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12.魔法使いの街 再び

 エルヴィラは、マヘスと二人で街に出かける事にした。服を買い足すことと、書店に行くことが目的だ。

 また、自動車に乗って走ってみたいという気持ちもあった。


 その日の午後、エルヴィラはマヘスを後ろに乗せて自動車を走らせた。

「「行ってきます!(ニャ)」」

 見守るルクロドとマリアに手を振って軽快に走り出す。

 街までの道は石畳で舗装されておりほぼ一本道なので走りやすく、迷うこともなさそうだった。


 屋敷の外はしばらく緑の丘が続き、所々に大小の家がある。

 遠くには刈り取られた草が大きなロールケーキのように纏められていくつか転がっており、白い羊達がのんびりと草を食んでいる。


「気持ちいいわね!マヘス!」

「はいニャ!」

 自動車は時々ガタガタと大きく揺れるので、エルヴィラは小さなマヘスを振り落としてしまわないか心配だったが、マヘスは何食わぬ顔でチョコンと後ろに座っていた。


 エルヴィラはこの自動車がとても好きになった。何度か同じような三輪の物や、荷馬車にような四輪の物とすれ違った。しかし、自分の物がデザインも乗り心地も、他の人の物より優れている気がした。


「さすがマシュー工房最新作ニャ!乗り心地が最高ニャ!」

「あらマヘスは他の自動車も乗ったことがあるの?」

「マヘスはニャイが、魔神は『共有』するニャ」

「共有?」

 「そうニャ!知識とか経験とか、魔神同士で繋がってるニャ。例えば今マヘスがこの自動車に乗った経験はマリアに伝わってるニャ」

「そうなのね。不思議ね」

「これがあるから、魔神は契約主の望みを叶えることができるニャ」

 確かに、魔神がもし共有をしていないのなら、召喚された魔神が、召喚主の望みどおりに働く事は出来ないだろう。実際、エルヴィラがマヘスに教えられた事はあっても、マヘスがルクロドやエルヴィラから教わる事はない。


 「もう街に着くニャ!自動車を降りて歩くニャか?」

「そうね、とりあえず服屋さんまでこのまま行くわ。場所分かる?」

「任せるニャ!」

 服屋に辿り着き、自動車を降りるとマヘスが自動車をどこかに仕舞ってくれた。


 「いらっしゃいませ!」

 先日と同じ店に入ると、前回はなかったような厚手の服がいくつか並んでいた。

 見慣れない編み物でできた上着やスカートもあった。


「まあ。これは初めて見るものだわ」

 エルヴィラがその内の一つを手に取ってみると自動人形の店員が声をかけてきた。

「それは昨日入荷したアラン編みです。そろそろ寒くなりますので、短衣も長衣も暖かくて重宝しますよ。羊毛を太く紡いだ編み糸を使用します。海辺の寒さを耐える物なのでとても暖かいです」

「この模様も素敵ね」

「アイルの家紋を表していると言われています。例えばこれは生命の木の紋様です」

 そう言って指差した物は、樅の木のような紋様だった。アイルは海を挟んだ西側にある大きな島で、小国が林立し、未だに妖精が多く住まうという半ば伝説的な場所だ。精霊信仰が根強く、特に植物を神聖視しているという。

 他のアラン編みを見ると鎖状の物や、三つ編み模様もありどれも美しかった。


 エルヴィラはアラン編みの上着と貫頭衣のような踝丈のワンピースと先日買ったキュロットと色違いの物を買った。荷物はマヘスがやはりどこかに仕舞ってくれた。


 次に書店に行くと、ルクロドの書斎を軽く凌駕するような物量に圧倒された。

 あまりの多さに入るのを躊躇われたが、マヘスに後ろから押されて入らざるを得なくなった。


「さっ!旅行記はこちらの棚ニャ!」

 マヘスはあたかも何がどこにあるのか全て分かっているというように迷う事なくエルヴィラを目当ての棚の前に連れて行った。

 そこには国内だけではなく、国外の旅行記も多く取り揃えられていた。



「あっこれ知ってるわ。カタイよりも東にある黄金の国の話でしょ。あら旅行記(リフラ)もあるのね。公爵家にもあったわ」

 棚には古典と呼ぶべき著名な書物もいくつかあったが、地名を冠した物がほとんどで地域ごとに分けて置かれていた。


 エルヴィラはその中からこの国の北部を周遊した物と、アイルの地名の物、そして湖水地域と呼ばれるペンドラゴン王国の西にある名所の物と南のケルノウに関する書物を選んだ。

 

「買いすぎかしら?」

 少し不安になったが、マヘスの「問題にゃいニャ!」という言葉に勇気付けられ、会計に行った。


「あれ、また会ったね!今日も美しいよ、エルヴィラ」

「やあ、エルヴィラ。買い物かい?」

 店員の所に行くと、何とユーサーとテオフラストが支払いをしている所だった。


「こんにちは。二人もお買い物?」

「ああ、先日出た最新の化学誌をね。エルヴィラは旅行記?旅行に行くの?」

「ええ、来月イニリ・ニシに。他にも興味のある所の旅行記をいくつか」

「イニリ・ニシか。あそこは良いよね。来月は紅葉が始まってるだろうし美しいだろうね」

 ユーサーが景色を思い出すように目を閉じて言った。仕草が一々芝居がかっているが、外見が美しいので似合ってしまっている。年頃のご婦人がいたらきっと見惚れてしまうだろう。

