初めての女の子
『着方分かる?分からなかったら言ってね。』
康太は生まれて初めて女性の服を着る。
プリーツスカートを穿き、上着を頭からかぶるとスナップがいくつもあって分かりにくい。
スナップを止める手が緊張で震えるが、スカーフを通してなんとか着る事が出来た。
『どうですか?』
カーテンを開けて待っていた雪菜に聞いてみる。
『わぁ、可愛い!ともちに負けてないよ。』
スカーフを直してもらい、男子生徒から写真を撮ってもらった。
『どうもありがとうございました。』
『生徒会室は2階だから。康太くんの写真見たらともち驚くよ。』
雪菜に見送られ、生徒会室に向かった。
『こんにちは。』
生徒会室に行くと、知香が笑顔で待ち構えていた。
『先輩、ちょっと良いですか?』
知香は先輩の生徒に断って康太を保健室に連れ出した。
『失礼します。浅井先生、さっきお話した小学生の子です。』
知香は保健室の浅井先生に康太を紹介した。
『そうか、まだお名前聞いてなかったね。』
『青葉台小の上田康太です。』
青葉台小出身の知香に自分も青葉台小だという事をアピールする。
『康太くん……、くん付けじゃなくこうちゃんて呼んで良いかな?写真撮った?』
康太がセーラー服を着た写真を出して、知香と浅井先生が見た。
『似合ってるね。』
知香に誉められ、嬉しくなった。
『でも、あんなに人が居る中で言うなんて凄いね。』
『あの時は白杉さんに是非聞いて欲しいと思って夢中だったから。後で恥ずかしくなったけど。』
後から考えると自分でも不思議でならない。
『知香で良いよ、こうちゃん。で、セーラー服着てみてどうだった?』
セーラー服を着た感想を知香に求められる。
『なんかふわふわした感じで、気持ち良かった。』
康太は率直に答えた。
『こうちゃんは将来どうしたいの?』
知香が質問したが、康太は知香ほどの決心は付いていない。
『知香さんみたいに女の子になって学校に行きたいと思う。……だけど……。おとうさんは男は男らしくしろって言うし、最近野球が好きになったから、中学に入ったら野球部入りたいし。』
別れたとはいえどうしても父の影は気になる。
『おとうさん説得出来なきゃ難しいかな?』
性同一性障害の認定には家族にカミングアウトをして望んだ性別で生活を続けていかなければならない。
『まだ迷いがあるのは仕方無いけど、自分の意思が弱いと将来後悔する事になると思うよ。』
痛いところを突かれた。
みんなから優しいと言われるけれど、同時に意思の弱さが欠点だと言われる事もある。
『白杉さんみたいにいずれ手術を受けて戸籍を変えるなら思春期に入る今のうちの方が良いかもしれないけど、もし将来男の子に戻りたいと思っても戻れないから何がなんでも早く結論を出してはいけないの。分かるかな?』
浅井先生が知香の言葉を補足して言った。
『まずはおとうさんおかあさんに自分の言葉で説得して、本当に女の子になりたいっていう気持ちが強くなったらでも遅くないと思うよ。私、協力するから。』
康太は泣き出して頷いた。
康太は肝心なところでいつも泣く。
『こうちゃんと私は同じ悩みを抱えている友だちだよ。一緒に頑張ろ!』
康太は知香の言葉に暫く泣き止まなかった。
『そうだ、こうちゃん。明日も来れる?』
康太が少し落ち着いたところで知香が尋ねた。
『うん。』
涙を拭きながら康太は返事をする。
『明日さ、こうちゃんに私の服貸してあげるから着てみない?』
『え?でも、友だちと会うかもしれないし。』
まさかの提案に驚くと共にそんな度胸はないと思う。
『何言ってるの?さっきあれだけの人の前で女の子になりたいって言ったくせに。自分の思っている事をみんなに伝えるのは少しだけ勇気を出せば良いんだよ。』
本当に女の子になりたいなら恥ずかしさなどない筈だ。
康太は少し考えて、結論を出した。
『分かりました。知香さん、明日来ます!』
初めて会った知香から服を借りられるなんて夢みたいな話である。
涙を拭いた康太は明日への希望を胸に保健室を後にした。
自宅に帰ると康子が待っていた。
『ただいま。』
『おかえり、こうちゃん。セーラー服はどうだった?』
康太はセーラー服は着なくていいと言ったはずなのに、セーラー服を着たと決め付けている康子を変に思う。
『な、なんでセーラー服って……。』
『隠さなくても大丈夫。たぶんそうだと思っていたから。でもお母さん、こうちゃんが大勢の人の前で女の子になりたいなんて言ったからびっくりしたわ。』
文化祭でした事が康子に全て筒抜けだったので康太は顔が真っ赤になった。
『……分かってたの?』
『うん、なんとなくね。だからこうちゃんに白杉さんの話をしてみたの。白杉さん、どんな人だった?』
『どこからみても女の子にしか見えないし、とても優しかった。僕の事、同じ悩みを抱えている友だちだって。後、明日洋服を貸すからまた来てだって言われた。』
康太は正直に知香とのやり取りを話した。
『じゃあ明日、お母さんも言っても良いかな?』
康太には断る選択肢はなかった。