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18.死者の日

 翌日は諸聖人の日で、教会でミサが行われる。そしてその次の日、十一月二日は「死者の日」と呼ばれる亡くなった家族を悼む日だ。


 エルヴィラとルクロドは王都のフォレスタ侯爵邸を訪れた。エルヴィラの祖父母である前侯爵夫妻と、伯父である現侯爵マルクスとその家族や縁者が迎えてくれた。


「エルヴィラ!ああ、会えて嬉しいよ!何も不自由はないかい?」

「わ、私もお会いできて嬉しいですわ。皆様お変わりなく何よりです」

 抱きつかんばかりの勢いにエルヴィラはたじろいだ。

 主賓であるルクロドとの挨拶もそこそこに、過保護な伯父はエルヴィラとの再会に喜色を滲ませた。

 死者の日にあまり相応しいとは言えないその態度に、祖父が咳払いすると、伯父はスッと姿勢を正して、いつもの貴族然とした慇懃な態度に戻った。


「あーエルヴィラ。私はカールマン卿と少しお話しするから、サロンでゆっくり休んでいなさい。さて、大魔導師カールマン卿、私とこちらで少しよろしいかな?良いアクアヴィテもございます」

 伯父は少し静かな声でそう言った。エルヴィラがルクロドの顔を見ると、頷いて見せたので、養父を伯父に任せることにした。


 サロンで祖父母や伯母と挨拶を交わした後、従兄のマニウスがやって来た。小さな頃から実の兄のように慕っており、エルヴィラにとって一番気安い相手だった。


「久しぶりだね。ますます美しくなったね!気軽に会えなくなって寂しいよ!」

「まあ、マニウス。ありがとう。私も週末にこの邸の薔薇が見られなくなって寂しいわ」

「それにしては顔色が明るくなったね。まあ元気そうで安心したけど。魔法の国の暮らしはどうだい?」


 エルヴィラは公国での暮らしが如何に刺激に満ち溢れているか話した。熱が籠るのに注意が必要なほど、振り返ったそれは楽しい記憶ばかりだった。


「良かった。幸せそうだね」

「ええ。ところでマニウス、公爵家が今どうなってるのかご存知?」

 エルヴィラは気になっていたが、今日は実父は来ていないし、呼ばれてもいないようだった。


 マニウスは声を押さえて言った。

「君が公国に行った後、すぐに王都に揃ってやってきたよ。一応身重の夫人に最高の医療を与えるためにと言ってるけど。……あと、耳に入るだろうから先に言っておくけど、あの娘が君の後釜で殿下の婚約者候補になった」

 エルヴィラは胃のあたりが冷たくなるのを感じた。

 日記の記載が早まって実現してしまった事に少なからずショックを感じた。


「……あの娘、リーナは聖女なのかしら?」

 エルヴィラはポツリと言った。

 マニウスはなんでもないような事のように返した。


「多少は魔力はあるようだからそうなる可能性はあるね。そもそも婚約者候補達は聖女になり得る魔力持ちしかなれない。あと必要なのは殿下を守る意思と、魔法を操れるかどうかだけだ。そういう意味ではエルヴィラが一番相応しいけど、王太子妃よりも大魔導師の方が要人だからね。今や君はこのペンドラゴンのみならず、世界中の注目の的さ!」


 マニウスは何故か嬉しそうに言った。

 エルヴィラは「聖女」について改めて理解して、毒気を抜かれた。確かに婚約者候補になる時そう説明を受けた。「アヴァロンの九人の乙女」のように王を守る力を持つ者が「聖女」と呼ばれるのだ。エルヴィラと半分でも血が繋がっているリーナなら当然魔力を持っているはずだ。エルヴィラが短い訓練ですぐに発動できたように、リーナもすでに魔法が使えていてもおかしくない。