 まだ十二歳のエルヴィラには大袈裟に思えて笑ってしまいそうになるのだが。


「僕は行った事はないな。竜の住む湖がある所だろ」

「竜は姿をめっきり見せなくなったようだがね。高齢すぎてもう亡くなってしまったんじゃないかな」

 イニリ・ニシにはロッホネスという美しい湖がある。そこは巨大な竜の住処だとされ、昔は度々目撃されていたようだ。古くは千年以上前の聖人が記録に残している。


「エルヴィラ、竜を見たら是非教えてくれ」

 テオフラストが悪戯っぽく笑い、エルヴィラは頷きながらもテオフラストもこんな表情をするのだと新鮮に思った。


 「エルヴィラ、時間があるなら僕らが街を案内してあげるよ」

 会計が終わり、店を出るとユーサーが提案した。

「ありがとう。家には五時迄に戻れば良いことになっているの」


「よし、まだ十分時間はあるね。今までどこに行ったことがあるのかな?あと行きたい所はあるかい?」

「マシューさんの所と杖屋さんと服屋さんは行ったわ。あと、パブで昼食を摂った事もあるわ」


 エルヴィラの言葉にユーサーとテオフラストは顔を見合わせて頷いた。

「よし。じゃあ、それ以外を案内しよう。さあ、お手をどうぞ」

 そう言うとユーサーが左肘を、テオフラストが右肘を差し出すようにエルヴィラに向けた。エルヴィラは恐る恐る彼らの腕にそっと手を添える。


「マヘス、君のご主人様をお借りするよ」

 ユーサーはマヘスを振り返りニッコリと笑った。

「どうぞ、行ってらっしゃいませ。エルヴィラ様、何かありましたらすぐ駆けつけますのでご安心ください」

 マヘスが余所行きの声でエルヴィラに礼を取った。

「えっ!マヘスは一緒に行かないの?」

「マヘスは馬に蹴られたくないニャ。行ってらっしゃいニャ」

 そう言って手を振るマヘスを置いて、三人は街に繰り出した。



 まず三人は街の中心部にある大聖堂に行き、尖塔に登った。

すぐ横の丘の上には石造りの大きな城が見え、南西から南の少し下がったところに大きな庭に囲まれた、やはり石造りの大小の建物がいくつか見える。

 それ以外は、ほとんどがいつもの白壁の建物だった。


「あの城が大公邸で、南にあるのが学園だよ。僕らが学んでいる場所だ。来年には君もあそこに通うことになるね」

「楽しみだわ!学園の西にあるお城みたいなのは何かしら?」

「あれは国立病院だね。君のお義父さんが理事の一人だよ。学園と連携して医術研究を行なっているんだけど、あそこには世界各国から患者がやってくるね」

「世界各国から?」

「ああ、主に大陸の王侯貴族だけどね。高度な魔法治療が受けられるのは世界でもここだけだ」

 ユーサーの説明にエルヴィラはへえ、と頷いた。 


「多くの患者を受け入れて薬効の研究も行われているよ」

 テオフラストのその言葉にエルヴィラがびっくりして反応した。

「えっじゃあ人体実験!?」

「まあそうだけど、ちゃんと同意も取ってるし、害になる可能性があるものは処方されないから安心して」

 テオフラストは不安そうに目を見開いたエルヴィラの髪を落ち着かせるように撫でた。

 温かなその手にエルヴィラの心はすぐ落ち着きを取り戻した。


「ああそうだ。コーヒーハウスができたんだ。行ったことあるかい?ペンドラゴンの王都にもあると思うけど」

 コーヒーハウスは最近流行りのコーヒーが飲める店だ。王都にも数軒あったがエルヴィラは行ったことも、コーヒーを飲んだこともなかった。

 エルヴィラがそう言うと、ユーサーが是非行こうと誘った。


「でも苦いと聞いたわ。」

「大丈夫!ミルクと砂糖を入れて飲むととても美味しいんだ」

「覚醒作用があるから、夜は飲まないほうがいいけど、今の時間なら問題ないね。行ってみようよ」

 ユーサーの勢いにテオフラストが加勢し、結局エルヴィラは行くことに決めた。


 コーヒーハウスに着くと、パブの様な飲食できる場所と小売店の様なコーヒー豆や器具を買える場所があった。

 店の外まで良い香りが漂っており、中は人で賑わっている。


 奥に通され、しばらく待っていると茶色いホットミルクの様な物がやってきた。

「ミルク入りコーヒーだよ。砂糖はお好みで」

 ユーサーが砂糖壺を差し出した。

 エルヴィラはまず何も入れずに一口飲んでみた。

 思ったよりも苦くない。更に砂糖をひと匙入れて飲むと今まで飲んだことがない様な美味しい飲み物になった。


「美味しい!」

「だろ?」

「眠気覚ましにも丁度良いんだ」

 ユーサーがしたり顔で頷き、テオフラストがやはり美味しそうにコーヒーを飲みながら言った。

 エルヴィラは初めて飲むこの至福の飲み物をゆっくり、ゆっくりと味わった。


「今日はありがとう」

「僕らも楽しかったよ。また一緒に行こうね」

 テオフラストが手を振ってそう言った。


 別れ際、ユーサーが騎士のようにエルヴィラの手に口付けし、そのまま耳元で囁いた。

「今度は二人きりで出かけようね」

 エルヴィラはハッとして耳を抑え、顔を赤くして立ち尽くした。

 妖しく笑って去って行ったユーサーに、エルヴィラは言葉を返すことは出来ず、ニヤニヤと笑うマヘスがエルヴィラの手を引くまで耳を抑えたままだった。






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