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それからしばらくは平穏な日々が続いた。
ユーディット王女の殿下へのアプローチは続いていたが、約束通り殿下は相手にしていないようだった。
王女は私へも接触したがっているようだったが、友人達が壁となってくれた。
殿下や兄も気をつけてくれている。
クリフォード様へユーディッド王女も転生者らしいと伝えると、「ファンブックは無事発売されたのですね」と安堵したように呟いていた。
———きっと、手掛けていた仕事の途中で亡くなってしまったクリフォード様にとって心残りであったのだろう。
もうすぐ冬になる。
年が明けたら殿下との婚礼の準備が始まる。
学園卒業と共に結婚の予定だが、王太子の婚礼準備には一年以上かかるのだ。
「一番大変なのは体型維持なのよ」と王妃様が笑っていた。
ドレス制作に半年近くかかるため、採寸時のサイズを維持しないとならないのだと。
———それを考えると気が重くなるが、一生に一度のウェディングドレスは楽しみだ。
「…まあ」
その日最後の授業を終え、音楽室から教室へと戻る途中。
一緒に歩いていたロザリー様がふと眉をひそめた。
視線を送られた先へと見ると、中庭に殿下と王女がいた。
「授業にも出ないで…往生際の悪い方ですわ」
ロザリー様の言葉に、そういえば王女は音楽室にいなかったなと思い出す。
王女は殿下の腕を掴み、何かを訴えているようだった。
殿下はこちらに背中を向けているためその表情は分からない。
やがて何か意を決したように、殿下の手が動くと…王女の頬に触れた。
ひゅっと心が———氷を押しつけられたように冷たくなった。
ゆっくりと殿下の顔が王女に近づいて…そうして。
バサリ、と抱えている本が落ちる音がいやに大きく耳に響いた。
その音にハッとしたように殿下がこちらを向いて———私と視線を合わせるとその瞳が大きく見開かれた。
「ゾーイ様!」
私は駆け出していた。
ロザリー様と殿下の声が聞こえたけれど、すぐにそれも遠ざかる。
王宮の時と違って、学園にいる時は動きやすい簡易的なワンピースタイプの制服だし、靴もローヒールだ。
それに前世を思い出してから筋トレを続けているから他の令嬢よりもずっと早く走れる。
鍛えていて良かったと妙に冷静な頭で思う。
———そういえば私は怒りすぎると逆に冷静になるタイプだったなと思い出した。
令嬢にあるまじき速さで校舎を駆け抜け、私が辿りついたのは礼拝堂だった。
バタンと乱暴な音を立てて扉を開けた。
変わらず静かでひんやりとした空気が、火照った身体に心地良い。
荒く息を吐きながら乱れた鼓動を鎮める。
「ゾーイ?」
奥からクリフォード様が出てきた。
「どうしました?そんなに急いで」
私の顔を見ると少し首を傾げる。
「大丈夫ですか?水しかありませんがそれでよければ…ああその前にタオルですかね」
「———クリフォード様」
私は一度大きく息を吐いて…クリフォード様を見上げた。




