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11.魔法使いと手紙

 テオフラストと別れた後、しばらくしてルクロドが帰宅した。

「エルヴィラ、手紙が届いているぞ」

 受け取ってみると伯父のフォレスタ侯爵 マルクスからの手紙だった。母の実兄であるマルクス伯父はエルヴィラの数少ない味方だった。いつもエルヴィラを気にかけ、可愛がってくれていた。こんなに早く手紙が来るなんて、やはり自分を思い遣ってくれているのだと感じられて、エルヴィラはとても嬉しくなった。


『親愛なるエルヴィラ 突然こんなことになって大変困惑している。君に魔力があることは知ってはいたが、まさか大魔導師が後継者に選ぶなんて予想もしていなかったことだ。碌な時間もなく公国に旅立ち、何か不自由しているのではないか、新しい家で悲しんでいないか、とても心配だ。どうか、辛いことがあったら私をすぐに頼ってほしい。近いうちに公国を訪ねるつもりではあるが、それまででも何かあったらすぐ連絡をくれ。君は妹の忘れ形見で、私にとってとても大切な家族の一人だ。いつでも君を想っている。 マルクスより』


 予想以上に心配をかけてしまっているようで、エルヴィラは心苦しく思った。まだ公国に来て四日目ではあるが、伯父には早い内に手紙を書こうとは思っていた。しかし、この国では毎日が驚きの連続で、なかなか時間を取ることが出来なかった。


 エルヴィラは夕食迄の時間、自室で伯父宛に手紙を書いた。

『大好きな伯父様 お手紙ありがとうございます。ご挨拶もせずに王国を出てしまって申し訳なく思っています。私は公国でとても良くしていただき、幸せに暮らしています。もう魔法もいくつか覚えました。こちらでの暮らしは本当に驚くことばかりで、伯父様にもぜひ見せたいです。いらっしゃる日を楽しみにしています。……』

 つらつらと何枚も書いていると、マヘスが食事の時間だと呼びに来た。エルヴィラは急いで手紙を書きあげて封をした。


「ルクロド、遅くなってごめんなさい。伯父に手紙を書いたのだけど、どうやって出せば良いのかしら?」

 ルクロドは気にするなと言うように、笑って首を振って手を差し出した。

「手紙を貸してみろ」

 エルヴィラが手紙を置くとルクロドは重さを確かめるような仕草をした。

「随分沢山書いたな。侯爵もお喜びになるだろう」

 言いながらルクロドは手紙の上を杖でなぞった。すると忽ち手紙は消え去った。


「どこに行ったの?」

「大公邸の魔法陣を経由してペンドラゴン王国に送った。早ければ数時間後には届くぞ」

「そんなに早いの?」

「国内の魔法使い同士ならもっと早いぞ。でも国外へは大公邸の魔法陣を経由して送る決まりになっている」

 聞けば、マーリン公国と各国には通信用の魔法陣が設置されており、手紙類などを一瞬で各国首都に送ることができるとのことだった。ペンドラゴン王国でやり取りすると王都から領地宛でも何日もかかるのにえらい違いだとエルヴィラはまた驚いた。それもマリアが運んで来たムニエルを見て直ぐにそちらに意識が向いてしまったのだが。


「さて、今日は弟子達に会ったようだな。嫌な思いはしなかったか?」

「全然!とても楽しかったわ。二人ともとても親切に学園のことを教えてくれたの。テオには薬草についても沢山教えてもらったわ」


 ルクロドはエルヴィラの明るい様子にほっとして相好を崩した。

「それは良かった。テオはともかくユーサーは時々とんでもない事をやらかすから心配した」

 エルヴィラはマヘスを撫で回していたユーサーを思い出して笑った。

「そう言えば、マヘスが大変だったの。可愛いと言われてずっとユーサーに撫で回されていたわ」

「ユーサーがやりそうな事だな。あいつは妖精の血が濃いせいか自由気ままな所があるからな。まあ公国の人間は大なり小なり同じだが」

 ルクロドも笑って応えた。エルヴィラは一瞬聞き流しそうになったが、直ぐに気になって繰り返した。

「妖精の血?」

「ああ、湖の乙女の子孫だからな。あの水色の髪はその証みたいなものだ」

 マーリンは「湖の乙女」の伴侶だった。なるほど、マーリンの子孫なら妖精の子孫でもある訳だ。


「テオもパラケルススの子孫だと聞いたわ」

「おっ、その名を知ってたのか。勉強家だな」

 ルクロドは感心したように言った。

「家庭教師から習ったわ。バーゼルで学んでいたそうなの」

 パラケルススは大陸の名門大学バーゼルの教授だった。百年以上前に活躍した人物だが、その人生は半ば伝説と化している。


「テオからエリクサーの話は聞いたか?」

「ええ、再現したいと言ってたわ」

「パラケルススは人間の自己治癒能力を重要視した。メリッサは古来から治癒力を高めると考えられていたからな。しかしパラケルススがエリクサーの製法について書き記した文献は一切ない。まあ、パラケルススのエリクサーを再現する必要はない。テオがテオのエリクサーを産み出せばと思っている」

