15.魔法使いと弟子達
エルヴィラは、カレドニアに戻った翌日、マシュー工房を訪れた。本の礼に旅の土産を渡すためだった。
「やあ、エルヴィラさんようこそ!旅行はいかがでしたか!」
「お久しぶりです。旅行はとても楽しかったです。本をお貸しくださってありがとうございました。これはお礼代わりのお土産です。カイロー牛のミルクのクッキーだそうです」
エルヴィラがそう言ってイニリ・ニシで買ったクッキーの箱を差し出すとマシューは満面の笑みで受け取った。
「わあ、ありがとうございます!カイロー牛には会えましたか?面白い奴だったでしょう?」
「ええ、とても可愛かったです!触り心地も良くて大好きになりました!」
カイロー牛は茶色の長い毛足の中に柔らかいふわふわの短毛を持ち、とても触り心地が良かった。目が毛に埋もれて見えないような愛嬌のある姿をしているのがまたエルヴィラの保護欲を擽った。
「ペットにしたかったのですが、ルクロドに止められました」
冗談で言ったのだが、真剣に悩まれた後、申し訳なさそうに断られ、逆にエルヴィラの方が謝るはめになったが。
「ハハハッ!牛の世話をする先生なんて傑作ですね!逆に見てみたいな」
マシューはエルヴィラを工房の奥に案内して、お茶とカイロー牛のクッキーを出してくれた。土産で持ってきたものなのに申し訳なく感じたが、ぜひ一緒にと言われ断るのも失礼な気がした。
硬めのクッキーは周りに砂糖が塗しておりとても美味しかった。
「ところで、自動車の乗り心地はいかがですか?」
旅行に使ったものではなく、先日こちらで買ったもののことだろう。
「ええ、とても快適です。今日も乗ってきましたが、ガタガタ道で多少揺れるくらいであとはスムーズです」
「それは良かった!何処か気になるところとかはありませんか?」
「ええっと、私はマヘスと二人で乗ることが多いのですが、後ろのマヘスが振り落とされないか少し心配になることがあります。まあ、マヘスは魔神なので、平気そうですけど」
マシューはなるほどと頷いてメモを取った。
「荷台をもう少し余裕を持たせるのは検討の価値がありますね。いやはや参考になります!」
「良かったです。旅行に行った時にお借りした自動車ほど大きいと大変ですが、後ろにもうちょっとスペースがあると人や荷物を乗せることができて便利な気がします」
エルヴィラは旅行に使った自動車を工房から借りた物と思っていたが、マシューが首を傾げたのを見て違ったのかと内心少し焦った。しかし、ややもしてマシューが合点したように頷きホッとした。
「ああ、あの自動車で行かれたんでしたね。あれはうちも製作に参加しましたが、学園で試験的に作ったものなんですよ。あれは動かすのにとてつもなく魔力を喰うので、まともに動かせるのは先生ぐらいなんですよね」
「そうなんですね。運転は自動人形のマリアがやってくれたのですが、確かに長距離は人間には無理だと言ってました」
旅の始めを思い出す。そして二日酔いに悩まされたルクロドの顔も。
「そうでしょうね。流石の先生でもイニリ・ニシ迄はキツイでしょう。魔神なら確かに余裕かもしれません。でも報酬がすごそうですね」
「ええ、途中醸造所巡りをさせられてました。ふふ、ルクロドは二日酔いで大変そうでした!」
あの朝の様子が鮮明に思い出されて可笑しく感じてしまう。
「ああ、アクアヴィテですか。それは僕も是非参加したかったな!エルヴィラさんはお酒は飲まれるんですか?」
「いえ、私は飲めないので別行動です。でも昼間に醸造所に一つ寄りました。砂糖菓子が美味しくて、マヘスも気に入ってました」
マシューは食べたことがなかったらしく興味を示した。
詳しく場所を教えると、次の長期休暇に必ず行くと喜んだ。転移で直ぐに行けるのではと一瞬思ったが、もしかしたら転移はそんなに簡単な事では無いのかもと思い至り、口に出さなかった。
翌日の午後、温室で過ごしているとテオフラストがいつものようにやってきた。
「やあ、エルヴィラ、お帰りなさい」
「ええ、無事に帰ることができましたわ。テオ」
エルヴィラがそう言うとテオフラストはフフと笑いをもらした。
「先生が付いてて無事じゃなかったら一大事だね!この国の危機だよ!」
「そうね。でもルクロドよりもマリアのお陰よ。自動車がとても快適だったわ」
テオフラストは納得したように頷いた。
