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新年を迎えての休み明け、学園ではパーティーが開かれる。
ゲームでの最後のイベントであり、ヒロインが殿下か兄エイデンのルートを選んだ場合、私はここで断罪される。
けれどヒロインは消え、私も殿下との婚約を解消した。
続編のライバルであったユーディット王女は王家を混乱させたとして強制送還された。
———アードルング王家からは謝罪と、二度と王女を国外に出さないとの知らせがあったという。
二ヶ月ほど前に出奔して以来、私は学園に行く事はなかったが、卒業試験を受けさせてもらい、この新年のパーティーで卒業する事となった。
ドレスアップして、兄と共に久しぶりの学園へ向かう。
今日は真紅のドレスを選んだ。
ゲームでのゾーイのイメージカラーは赤で、よく赤いドレスを着ていたが、前世の記憶が戻る前から赤は着ることがなかった。
あえて赤にしたのは、これまでの私とは変わるという事を示したかったというのもあるし、一度くらい赤いドレスを着てみたかったというのもある。
ただし胸元の露出は少なく、スクエアカットの襟元には黒のレースをあしらった。
裾にも黒いレースと黒バラを配し、髪には赤いバラの飾り。
同じ赤いドレスでも、ゲームの時とは異なりシックなデザインにした。
「ゾーイ様!」
兄のエスコートで会場に入ると、既に来ていた級友達が集まってきた。
「皆さま、お久しぶりですわ」
「お元気そうで安心いたしましたわ」
「まあゾーイ様…素敵なドレスですね」
「本当に。黒髪に赤いドレスが映えますわ…」
彼女達は私と殿下の婚約解消の経緯を知っているらしい。
私としては殿下の不名誉になるので隠した方がいいのではと思ったのだが、殿下自ら公表すると決めたそうだ。
理由を明かさなければ私の不利になるからと。
殿下とはあれ以来、一度も会っていなかった。
最近の殿下はようやく吹っ切れたらしいと兄が言っていたけれど…正直、会うのが怖い。
会場の入り口の方から騒めきが聞こえた。
「殿下がいらっしゃいましたわ」
友人の声に思わずそちらを見たが…殿下は大勢の女生徒達に囲まれていた。
「ゾーイ様との婚約が解消されたので、自分にも可能性があると売り込みが激しいのですわ」
そっとロザリー様が教えてくれた。
「殿下が学園にいるこの一年が勝負ですから、皆必死なんですの」
「…そうなのですね」
それは…何というか、申し訳ない。
殿下は卒業してしまえば滅多に会えなくなる、雲の上の存在だ。
特に下位貴族の令嬢にとって接する機会はまずないだろう。
だから何とか自分をアピールしようと殿下の周りに集まっているのだろうが…いつも以上に多い女生徒達の相手をしなければならない殿下を気の毒に思う。
まあ、でも———これを機に女性のあしらい方を学んでくれればいい。
学園長に続いて、生徒会長である殿下の挨拶が始まった。
久しぶりに見る殿下は少し痩せたように見える。
そのせいか、色々あったからか…顔つきも少し凛々しくなったようだ。
「大丈夫か」
ぼんやりと壇上の殿下を眺めていると、兄が声を掛けてきた。
「…ええ、大丈夫ですわ」
兄を見上げて笑顔で答える。
殿下の顔を見て、声を聞いても心が乱される事はないようでホッとした。
ファーストダンスは兄と踊る。
「お兄様と踊るのは久しぶりですわ」
「そうだな」
これまで公の場ではまず殿下と踊っていたのだが、その間に兄はダンスのパートナーになりたい女性達に囲まれてしまうので踊る機会はなかった。
練習も殿下とばかりしていたので本当に久しぶりなのだが、さすが双子というべきか…とても踊りやすい。
「ところでゾーイ」
踊りながら、兄はふいに私の手を握る手に力を込めた。
「この剣ダコは何だ?」
———しまった…
家に戻ってからも、定期的にレイランド家に通っていた。
そして夫人と孤児院経営などについての話をするついでに道場でクリフォード様と手合わせをしていた。
気をつけてはいたけれど…竹刀を振ればどうしても手のひらは硬くなるしタコもできる。
こればかりは避けられなかった。
「ええと…」
「そういえば前に剣に興味があると言っていたな」
思わず顔を引きつらせた私を兄は真顔で見つめた。
「家にはお前が手にできるような武具はないし隠れて扱う場所もない。可能性があるとすればクリフォードか。あいつに指南を頼んだのか?」
「…はい」
そこまで推察されてしまっては逃げようがなく、私は頷いた。
「私や父上に言えば良かっただろう」
「言ったら反対されると思いましたの」
以前、私が熱を出して寝込んだ時の過保護ぶりを思うと怪我をする可能性の高い剣がやりたいなど言い出しづらい。
「反対するに決まっているだろう」
「ですから言えなかったのですわ」
「そんなに剣が使いたいのか」
「私は強くなりたいんですの」
兄を見上げて私は言った。
「それは心の話ではなかったのか」
「心も身体もですわ」
「だからって剣を振らなくとも」
私を見つめていた兄はため息をついた。
「この間までは授業の模擬戦を見るのも怖がっていたのに」
「…そうでしたわね」
それを言われると…でも。
「———人の心は変わるものですわ」
前世の記憶を思い出す前と後とでは、色々なものが変わってしまった。
私の心も、環境も…
だが、たとえ思い出さなくとも私は変わってしまったのだろう。
ゲームのゾーイのように嫉妬で身を滅ぼすような女に。
「確かにゾーイは変わったな」
兄は頷いた。
「無茶だけはするな」
「剣を握る事を止めませんの?」
「止めろと言っても止めないだろう。怪我だけはするな」
「…ありがとう、お兄様」
私が変わっても私を心配してくれる、兄や家族は変わらない。
それは本当に良かったと思う。




