心の声丸聞こえ系男子
教室の机に腰掛けながら、談笑する昼休み。
「それで、あいつそのタイミングでーー」
ボーッとしていてほとんど話聞いていなかった。
「マジかよ」
「ありえねー」
おい、そんな楽な返答を先に使うな。
「高木もそう思うよな?」
「え、あ。そ、そうだな」
まずい。何の話かさっぱりわからない。どうして俺が言おうと思っていたやつ先言っちゃうかな。
「なんだ体調でも悪いのか?」
「いやいや、そんなことない! それにしても、すっげえおもしろい話だったな!」
その場の空気が一気に凍る。無表情の顔達が俺を一点に見つめる。
あー、これは間違えたな……。
【前言撤回】
「マジかよ」
「ありえねー」
よし、この波に乗れ。
「なるほどね」
会話はそのまま流れた。俺の番は通り過ぎた。ホッと胸をなでおろす。
「ねえ、紗季はどう思う?」
「ん、ごめんね〜! お話聞き逃しちゃった〜! テヘッ!」
「え〜また聞いてなかったの〜! 相変わらずだねー紗季は!」
いや何だよそれ。汚いって。俺もその技あるならわざわざ撤回しなくてよかったじゃん。
またもやその場の空気が一気に凍る。無表情の顔! 冷たい眼差し!
「あ、いや、ついつい口に出ていた……。てへ!」
はい。【前言撤回】
「なんでいつも黒ひげ危機一発的な会話ばっかしなきゃいけないんだよ。面倒だな。だいたい話を全部聞かなきゃいけないってのもおかしな話だ。全部聞いていられるかって!」
俺は炭酸飲料『三ツノ野菜ダー』を自動販売機から取り出して、高らかにペットボトルを傾けて一気に喉に流し込んだ。炭酸の刺激が暑さとモヤモヤを吹き飛ばす。
「あーこれだな!」
と息をついて前を向くと、真顔の女の子が立っていた。金髪怖っ。
「どうもはじめまして……。どこから聞いていました?」
「なんでいつも黒ひげ危機一発的な会話ばっかしなきゃいけないんだよ。面倒だな。だいたい話を全部聞かなきゃいけないってのもおかしな話だ。全部聞いていられるかって。あーこれだな。金髪怖っ。どうもはじめまして。どこから聞いていました」
彼女は棒読みで表情一つ変えずにそう言った。あれ? また心の声が出ていたみたい。
「そうですか。ご丁寧にどうも」
【前言撤回】
まあ失言してもこの能力さえあれば大丈夫だ。昼休みももう終わるし早いところ教室に戻ろう。
「そうですか。ご丁寧にどうも。前言撤回」
俺は耳を疑った。真顔の女の子は俺の言葉を繰り返した。それは既に記憶から消された言葉のはず。
【前言撤回】
「前言撤回」
【前言撤回】
「前言撤回」
【前言撤回】
「前言撤回。ねえ、これいつまで続けんのよ」
嘘だ。俺の能力が効かないなんて……。
「嘘じゃないって。私の能力はすべての能力を無効化する能力なんだから。ってかあんた考えていること次から次へと口から漏れすぎ」
「ってことは全部これまでのこと全部忘れていないのか?」
「そうだね」
俺の学校生活が終わる。もし俺が皆の記憶を都合よく消して、最強相槌おもしろ会話爽やか系高校生という現在の地位を得ていたことが知れ渡ったら終わりだ。失脚だ。
「何そのダサい地位。最初からいらないでしょ。それに別に私誰にも言わないし。まあ言う人がいないって言った方が正解かな」
本当か!? ありがとう! いや〜助かった! これなら俺もまだ最強相槌おもしろ会話爽やか高校生でいられる!
「その代わりさ、私と友達になってよ」
金髪の彼女はニヤッと笑った。
条件そんなのでいいのか? 全然構わないぞ。
「言ったね〜! じゃあ今日から友達だ!」
この時、俺はまだ知らなかったのだ……。彼女と友達になることが、俺の能力が知れ渡ること以上の事件だということに。
「全部聞こえてる」
すまん。