09
「お見舞いありがとうございました」
言いそびれていたお礼をのべると、殿下は嬉しそうに微笑んで応えた。
私達は昼食を終え、学園内の王族用のサロンにいた。
ここは殿下が学業の合間に公務を行ったり、来客との面談などに使っている部屋だ。
この場にいるのは殿下と私、それに兄の三人だ。
———殿下は二人きりを望んだのだけれど、万が一私の体調が悪くなったらと兄が強く同席を望んだのだ。
本当に兄は過保護になってしまった。
倒れる前も仲は良かったけれど…ここまで心配される事はなかったのに。
昨日まで行っていた公務先で手に入れたというお茶はとても香りが高くて美味しい。
お茶の美味しさに思わず顔を綻ばせていると殿下がこちらを見つめているのに気づいた。
「ゾーイは変わったな」
私と視線が合うと殿下は言った。
「———何がでしょうか」
「最近は感情を顔に出す事がなかっただろう。変わったというか…昔のゾーイに戻ったようだ」
殿下が兄を見ると同意するように兄は頷いた。
「ゾーイは完璧な妃になろうとするあまり感情を押し殺していたからな」
「…そう…でしょうか…?」
そんなの…意識した事なかったけれど。
「ゾーイは責任感が強いからな。自分で追い詰めてしまっていたんだろう」
兄は労わるように私に笑みを向けた。
「お兄様…」
「それで倒れてしまっては元も子もない。もっと力を抜いていいんだから」
「…ありがとうございます」
優しい言葉に鼻の奥がツンとしてしまう。
「ゾーイ…すまなかった」
突然の言葉にぎょっとして殿下を見た。
「そうやって君が自分を押し殺してまで妃になるため努力してくれていたというのに…私はそんな君にひどい事を言ってしまった」
「で、殿下おやめ下さい!」
頭を下げないで!
「あ…あの時はあまり体調が良くなかったのです…だから」
「体調を悪くするほど妃教育が大変だったのだろう。それに気づいてやれず悪かった」
「そ…ういう訳では」
「それに休みの間泣き暮らしていたと聞く。…本当に君には悪い事をした…」
それは兄の捏造ー!
キッと睨むと、兄はにやにやしながらこちらを見ていた。
「アシュビー嬢に対しても…君は真っ当な事を言っていたのに、それを否定するような事をしてしまった」
「———殿下…」
「平民から突然貴族となって慣れないだろうからと気に留めていたのだが。彼女はどうも…人の話を聞かないようだね」
殿下は優しい。
その優しさは平民など市井の者にも向けられ、国民からの人気も高い。
ヒロインへも、最初はその優しさで気にかけるようになったのだ。
今の殿下の言葉と先刻の闘技場での様子を見る限り、私がキャロルへ苦言を呈してきた事は悪意ではないと理解してもらえたようだ。
良かった…このまま彼女に関わらなければゲームのように断罪される事はないだろう。
内心ほっとしていると、ふいに手が温かなものに包まれた。
いつの間にか、向かいに座っていたはずの殿下が私の隣へ座り、手を握りしめていた。
「ゾーイ。君を傷つけてしまった私を許してくれるか」
「え…?!」
許す?私が?
殿下が私をではなくて?!
「あ、あの殿下?」
「エイデンから君が私の事など聞きたくないと言っていたと聞かされた。こんな私に頼る事がなくてもいいよう、強くなろうと」
まるで…子犬がすがるような瞳で見つめられる。
「ゾーイ…君にふさわしい男になるから私を見捨てないで欲しい」
私の手を握る手に力が込められた。