「ねえ、エルヴィラ。公国の公子と仲良くしてるそうだけど、彼と婚約するつもりかい?」

「公子って、ユーサー?まさか!ただ良くしていただいてるだけよ。養父のお弟子さんだから……」

 マニウスはほっとしたように笑った。


「じゃあ、僕にもチャンスはあるね!王太子妃と大魔導師の兼任は無理でも侯爵夫人は問題ないからね!」

 エルヴィラはマニウスの声が本気染みて聞こえたので慌てて否定した。


「嫌だわ。私、まだ結婚なんて考えたくないわ。養父も結婚しなくても良いと言ってくれたし……」

「それなら余計に、僕のことも真剣に考えてみて?僕が誰よりも君の理解者であるという自負はあるよ」

 マニウスの思わぬ言葉にエルヴィラはどう返答したら良いのかよくわからなかったが、確かに彼がエルヴィラの良き理解者である事に相違はなかった。


 エルヴィラはクスリと笑った。

「じゃあ私がおばあちゃんになって結婚したくなったときにマニウスにお願いに来るわ」

「おばあちゃんだって!?もう少し早く来て欲しいな。おばあちゃんのエルヴィラもきっと可愛いだろうけど」

 マニウスも可笑しそうに笑った所で、親達がやって来た。


「マニウス!カールマン卿のお相手を」

 少し不機嫌そうな口調でマルクスがそう言うとマニウスは、スッと背筋を伸ばして、ルクロドを祖父母の所に連れて行った。


「エルヴィラ、嫌な目にあっていないかい?お前は妹の忘れ形見、私にとって命にも代えがたい大事な姪だ。辛い時は直ぐに連絡を。必ず助け出すからな」

 何故か真剣な顔で小さな子にする様に頭を撫ぜられ、エルヴィラは苦笑いした。


「伯父様、ありがとうございます。私は今とても幸せに暮らしているの。だから安心してくださいませ。養父も、友人たちも皆とても親切だし、食事も美味しいのよ」

 エルヴィラは伯父を安心させようと明るく言った。公国の皆を思うと自然と笑みが出た。


「……お前を笑顔にするのは私でありたかったよ……。でも忘れないで。フォレスタはいつでもお前を家族として迎え入れる準備がある」

 マルクスはエルヴィラの肩を抱いて言った。マルクスは昔からエルヴィラに対して過保護だったが、母が亡くなってからますます心配性が過ぎるとエルヴィラは思った。


「皆様、そろそろ大聖堂にてミサのお時間でございます。お仕度くださいませ」

 侍従の言葉に皆パラパラと立ち上がった。今日はミサに参加した後、大聖堂の裏手にある一族の墓所に行く予定だ。エルヴィラの母の墓所もエスティマ家のものからフォレスタ家の墓所に既に移されているので全て一箇所で済む。


 その後、邸に戻って晩餐が振る舞われるまでが死者の日の行事である。


 エルヴィラは母やフォレスタ家の先祖のために用意して来た花束を持ち、ベールをかぶり直した。


「エルヴィラ」

 ルクロドがやって来て腕を差し出す。エルヴィラが手を添えると皆についてぞろぞろと歩き出した。


「伯父様とどんな話をしたの?」

「彼の大事な大事な宝物を俺が奪ったという恨み辛みと、お前が如何に素晴らしいかということを延々と聞かされた。随分愛されてるな。安心した」

 ルクロドはエルヴィラの問いに小声で、でも楽しそうに返した。

 エルヴィラは伯父の様子を想像して赤くなった。


「過保護でしょ。きっと母を亡くした可哀想な姪に同情してくださっているんだろうけど、もう幼子じゃないのに恥ずかしいわ。……でも昔からここの家は私を暖かく迎えてくれるの、だからここは大好きよ」

 王都のエスティマ公爵邸で大半を過ごしていたエルヴィラだったが母に連れられよくこちらの屋敷に遊びに来ていた。母が死んでからも、気を遣った祖母や伯母が毎週のように招いてくれていたので馴染みが深く落ち着く場所の一つだ。


 今となってはエスティマ公爵家は他人の手に渡ったようなものであり、今後も王都に来ることがあるならこちらで滞在させてもらおうとエルヴィラは考えていた。


 大聖堂の高い天井に厳かな声が響き渡る。

 エルヴィラは膝付き、硬く目を閉じて母に語りかける。

ーーお母様どうか安らかに。私は、大丈夫です。皆に守られて、幸せに過ごすことが出来ています。お母様の望みを叶える事はできなかったけど、きっと魔法を極めて、お母様が誇ってくださるような立派な魔導師になります。


 エルヴィラは母の「娘を王妃にする」という望みを叶えようと必死に生きていた。どんなに辛くとも寂しくても、ただそれだけを目標にして来た。


 でも多くの人に出会い、経験し、道はひとつではないことを知った。

 だからそんな自分を母にも認めてもらいたいと必死に祈った。ミサの最中も、墓所でも。

 そして、墓所を出る時曇り空から光が差し、何だかとてもスッキリとした気持ちで空を見上げることができる自分に気付いた。

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