17.サマイン祭
祭り初日の夕方、エルヴィラとマヘスはマリアが用意してくれた仮面とマントを身につけ、蕪でできたランタンを持って待ち合わせ場所に行った。
道が混むのでいつもの自動車を置いてマヘスの転移魔法で向かうと、夕暮れ時の広場はすでに明かりが灯り、立ち並ぶ屋台に多くの人が群がっていた。
あまりの人の多さに不安になったエルヴィラが、
「二人に会えるかしら……?」
と呟くと、マヘスが髭をピンと立て言った。
「いたニャ!あっちニャ!」
マヘスに手を引かれて人を掻き分けて行った先に、白のドレープシャツに黒のベストとキュロット、マント姿のユーサーとテオフラストを見つけることができた。
いつもと違い髪を後ろに撫で付け一纏めにしており、とても大人っぽく見える。
「やあ、今晩は!二人お揃いでとても素敵だね!」
いつも通りユーサーが二人を褒め、テオフラストが暖かな微笑みを見せた。
「今晩は!ユーサー、テオ。今夜はお誘いありがとうございます」
エルヴィラはドレスの裾を可愛らしく持ち上げ、淑女らしく礼をとった。
マヘスも倣ってチョコンと頭を下げる。
マヘスとエルヴィラが手を繋ぎ、その両隣をユーサーとテオフラストが守るように移動する。
「さあ、まず何か腹拵えをしようじゃないか」
ユーサーの誘いに他の三人は勢い良く頷いた。
まず平パンを買ってそれぞれトッピングを選んだ。
エルヴィラは鮭とチーズとマッシュした蕪を載せた。
ユーサーとテオフラストは挽肉を選び、マヘスはたっぷりと蜂蜜をかけた。
広場の隅で腰掛け。それを平らげると、今度は タラのシチューを飲み体を温めた。
マヘスはシチューはいらないと言い、甘酒を楽しんだ。
「マヘスは本当に甘いものが好きね」
デザートのフルーツケーキを美味しそうに食べるマヘスを見てエルヴィラは面白そうに笑った。
「エルヴィラももっと食べるニャ!このケーキ美味しいニャ!」
「マヘス、いくら自動人形は太らないと言っても、あんまり食べすぎると魔力酔いを起こすよ」
テオフラストが嗜めるようにそう言うと、ユーサーが畳みかけた。
「そうだね。もしマヘスが食べ過ぎでどうにかなった時にエルヴィラが襲われでもしたら、きっと先生が君を許さないだろうね。そしたらマリアがどうするかな……?」
意地悪そうなその物言いはマヘスの食欲を止める十分な力を持っていたようで、ピタリと食べるのをやめてしまう。
自動人形は顔色も変わらないはずだが(ましてや猫だ)、心なしか青く見えた。
「うーコホン。このケーキは明日の楽しみに取っておくニャ」
「そうそう、それがいいよ」
いそいそとケーキを仕舞うマヘスに、ユーサーが満足そうに頷いた。
「あら食べれば良いじゃない?魔力酔いなんてあるの?」
不思議そうに首を傾げるエルヴィラにテオフラストが頷いた。
「魔神の報酬は魔力の素でもあるからね。過ぎた嗜好品は魔力を必要以上に与えてしまうんだ。まあ、これ以上食べるのはエルヴィラを無事守り切ってからが良いね。今日は何が起こるか分からないし」
その真剣な表情に途端にエルヴィラは不安を思い出した。
「……そんなに危ないの?もう屋敷に戻ったほうが良いかしら?」
テオフラストが慌てて首を振る。
「いや、大丈夫だよ!僕もユーサーもいるし……。ただマヘスが調子悪くなった時に僕らだけじゃ対処ができないかもと思っただけで……」
ユーサーはすかさずエルヴィラを宥めるように肩を抱いた。
「エルヴィラ、僕らの自動人形も姿は見えなくても見守ってくれてるから大丈夫だよ。だから、安心して?」
首をコテンと傾げて強請るように言うユーサーにエルヴィラは逆に居心地が悪くなる様に感じたが、他にも自動人形が見守ってくれているというのは安心材料になった。
「じゃあ、もう少しいようかしら」
「そうだよ!やっぱり篝火は見ないとね!」
ホッとしたようにテオフラストが笑い、ユーサーも力強く頷いた。
日没が近付き、四人はランタンに火を灯した。
篝火は丘の上で焚かれることになる。
行ってみるともう既に火が付いており、編み細工の人形を人々がそれぞれ篝火に焚べている。
「ほら、人形だよ」
ユーサーが皆に配った。
「古代は人形ではなく人間を生け贄にしてたというのは本当なのかしら?」
旧帝国の英雄の書に、サマイン祭の記述がある。この祭りはそれほど古い起源を持つのだ。その頃には生け贄として動物だけではなく、人も捧げられていたという。
「どうだろうね。今となっては古書の記述しかないからね。いつから人形に変わったのかも分からないし」
ユーサーは思案顔で言った。
「昔は人形といえば、巨大な人形の檻だったと言うよね」
「想像しただけで怖いわ!ああ今はそんな時代じゃなくて良かった!」
古代書の記述を思い出させるテオフラストの言葉にエルヴィラは震えた。自分から話題に出してしまったことを後悔する。
「さあ行こう。太陽のために祈り、豊穣への感謝を捧げよう」
ユーサーが促した。
サマイン祭、それは夏と冬の境の日だ。
冬至に向けて力を弱める太陽に、感謝と祈りを捧げる日。
皆の祈りの込められた篝火は闇夜を赤々と照らし、エルヴィラの心を震わせた。




