カモフラージュ
2022年、令和4年の正月を迎えた。
元日の早朝からこのみは和室に呼ばれ、和装下着姿になる。
康子に髪をセットしてもらい、育三郎が持ってきた振袖を頼子に着付けてもらうためだ。
このみは小紋なら自分で着付ける様になったがさすがに振袖は無理で、手際のよい頼子の気付けを体験しながら学ぶ。
振袖は明るい水色に大きな冬牡丹があしらわれている。
このみが帯を締めてもらった頃には自分で着付けていた康子も着付け終わっていた。
康子は今井家の紋が付いた青竹色の色無地に正絹の袋帯姿である。
『おじいさま、おばあさま、お父さま、お姉さま。あけましておめでとうございます。』
このみと康子は源一郎たちが待つリビングに行き、挨拶をした。
『おめでとう。二人共きれいだ。康子さん、惚れ直しました。』
すでにお酒が入っているのか、源一郎は饒舌である。
『今日は二人のお披露目になる。朝から忙しくなるが宜しく頼むぞ。』
午前中はリカルドの運転する車で市長、市議会議長、商工会議所会頭の自宅に挨拶に行き、午後は来客を迎える立場になる。
『このみさん、とてもお似合いですわ。ワタクシも一緒にお着物を着れたら良いのですが。』
事故以来麗は知香の実家に行った時に一度だけ浴衣を着付けてもらっただけだ。
『麗、そんな事はないぞ。車イス用の着物をレンタルする会社があってな、うちにも作って欲しいという依頼があったんだ。』
障害を持った人にも着物を親しみ、楽しめる様簡単に着付ける事が出来る着物をレンタルする会社があると育三郎が言った。
『麗は来年成人式だし結婚式もこのみと一緒に振袖で出られるぞ。』
『それは嬉しいですわ。成人式に振袖を着る事は出来ないと思っていましたから。』
今年の4月から成人年齢が従来の20歳から18歳に引き下げられるため、今年高校三年になる麗も来年成人式となる。
麗もやはり成人式で振袖を着たいと思っているのだ。
『その前にお父さまとお母さまの結婚式でお姉さまと一緒に着物で出られるのが私は嬉しく思います。』
このみが言うと麗も一緒に喜んだ。
このみと康子は源一郎に連れられ、市長の自宅を訪問した。
『あけましておめでとうございます。』
『今井くん、今年は君にとって飛躍の年になりそうだな。お手柔らかに頼むよ。』
現市長の中島博高は源一郎より20歳くらい歳が離れていて、源一郎を後継者と思いつつ、目の上のたんこぶの様な存在だと思っている。
『私も今回の選挙で勇退しようと思っているのだが、次の市長には是非君を推したい。』
新年早々に市長選挙があり、中島は4選を目指すがその後継者に源一郎が指名されたのだ。
『恐れ入ります。今日は私の新しい妻と娘を紹介致します。』
源一郎はすでに再婚話は周囲に発表している。
『康子と申します。以後、お見知りおきを。』
『娘のこのみと申します。宜しくお願い致します。』
二人は中島に挨拶をした。
『二人とも美人ではないか?馴れ初めは聞いても良いかな?』
『はい。元はこのみは男の子なのです。』
『なに?』
中島が目を丸くした。
『もしかすると三中に二人いる性同一性障害の生徒の一人かか?』
市長であるので市内の中学校に性同一性障害の生徒がいるのは知っている。
『はい。康子の前の夫の子どもなのですが、治療を受ける費用も掛かる上に生活に困窮していたので私の家で家事を手伝ってもらっていたのです。これがなかなかの頑張り屋で私は治療や手術に掛かる費用を出すために康子に会ったところ一目惚れをしてしまいました。』
『なるほど、美談だが中学生を働かせた等という部分は引っ掛かるな。間違えるとスキャンダルになりかねん。』
今も家には遥が働いている。
『確かにそうですね。康子とこのみを紹介するとある事ない事調べられるかもしれません。』
『それでは私の責任にもなりかねん。その話は内密にしておくべきだな。』
『しかし、下手に隠すとかえってスキャンダルにならないでしょうか?』
次期市長の再婚相手がどの様な人なのかを知る上で反市長派から目を付けられる可能性もある。
『あの。』
このみが口を挟んだ。
『失礼ですが、仕事ではなくマナーを学んでいたという事にしては出来ないでしょうか?実際、私も大変勉強をさせて戴きましたから。』
『ふむ、男の子が女性として振る舞うためにマナー教室に通っていたとすれば筋は通るかもしれないな。実際、頼子さんはその道のプロだからな。』
『それが良いかもしれん。ただし、くれぐれもバレん様にな。』
このみの提案に源一郎も中島も了承し、その後中島が仲人をする事になった。
中島の家を出て、車内で源一郎は康子とこのみに呟く。
『今も遥くんはよくやっているが、これ以上続けさせる訳にはいかないかもしれないな。』
今までは1議員の責任で済んだが、次の市長候補となると遥もスキャンダルの要因になりかねない。
『遥さんも表向きはマナー教室の生徒のまま通わせれば宜しいのではないですか?』
康子が提案した。
『しかし、そうなると今までは給金を出していたのに謝礼金を受け取らねばならなくなる。』
『でしたら実際に教室を開いて何人か生徒を集め、遥さんは優秀な生徒なので先生に抜擢したという設定は如何でしょうか?あくまでも表向きは。』
『それは面白い。すぐ生徒を募る事にしよう。』
このみの案に源一郎は乗る事にした。
『私も協力しますわ。』
もともと今井家に入ってから厨房仕事だけで暇をもて余していた康子は、新しい仕事が出来る喜びを感じていた。




