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1. 破滅の未来を知る男

 エスティマ公爵には二人の娘がいた。前妻の娘、エルヴィラと愛妾で昨年後妻に入ったミーナの娘、リーナ。

 前妻とは政略結婚で全く愛がなかった。公爵は公爵家の下働きだったミーナを愛し、リーナが産まれ、密かに二人を囲っていたが、流行病での前妻の死後、二人を正式に公爵家に引き入れることに成功したのだった。

 ミーナは現在妊娠中でもうすぐ公爵家に第三子が産まれる。産婆の見立てでは男の子だろうということで、その通りなら公爵家待望の嫡男になるだろう。


 そんな中、公爵は前妻の娘エルヴィラを扱いあぐねていた。エルヴィラの母は力ある侯爵家の令嬢だった。その為、エルヴィラを蔑ろにするわけにはいかなかったが、エルヴィラ自身がリーナとミーナに辛く当たっていた。

 エスティマ公爵はミーナとリーナを守るため、二人を連れて領地に引っ込み、エルヴィラを王都の屋敷に一人残した。 


 母を亡くし、父に顧みられないエルヴィラの我儘はどんどん酷くなる一方で、使用人達も困り果てていた。


「私は赤い薔薇が良いと言ったのに、お前はこのくすんだ色を赤だと言うの!?直ぐに取り替えなさい!」

「このスープ、獣臭いわ。肉は食べないと言ったでしょ!作った者は首にして」

「王妃様のお茶会では一番目立つ衣装じゃないと。先月作ったドレスはもう全部捨てて!最新のものを虹と同じ色数作らせなさい」


 毎月誰かが首になり、毎日誰かがエルヴィラに罵倒されていた。まだ手が出ないだけマシだろうが、それも時間の問題ではないかと思われていた。


 そんなエルヴィラだったが、思い人のルキウス王太子の前でだけはしおらしかった。

 エルヴィラは王太子の婚約者候補の一人で家柄からも筆頭と目されていた。近隣諸国の王女、公女でも現れなければ、数年内に正式に婚約者に選ばれるだろう。

 ルキウス王太子は黒髪に琥珀色の目を持つ美男子で、エルヴィラより二歳上だった。来年十五歳になり成人を迎える予定だ。


 エルヴィラは先日十二歳の誕生日を迎えた。母の実家からお祝いが届いたぐらいで誰も祝ってくれない寂しいものだったが、そのかわりに商人を呼び寄せ、アクセサリーや小物など好き放題に買い物をした。


――これくらい許されるわよね。


 エルヴィラは父から愛されていないことを知っていた。同い年の異母妹のリーナとその母親だけが父の庇護対象であることを悔しく思っていた。


ーー私こそが正当なエスティマ公爵家の子供なのに!


 それも来年弟が産まれてしまえば、もう拠り所にはならない。あとは王太子の婚約者に選ばれるという希望だけがエルヴィラの心の救いとなっていた。



「エルヴィラ様、旦那様が客人を伴われてお戻りになられました。直ぐにご用意下さいませ」

 一人部屋で日記を書いていたエルヴィラに執事が声をかけた。エルヴィラは十歳の時に母が亡くなってから日記をつけている。一行ほどのものだったが、母に自分に起こったことを伝えるつもりでつけていた。


ーーまあ、珍しいわ。一体どういう風の吹きまわしかしら。


 父が王都の屋敷に立ち寄ることは今までほとんどなかった。ましてや自分に声をかけることなどこの一年なかったことだ。エスティマ公爵にとってエルヴィラは「腫れ物」なのだから。母が生きていた頃でもほとんど気にかけられた覚えはない。


 エルヴィラはノロノロと立ち上がり、メイドが用意した衣装に着替えた。

 父が誰を連れてきたのか聞き損なったが、それ相応の身分の方だろうとは予想できた。待たせるのは失礼だが、見っともない格好は見せられない。

 エルヴィラは自分の銀髪に合う紫のドレスを好んだ。今日も薄い紫で踝丈のスレンダーラインドレスを身につけ、客間に急いだ。


「お父様お帰りなさいませ」

   客間に入ると父と、見知らぬ、しかしどこか既視感のある五十がらみの男が座っていた。


「エルヴィラ、マーリン公国のカールマン伯爵だ。ご挨拶なさい」

 父に促されてカーテシーを取る。

「ようこそおいで下さいました。エスティマ公爵が長女、エルヴィラでございます」

「うむ。俺はルクロド・カールマンだ。名前ぐらいは聞いたことがあるか?」

 ルクロド・カールマン。それは隣国の大魔導師の名前だった。

 マーリン公国は魔法が盛んな国で、元々偉大なる伝説の魔法使い、マーリンに与えられた国でもあった。

 エルヴィラも強い魔力を持つと言われており、それもあって王太子の婚約者候補に選ばれたのだが、まだ魔法に関する教育は受けていなかった。


「エルヴィラ、噂通り素晴らしい魔力だな。俺はお前を養女に迎え入れるためにこの国にやってきた。直ぐに荷物をまとめろ、明日には公国に連れて帰る」

「養女ですって!?お父様、これはどういうことですか!」

 エルヴィラは客前であることも構わずに怒気を含めて父親に詰め寄った。


「エルヴィラ、これはもう正式に決まったことだ。カールマン伯爵はお前を養女にして、魔導師の後継者としたいと仰っている。国王陛下にも許可をいただいて、後はお前の身一つの問題だ」