「ああ、最新式の自動車で行ったんだったね。道はまだ凍ってなかった?」
「ええ、紅葉が綺麗で、思ったよりも寒くなかったわ」
「竜には会えた?」
「竜には会えなかったけど、妖精には会えたの!メロウという人魚の妖精よ」
「メロウ?嵐を呼ぶっていうあれかい?」
「ええ、本当に嵐に遭って、慌てて宿に向かったの!」
会話は面白いように弾んだ。テオフラストが自然に話を促し、エルヴィラは旅行の間に起こったことを沢山喋った。
カイロー牛の話が出たところで、エルヴィラはようやく土産があることを思い出した。
「そうだわ。私、これを渡そうと思って貴方を待っていたのよ」
エルヴィラはクッキーの箱を取り出して、テオフラストに渡した。
「ユーサーは今日は来てないのかしら?彼にも同じものを用意しているのだけど」
エルヴィラが首を傾げるとテオフラストは首を振った。
「彼は今日は公子としての仕事があるらしいよ。立場のある方だから、いつも忙しそうだ」
少し残念そうに眉を寄せたテオフラストに、エルヴィラは二人の仲の良さを感じて、羨ましくなった。
「そう残念ね。二人は何時も一緒だと思っていたから。……もしよかったら、ユーサーの分を預けても良いかしら?会う機会はある?」
「もちろん預かるよ。明日学園で会うから。でも彼もエルヴィラに会いたがってたから、近いうちに会いに来ると思うよ」
「そうなのね。私も会って、旅行のことを話したいわ」
その後、エルヴィラとテオフラストはたわいもない、だけど心穏やかに会話を楽しみ、また次の週に会う約束をした。
翌日、テオフラストは約束通りユーサーにエルヴィラの土産を渡した。
「僕が厳しいおじさん方を相手にしてる間に、君は麗しの姫君とお茶を楽しんでた訳だね。妬けるな」
ユーサーは本気とも冗談とも付かない声でそう言った。
「エルヴィラも君に会いたがってたよ」
肩を竦めてテオフラストがそう言うとユーサーは本当に残念そうに顔を顰めた。
「君と彼女を二人きりにしたんだから今度は僕が彼女と二人の時間を楽しませてもらうよ。……そうだ!彼女を城に呼ぼう。丁度珍しいお茶が手に入ったんだ」
ユーサーは浮かれたように独言た。
「時にテオ、君はエルヴィラの事をどう思ってるんだい?」
いきなり直接的に問われてテオフラストは戸惑った。エルヴィラ、類稀な美しい少女。大魔導師の後継者。
でも今まで一緒に過ごした彼女は、とても身近な、愛らしい普通の少女のようにも感じられた。
昨日の楽しい時間を思い起こし、テオフラストの顔は自然と微笑みを浮かべた。
「全く!親友が最大のライバルになりそうだな。まあ僕も本気を出すけどね」
「ライバル!?本気って?」
憮然としたユーサーに気付き、テオフラストは慌てた。
「エルヴィラは来年十三だ。もうきっと各所から婚約の申し込みが来てるよ。正直、エルヴィラが首を縦に振れば明日誰かのものになる事だってあり得なくはないだろう。先生のことを差し引いてもあれだけの美貌だよ。王太子だって、無理やり婚約者にしようとしかねないね」
「そんな、まさか、彼女はまだ少女だ!」
「平民ならともかく貴族なら普通さ」
平民の女性は十代後半で結婚するが、確かに貴族女性は十代前半で結婚するものと言われている。
この国では婚姻は重要視されないので、あまり気にもならなかったが、エルヴィラの立場を考えたら、周りが放って置かないのも道理だろう。
「……そんな、先生がそんなこと許さないだろう……」
テオフラストは弱々しげにそう言った。あの愛らしい笑顔が他の男のものになってしまったら、自分達にはもう二度と向けられることが無くなったら、それは想像するだけでもテオフラストの心に影を落とした。
ユーサーはそんな親友の様子に気付かないような素振りで淡々と言った。
「まあ、無理強いは絶対にしないだろうね。だからこそ、君はどうしたい?僕らは覚悟を決めるべきだと思うね」
「覚悟?」
「姫を射止めるなら早い内に動かないとね」
テオフラストはそう言われても何をどうするのか全く思いつかなかったが、ゴクリと喉を鳴らした。
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本編最後まで書き終えました!
確実に完結までお届けできそうです(^^)
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