 エルヴィラも頷いた。パラケルススは世界中を旅しながら沢山の人の命を助けて回ったという伝説がある。その時に万能薬としてエリクサーが使用されたと家庭教師からエルヴィラは聞いていた。


「私もアヴァロンの魔女の様に医術を極めたいと思うの」

「そうか!では惜しみなく協力しよう!好きなだけ、思う通りにやればいい。目標を持つ事は良い。その先でも、その過程でも、きっと素晴らしい何かに出会える」

 ルクロドはそう言って優しく微笑んだ。


「さて、では医術の学びの第一歩だ。ノートを見せてもらおうか」

 一転してルクロドはニヤリと笑った。

 エルヴィラがノートを自室から持ってくると、ルクロドは一ページずつゆっくり確認した。


「ふむ。よく書けている。絵も上手だな、エルヴィラ」

 褒められたエルヴィラはとても嬉しくなった。ルクロドに褒められたくて、一生懸命描いた絵だ。


「ああ、ルバーブはカタイの『将軍』とは似た物だが全く同じではないんだ。テオにもよく言っておかないと……。メリッサも葉だけではよく似た違う物と間違えることがあるから、必ず匂いで確認するんだ。時季によっても香りが違うけど、あの型の葉でリモーネの様な香りがすればメリッサだ。生で酒や水に漬け込むのが良いとされている。パラケルススもワインに必ずメリッサを入れて飲んでいたそうだ」

「じゃあ、エリクサーのもう一つの原料はお酒かしら?」

「酒にメリッサを入れて飲ませる話は逸話としていくつか残っているが、それはエリクサーとは呼ばれていないんだ……」

 そう言ってルクロドは考え込んだ。


「ああ、そうかエリクサー、(エリ)(クシール)。やはり酒か?いや、でもエリクサーはメリッサと鉱物を化合した物のはずだ。『石』とも呼んでいたと言うし、それこそ彼の理念に適っている……」

 

「エルヴィラ様、こうなってしまっては、しばらくこのままです。お茶をご用意致しましたのでどうぞお先に」

 マリアが優しく言ってカップにお茶を注いでくれた。

 緑の葉が浮いたそれはメリッサのブレンドティーのようだった。飲むと爽やかな香りが口の中やお腹の中までスッキリさせてくれたような気がした。


「美味しいわ」

「ミントとメリッサです。食後に飲むとさっぱりして胃腸にも良い影響があります」

 マリアも魔神なのだ。マヘスの様に薬草に詳しいのだろうか。

 そう思って、エルヴィラはマリアにエリクサーについて聞いてみたいと思った。


「マリアはエリクサーを知ってるの?」

「魔神の世界の物なら。パラケルススがエリクサーと呼んだ()については解りかねますね」

「二つは全く違う物なの?」

「ええ、魔神の世界のエリクサーはこちらでいうお酒の様なものです。ワインやエールの様に極一般的な。でもそれは人の世界に持ち込むことはできない物です」

「ああそうか、だから(エリ)(クシール)なのね」

 確かマリアの報酬はお酒だと言っていた。魔神は酒好きなのかもしれない。


「ええ。その通り、そのままです。でもパラケルススは万能薬としてメリッサと鉱物を混ぜて用いたと考えられています」

「どうして?」

「それは彼の錬金術師としての()()だったからです。錬金術で万能薬を作るというのが」

――錬金術とはそんなことまでできるのか。

 エルヴィラは不思議に思った。


「パラケルスス自身の著作は残っていませんが、お弟子さんたちが彼の草稿を纏めた本がいくつかあります。その前提として錬金術で医薬を製錬するとあります。残念な事にエリクサーについては名前だけで製法はありませんが」

「じゃあやっぱり謎なのね」

「ええ、解明されたら大発見でしょうね」

 そう言いながらマリアは二杯目のお茶を注いでくれた。それはルクロドがエルヴィラ達を放って思索に耽っていた事に気付いて、オロオロと謝り出したのと同時だった。

 エルヴィラとマリアは顔を見合わせて笑った。



 

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