10. 魔法使い達のお茶会
思いがけず始まった三人のお茶会は、たちまち楽しいものになった。
エルヴィラは二人から学園のことを教えてもらった。
「学園は基礎課程が三年間あるんだ。その後は研究職として残ることも可能だし、各国に魔導師として勤めることも可能だ。研究職になるなら公国の依頼を受けることも必須だから、研究以外の仕事もやらされることになる」
「まあ他の国の大学に行くこともできるし、研究がしたいだけなら、学園に残らず自宅でやるか国外に出ることになるな」
ユーサーの言葉をテオフラストが補足する。
「学園では主に錬金術、気象学、天文学、医学、古語に外国語や、魔導学が学べる」
「ゲール語とオーム文字やルーンは必須だけど、後は好きに選べるよ。因みに僕は医学と錬金術専攻で、ユーサーは錬金術と魔導学を専攻している」
「わたしも医学を専攻したいわ。どんな授業なの?」
エルヴィラが心持ち身体を乗り出してテオフラストの顔を見た。
テオフラストはあの柔らかな微笑を浮かべて質問に答えた。
「主に薬学と医術、魔法治療に分かれるね。最近はカタイの薬学書がこの国にやってきたので、それの解析と検証に皆夢中だね」
それはルクロドに聞いていた通りだった。
「それってそんなに凄いものなの?」
「ああ。先日、大陸で黒死病が出ただろう。でも、カタイの薬ですぐ収束した。まあルクロド先生の予知のお陰だけど」
「予知?」
伝説の魔導師マーリンは予知能力があったという。ルクロドにもその能力があるのだろうか。それならエルヴィラの未来を知っていたことにも合点がいく。
「先生は二十年ほど前に気象や天災、各国の状況など五十年分の未来を予知して書き記した。それは公国に納められ検証され、その精度の高さから大魔導師の称号を得たんだよ。知らなかった?」
エルヴィラは首を振った。公国にそんな予言の書があることも、ルクロドに予知能力があることも初耳だった。しかし、「女神の愛し子」なのだ。それぐらいできても不思議ではない。伝説のマーリンも「湖の乙女」と呼ばれる妖精の伴侶だったはずだ。
「まあ、この国はもちろん、各国にも公表され対策がなされているけど、一般の人にはあまり知らされていないからしょうがないね。黒死病の時はカタイの薬が効くらしいことが分かって予め大量に仕入れられたんだ。だからすぐ対処できた」
「カタイの薬って凄いのね」
「ああ、でもそれがこちらでも割り合いに一般的な野菜だったから、何とか精製できないかと学園でも研究されているんだ」
「野菜?」
「そう、ルバーブだよ。カタイでは『将軍』と呼ばれるほどの万能薬らしいよ」
意外だった。ルバーブはジャムの材料として一般的な野菜だ。
「よく調べると、我が国に伝わる薬物誌やアヴァロンの魔女の魔導書にも記載があったそうだよ。先人は偉大だね」
マヘスを撫で回し満足したユーサーが、そう言ってからお茶を飲み干した。
すかさずマヘスがお茶を注ごうとすると、ユーサーは手で制した。
「ありがとう、仔猫ちゃん。もう結構だよ。僕は錬金術室の方に行くので君達はゆっくり楽しんでくれ。では、エルヴィラ。次に会う機会を楽しみにしてるよ!」
ユーサーはまたエルヴィラの手に口付けして、ウィンクまで残して去って行った。エルヴィラは呆気に取られたが、大事なことを聞き損なって直ぐに後悔した。
もちろん「アヴァロンの魔女の魔導書」についてだ。
「ねえ、テオはアヴァロンの魔女の魔導書を読んだ?」
「ああ、二冊読んだよ。一冊は薬物誌をオーム文字で書き写した物だ。もう一冊は魔法治療に関する詳細が書かれているんだ」
「魔法治療に関して……。どんな内容なの?」
「傷の治し方だとか縫合の仕方とか火傷の治療とかだね。あと腫瘍の探し方とか、取り方とか」
「腫瘍も治せるの?」
「魔法治療の得意とするところだけど正確さが必要だから本当にできる人は限られてるけどね」
「……ねえ、魔法では風邪や熱病は治らないのかしら?私の母は流行り風邪で死んでしまったの」
「……それは気の毒だったね。風邪は魔法で治すのは難しいね。でもカタイの書物に風邪に効く薬草の話があったよ。確かここにあったはずだ」
そう言うとテオフラストは杖を取り出し何か手繰り寄せる仕草をした。
次の瞬間その手の平に小さな花のついた茎が乗っていた。
「エフェドラだ。咳止めの作用があるそうだよ。シナモンや甘草と混ぜるととても良いんだって。見たことあるかい?」
「……いいえ。初めて見るわ。こんなに小さな花が希望になるなんて何だか不思議ね」
エルヴィラはそっとエフェドラを手に取り愛しそうに眺めた。
この花が将来多くの人の命を救うかもしれない。そう思うと、とても大切な物に感じられたのだ。
「さあ、ご馳走様。僕もそろそろ作業を開始しないと」
「私も横で見てもいいかしら?」
「もちろん良いよ!いつも一人で作業してるから寂しかったんだ。横にいてくれるならこんなに嬉しいことはないよ!」
エルヴィラはテオフラストの心からの笑顔に自身の心も温まるのを感じた。
テオフラストは一つ一つの植物の生育の確認をしながら魔法で水遣りを始めた。
色々な地域の草花があるので全部同じにしては枯れてしまうのだそうだ。
エルヴィラは良い機会だと思って、言われた事をメモにとっていった。
「ああ、これ、知ってるかい?僕のご先祖様の秘薬エリクサーの材料だよ」
エリクサーとはパラケルススが用いた万能薬で伝説の薬と呼ばれているものだ。
「メリッサと言うんだ。綺麗な緑だろ?」
テオフラストはそう言って葉を千切ってエルヴィラに渡した。
仄かに柑橘系の香りがする。
「生でも食べられるけど、水に入れると水がとても美味しく感じられるんだ。試してごらん」
マヘスが水の入ったグラスを二つ差し出し、二人はその中にメリッサの葉を入れた。
テオフラストが魔力で水を掻き混ぜる。
「さあ、飲んでみて。これは長寿の水と呼ばれていて、とても身体にも良いんだよ」
エルヴィラが口をつけると、水はメリッサの爽やかな香りで普段以上に甘く、美味しく感じられた。
「美味しい……」
「ね、そうだろ」
思わずエルヴィラが呟くと、テオフラストも頷いて美味しそうに水を飲んだ。
「僕はエリクサーを復活させたいんだ。パラケルススが、メリッサと何かを煎じて薬にしたことは分かっているんだけど、その何かが分からない。だからこの国で勉強しようと思って留学してきたんだ」
「そうなのね。私もアヴァロンの魔女のように医術を使えるようになりたいの。そして沢山の人を救えたら嬉しいわ」
「じゃあ、目指すものは一緒だね!僕はエリクサーを再現する。そして君はアヴァロンの魔女の秘術を!二人で頑張って多くの人の命が救われたら良いね!」
それは本当に素晴らしい事に感じられた。エルヴィラだけではなく、テオフラストにとっても同じ志を持つ者と大義を果たそうとすることは、たった一人で立ち向かうより数千倍良い事だった。
こうして、偉大な先祖を持った二人は人を救いたいという思いで繋がったのだった。




