずっと見つめ合っていた。

 エルヴィラは日記の成就にも冷静でいられた自分に密かに嬉しく思った。



「エルヴィラ、部屋を処分しろと言ったそうだね」

 帰り際、実父から声が掛かった。

「ええ、もう私の家はカレドニアにありますから」

 エルヴィラは笑顔で答えることができた。


 公爵は居心地悪そうに視線を逸らしながら言った。

「……私は全く良い父親とは言えないが、それでも

お前の実の父親である事は変わりない。そしてこの屋敷もお前の家である事は忘れないでほしい。……今まですまなかった。……どうか幸せに。何か希望があればいつでも助けになるつもりだから、いつでも連絡してくれ」

 思い掛けない実父からの申し出に、エルヴィラの心は乱れた。


 その言葉をもっと早く欲しかったとも思った。何を今更とも思った。複雑な感情がぐるぐると心を駆け巡る。


 でも父を恨む気持ちは、日記を読み直した時に捨てようと決めたものだった。


「お気遣い、ありがとうございます……」

 ようやく出た言葉は、感謝の言葉だった。


「私、公国でご先祖様の魔法治療と薬学について勉強してるんです。エスティマ家に生まれて感謝してます。偉大なる先人の血を引き継げたことを誇りに思っています」

「アヴァロンの魔女、か……」


 エルヴィラは微笑んだ。

「ええ。魔法治療が必要な時は駆けつけますのでご連絡ください。……育ててくださってありがとうございました。どうか皆様お元気で」


 エルヴィラは清々しい気持ちで、公爵邸を後にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] エルヴィラには、王子がいなくても仲の良い2人の友人がいますからね。 ……いつまで、友人関係でいられるかは分かりませんが。
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