「そんな!私に断りもなく……。王太子殿下との婚約の話はどうなるのですか!?」

「それは白紙だ。まだ候補段階だったからな」

「……白紙なんて」

 エルヴィラは絶望した。唯一の希望が潰えたのだ。魔導師になることに興味はなかった。この国では魔法はそれほど一般的なものではない。

 


 エルヴィラは黙って客間を出て自室に戻った。そのままベッドに突っ伏すと声を殺して涙した。

 母の希望でもあった王太子妃の座にエルヴィラは半ば病的に執着していた。絶望感の中でも声を荒げることができないエルヴィラは唯々止め処なく泣いた。


 翌日、最低限の荷物を持ってエルヴィラは公国に旅立った。と言ってもルクロドの魔法で一瞬でマーリン公国のカールマン伯爵邸に着いたのだが。


 屋敷に用意された新たなエルヴィラの私室は、公爵邸のものほど広くはなかったが、美しい調度品と快適なリネン類で整えられていた。また部屋には本棚が備え付けられており、魔導に関する書籍が詰まっていた。


 「魔導史」、「魔力を高める食物研究」、「究極の結界魔法」、「魔神召喚儀式便覧」、「魔法生物の飼育方法」……。どれもイマイチ興味が持てないタイトルばかりだったが、初めて見る魔導書にほんの少し気分が上がった。それでもどん底からそう離れることはできなかったが。


 服を着替えて寛いでいると、メイドがやってきてルクロドの部屋に連れて行かれた。

 メイドは色が白く、人形染みていた。

 エルヴィラは違和感を覚えながらも素直に付いて行った。昨夜の絶望から、もう何も抵抗する気も起きないほど何もかもどうでも良くなっていた。


 ルクロドの執務室はエルヴィラの部屋の比ではないほどの書籍で三方の壁が埋められていた。

  圧倒的なその質量に、エルヴィラは息苦しさと恐怖を感じた。


ーーこれが全て崩れてきたらどうなるのかしら?

 ルクロドは立派な身体つきをしているが、流石にひとたまりも無いだろう。エルヴィラなど本一冊でも重傷は免れない。


「ああ、エルヴィラ。そこに座ってくれ。お前の未来について話をしよう」

「未来?」

「そうだ。マリア、あとは俺がやるから、お前はあちらに戻れ」

 ルクロドがそう言うと、メイドは一礼して部屋を出て行った。


 エルヴィラが席に着くと、ルクルドが杖を一振りした。するとあっという間にお茶とお菓子が並べられた。


ーー魔法だわ!こんなこともできるのね。


「……さて、エルヴィラ。まだ納得できていないだろうから、ちょっと説明をしよう。単刀直入に言えば、俺はお前の未来を知っている。そこからお前を救うために、養女にしたんだ」

「私を救う?なぜ見ず知らずの貴方が?」

「……見ず知らずでは無い。お前の家族も知らぬことだが俺はお前の縁者だ。血も繋がっているから安心しろ」

「血が繋がってる?貴方は父か、母の親戚ということですか?」

 エルヴィラはルクロドに感じた既視感に納得した。血縁者に感じる、どことなく誰かを思い出させる風貌なのだ。それも極近い血の繋がりを感じさせるものだった。


「……まあそうだな。とにかく、お前はあの国に残っていては遠からず罪を犯し、果ては国外追放の上、狂い死にだった。俺はその未来からお前を助けるため養女にしたんだ」

「?なぜ未来がわかるの?魔導師だから?」

 エルヴィラはルクロドの言葉を受け入れ難かった。罪を犯す?国外追放?狂い死に?

 そんなことを言われても俄かに信じがたい。逆に自分を貶められたようで憮然とした。


「まあ、怒るな。ほらこれをお前にやろう。ここにお前の未来が綴られていた」

 ルクロドは一冊の本を差し出した。それは少し古ぼけていたが、エルヴィラの日記帳にそっくりだった。


 エルヴィラは恐る恐る手を差し出してそれを受け取った。




皆様、いつも誤字報告等助けてくださってありがとうございますm(_ _)m

久々の新作長編です!


第一章はエルヴィラの成長物語と恋の始まり。

第二章で本格的に恋が動き出します。


また評価やご感想を頂けると励みになります。

どうぞよろしくお願い致します。

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