01
「キャロルは修道院へ入らずに済みそうです」
長い夏季休暇も終わり、私は学園にある教会へ来ていた。
その中にある小さな礼拝堂は生徒が司祭や先生に悩みを相談するのに使う場所だ。
私の向かいにはクリフォード様が立っている。
生徒ながら司祭の資格を持つクリフォード様は、自由に礼拝堂を使う権限を持っている。
———ゲームでも、ヒロインがクリフォード様に相談したい事がある時に使い、いくつかのイベントが起きる場所だった。
「精神が落ち着いて、自分の状況を受け入れているようです」
「それは…良かったですわ」
クリフォード様はキャロルに会いに行ったという。
その時の様子を教えてくれた。
「もうしばらくしたら、母親の実家である辺境地方の領地で過ごさせるとか。おそらく学園に戻る事も、王都に戻る事もないでしょう」
「そうですの…」
王都に戻れない…つまり社交界に出られないという事は、貴族令嬢として厳しい状況だ。
それでも現実を受け入れられないまま、一生を修道院に閉じ込められて過ごすよりは良いのだろう。
だけど…。
「もしも私が…」
「ゾーイ嬢?」
「私がゲームから降りなければ…彼女もあそこまで病まなかったかもしれないと思いましたの」
もしも私が逃げずに彼女と、そしてゲームと向き合っていれば…あんな事にはならなかったかもしれない。
「あなたの選択は間違っていませんよ。あなたが悪役にならない為には、ヒロインに嫉妬しないようにするしかなかったのですから」
「それは…そうなんですけれど…。そのせいで彼女が私の身代わりになってしまったのではないかって…」
本当ならば自分が療養院、そして修道院に入れられていたのかもしれないのだ。
「ここはゲームの世界であるけれど、結果がゲームと全く同じになる訳ではありません。それはあなたもよく分かっているでしょう」
クリフォード様はやや強い口調で言った。
「歴史にもしもはない、それと同じです」
「……そうですわね」
起きた事は変えられない。
ゲームのようにリセットは出来ないのだ。
「これで、もうゲームは終わったのですよね」
気持ちを切り替えるように私は明るい声を出した。
「…さあ、それはどうでしょう」
「え?」
私は思わず目を瞬かせた。
「だって…ヒロインは攻略に失敗して…ゲーム終了なのでは?」
「そうですね、一応終わった事になりますね」
クリフォード様は少し口角を上げた。
「一応?」
「前にファンディスクを作っていたと言ったでしょう」
ファンディスク…その後の話とか新しい登場人物がいるって…。
「———まだ…続きがありますの…?」
「ファンディスクは未完成でしたから、この世界でそれが起きるかは分かりませんが。可能性はありますね」
「何が…起きますの…?」
「それは実際に『続篇』が始まったらお教えします。まだ可能性があるというだけですからね」
「そんな」
不安を煽るような事を言って教えてくれないなんて!
「ところで、お聞きしますが」
ふとクリフォード様は笑みを消した。
「ゾーイ嬢は殿下の事をどれほどお好きなのですか」
「え?」
「殿下はゾーイ嬢に惚れているのが分かるのですが、どうもあなたと温度差があるようなので」
笑みが消えるとクリフォード様の薄水色の瞳は途端に冷たさを増す。
氷の瞳が私の心を探るように、じっと見据えた。
「…そうですね…」
視線から逃れるように私は目を伏せた。
「私は…殿下に恋をするのが怖いのですわ」
殿下は私へ愛情表現を示す事が多くなった。
夏季休暇中、私は領地へ戻っており、殿下も隣国へ視察に行っていたため会うことはなかったが、三日前に王宮に上がると熱い抱擁で出迎えてくれた。
視察先の特産だというサファイアのネックレスを殿下自ら着けてくれ、その時に…色々とボディタッチもあったのだけれど。
殿下に好意を向けられる事や触れられる事は嬉しい。
けれど心の中で…それを冷静に見ている自分がいるのも確かだ。
「怖いとは」
「殿下に恋をしたら…ゲームのゾーイのように、嫉妬にかられて破滅してしまうかもしれない…そう思ってしまいますの」
殿下が好きだけれど…恋はしてはいけない。
心の中で自分を止めている自分がいるのだ。
「私にとって殿下はとても大切な方ですわ。だから私は…殿下に恋をして自分を見失ってはいけないんですの」
殿下のために生き、国の平穏を守る事が私の意義なのだから。
「それだけですか?」
「え…?」
クリフォード様の問いに私は首を傾げた。
「あなたが殿下に恋をしない理由は、それだけですか」
「…そうですわ」
見透かすような瞳から逃れるように私は俯きながら頷いた。
まだ理由はあるけれど…それは知られたくない事だから。
「ゾーイ」
クリフォード様が私へと近づいた。
「私はゲームのゾーイを悪役にしてしまいましたから。あなたには幸せになって欲しいんです」
「…私は幸せですわ」
「自分の心を押し殺す事が?」
「そういう幸せもあるのではなくて?」
恋をするだけが生きがいではないし、それよりも優先すべき事がある。
そういう立場に私は生まれたのだから。
「———あなたが殿下の側にいるのは忠誠心ですか」
「…そうかもしれませんわ」
「そうだとしたら、あなたは…」
クリフォード様の手が私の頬に触れた。
「私は何があってもあなたの味方ですから」
私を見つめる氷の瞳に優しさが滲む。
「辛かったら私の所へ逃げてきて下さい」
「…ありがとうございます」
「私はいつでもあなたを迎える準備をしていますから」
そっと抱きしめられた温もりが、心の奥にじんわりと伝わったような気がした。




