このみのナース服
お昼は各自弁当を持参し、控え室で食べる。
『木原さんは将来看護師になりたいんだね。私はまだなにをしたいか分からなくて漠然と選んじゃった。』
楓もこのみと同じで特に看護師になりたい訳ではなくほっとした。
『小さい頃に入院した事もあったしね。ナースキャップが素敵って思ったけど、もうどこの病院もしてないから寂しいよ。』
看護婦のトレードマークの様な存在だったナースキャップは、衛生面などの理由でこの10年で廃れていった。
『上田さんは?』
『私はこれから先、ずっと病院通いをしなきゃいけないし、身近だから。』
『今はどんな治療を受けてるの?』
穂花は看護師志望らしく、このみの治療に興味津々だった。
『今は毎月アンチアンドロゲンって男性ホルモンを抑える注射を射ってるの。これが腫れるから痛くて……。知香さんは15歳になって女性ホルモンを始めたんだけど、筋肉注射ってもっと痛いみたい。』
このみも来年の秋になれば女性ホルモンの投与を始める事になるが、ずっと痛みに耐えていかなければならないのだ。
お昼ごはんの後、このみたちはナース服に着替えて研修を受ける。
『3人ともよくお似合いね。これから救急訓練をします。』
人形を使って人工呼吸や心臓マッサージ、AEDの使い方を学ぶ。
『災害が起きた時もそうだけど、1秒を争う緊急の時に救急車を待っている間に対処出来れば助かる命もあります。看護師ではなくてもこれらの事を覚えておいて損はないと思います。』
このみたちは真剣に美子の説明を聞いている。
『この後は一人一人看護師に付いて回ります。藤田さんは中村さんに、木原さんは後藤さんに、上田さんは私と一緒に行きましょう。』
『宜しくお願いします。』
入院している患者は点滴をずっとしている人、のんびりテレビを見ている人、寝たきりになっている人など様々であり、病室によって分けられている。
『この病室はケガの患者さんばかりで若い男性が多いからうるさいわよ。』
なるほど、廊下からも声が聞こえる。
『あなたたち、なにしているの?』
一つのベッドで向かい合って二人の男が花札に興じている。
『まさかお金を掛けていないでしょうね?』
『嫁さんに財布握られてるから大丈夫っすよ。』
『お、今日は可愛い看護婦ちゃんも一緒だね。お名前は?』
『上田このみです。……私、まだ男なんですけど……。』
ちょっと照れながらこのみは答えた。
『へ?男?まだ付いてんだ。』
『そんな事ばかり言ってると花札取り上げますよ。』
美子に怒られ、男たちは小さくなった。
『上田さん、簡単に男だって言わない方が良いんじゃないの?』
『ナンパとか近寄ってくる男の人にははっきり言った方が良いって言われているんです。それでも興味本位で迫る男の人もいるみたいだけど。』
『なるほどね。上田さんも可愛いから気を付けてね。私の旦那もケガで入院している時に言い寄られたから大きな事は言えないけどね。』
美子は美久や若い看護師に自分の様になって欲しくないと自虐的にこの話をするのだ。
隣の部屋には同じケガでも年配の女性が多い。
『階段から躓いてね。』
みんな骨が弱くなりちょっとした事で骨折する人が多い。
『美子さん、おトイレ行きたいんだけど頼めるかな?』
その女性は車イスでトイレに行くのだが、トイレでは介助が必要なのだという。
『私、やって良いですか?家で姉の世話をしていますので。』
このみはメイドの頃から麗の世話をしている。
『そうね。お願い出来るかしら?』
本来、職業体験でやる仕事ではないのだが、経験者という事で美子はこのみに任せた。
『上田さんは中学生?』
車イスに乗った女性は中田徳江という患者で、飼い犬の散歩中に他の犬に興奮した自分の犬に引っ張られてケガをしたとの事だ。
『はい。二年生はみんな職業体験をするんです。』
『うちの孫も来年中学生になるの。宜しくね。』
トイレは多目的トイレは使わず、普通のトイレの入口で車イスを降りて片足で個室に行く。
このみは徳江に肩を貸して便器に座らせ、用が済むまで外で待った。
待っている間、患者や見舞い客にじろじろ見られる。
ナース服を着ているが、いかにも中学生の職業体験だと分かるので注目の的になってしまうのだ。
『お、このみちゃ~ん。おトイレは向こうじゃないの?』
さっきの男が松葉杖を突きながらひょこひょこやって来て男子トイレを指差すが、このみは対応出来ず黙っていた。
『なんだ、勉強のために来た中学生をからかうなんて恥を知れ。』
元気そうなおじいさんが若い男に注意をする。
『はいはい、分かりました~。でもじいさん、この中学生、男だからね。』
よほど暇なのか、余計な事しか言わない。
『ありがとうございます。』
このみはおじいさんに礼を言った。
『当然の事を言っただけだ。気にしなくて良い。こんな可愛い娘を捕まえて男だなんて最近の若い奴は……。』
『すみません、本当の事なんです。』
『そうなのか?それは驚いた!冥土に良いみやげが出来たな。上田このみさんか。』
おじいさんの名前は仁村浩蔵と言った。
『そんな事言わないで下さい。こんなにお元気なのに。』
『わしはもう長くないんじゃよ。蝋燭が燃え尽きる前の最後のから元気ってヤツだ。』
確かに一見元気に見えるが顔色は良くない。
『上田さ~ん、お願い。』
『あ、すみません、呼ばれたので。』
『うむ、頑張りなさい。』
このみは仁村に挨拶をして徳江の待つ個室に向かった。




