いざ、台北
ゴールデンウィークに入り、源一郎と康子が新婚旅行に行く日になった。
麗とこのみも同行する。
『康子、このみ、気を付けてな。』
育三郎・幸代夫妻も誘いを受けたが、飛行機に乗った事がない二人は丁重に断った。
『行ってまいります。』
今回は家族だけの旅行なので源一郎の秘書をしているリカルドや使用人の上西、頼子、遥は留守番である。
『申し訳ないがこのみは麗の世話を頼むぞ。』
『ずっとお姉さまと一緒なので構いません。』
このみは同行しない頼子たちの代わりに車イスの麗の世話を任されたが、逆に嬉しく感じていた。
4人はプレミアムラウンジで搭乗までの時間を過ごす。
『私も高校の修学旅行で沖縄に行っただけだし、飛行機はちょっと苦手なの。』
康子が珍しく弱音を吐いた。
『お母さま、大丈夫ですわ。ワタクシも小さな頃から何度も飛行機には乗りましたが、未だかつて落ちた事はございません。』
麗が真面目な表情で言うと、みんなが笑った。
『お姉さま。もし落ちていたらお姉さまは今ここにいないのではないですか?』
『そうですわね。ワタクシとした事が……。』
麗のその言葉が康子の緊張を解していった。
成田を飛び立ち、飛行機は九十九里浜を眼下に一路南西に進路を取る。
『お姉さま、大丈夫ですか?』
『快適ですわ。』
国際線のビジネスクラスだが、短距離は二つの座席が並んでいるタイプなので介助するには都合が良い。
富士山を眺めながら機内食を食べ、暫くは雲の上を飛ぶ。
映画を観て過ごしているうちに台湾に近付き、高度がどんどん下がっていき、海に浮かぶ船が見えてきた。
『もうすぐですね。』
陸が近くなると道路や畑が見えるが、田舎の風景だ。
台北には国際線が乗り入れる空港は2つあり、東京でいうと羽田と成田の関係に似ている。
台北市街の松山空港に乗り入れる東京からの便は羽田発着しかなく、成田便は必然的に桃園空港に着陸する。
麗を車イスに乗せ、長い通路を歩いて明るい吹き抜けに出て入国審査の長い列に並ぶ。
C.Aが押す車イスに乗った麗は先に入国審査を受けているが、このみはまだ列の中だ。
ようやくこのみの順番が来て審査を受ける。
パスポートと入国カードを係員に見せるが係員はこのみの顔とパスポートを見比べる。
『ニ、ニイハオ……。』
(パスポートの性別は男になっているけど大丈夫かな?)
タイに行った時はお国柄で大丈夫と言われたし、知香も一緒だったが今回はこのみしかいない。
確認に少し時間が掛かったが、納得したみたいで次に係員の指示で人差し指を機械に入れ、写真を撮られる。
『好的旅行。』
『謝謝。』
なにを言ったか分からなかったがどうやら審査が通った様で、これで台湾に無事入国する事が出来た。
荷物を出し、税関を抜けると[今井様]のカードを掲げた若い女性が待っている。
『ニイハオ。ファンイングゥァンリン、イマイ。』
(この人が案内してくれるのかな?でも中国語なんて分からないよ。)
『こんにちは、ようこそ台湾へ。私、ホヮンヤーリン言います。日本語、勉強中です。』
(なんだ、日本語喋れるのか。)
持参したノートには黄雅玲と名前が書いてある。
雅玲と書いてヤーリンと読むらしい。
『麗ですわ。どうぞよしなに。』
『このみです。宜しくお願いします。』
ヤーリンが駐車場に案内しながらこのみをじっと見ている。
『このみ、クァアイウェイニャンね。』
『可愛い?ニャン?』
ヤーリンがノートに書いてある文字を見せた。
『偽娘?』
『クァアイは可愛い意味だから同じね。ウェイは偽もの、ニャンは娘……女の子の意味ね。このみみたいな子、偽娘いうの。』
『偽……娘?』
偽もの呼ばわりされてちょっと面白くないが、中国の言葉はストレートに意味が分かる。
駐車場に着くと普段使っているウェルキャブと同じ様な車が待機していて、男性が待ち構えていた。
『ファンイングゥァンリン、今井さん。ホヮンジュンジェです。』
苗字が一緒なのでヤーリンのお父さんなのだろう、この父娘が台北を案内してくれるらしい。
ヤーリンがノートを開くと[黄俊傑]と書かれている。
『私はヤーリンが生まれる前に日本に住んでいて今も年10回くらい東京や大阪、福岡などに仕事で行きます。ヤーリンには日本語を教えていて来年には日本の高校に行かせたいと思っています。』
ヤーリンはこのみと同じ中3なのだ。
『その際は協力させて下さい。うちの部屋をお貸ししますし。』
車は山合いの高速道路を走る。
日本と違い右側通行だが、高速道路ではさほど違和感を感じない。
高速道路から一般道に入るととたんに渋滞が始まる。
『凄いバイク!』
台北では渋滞する車よりバイクの方が機動力があり通勤や私用によく使われており、朝夕は信号待ちにバイクが何十台も車の前で待っている。
その代わりに歩道にあるバイクの駐車スペースにはきちんと整列して停められているので、マナーは日本よりしっかり守られている様だ。
やがて車は大きな朱塗りの建物の敷地に入り、玄関の前で停まった。
『お城みたい。』
朱塗りの建物は大きな竜宮城みたいだ。
『こちらがお泊まりのホテルです。今日はお疲れでしょうからこちらのレストランでお食事をして戴きます。』
まだ明るい時間は夕方6時近くになっていた。




