勝利の乾杯
頼子の案内で康子とこのみは1階の奥にある和室に入った。
こちらには亡くなられた奥さまの着物がございます。』
和室には初めて入ったが、桐のタンスが並んでいていかにも着物を着るためという部屋になっている。
『毎年虫干しをしておりますからかびや虫に食われてはいないはずです。麗お嬢さまがいつかお召しになる日のためと思っておりましたが、奥さまやこのみお嬢さまがお召しならば旦那さまもお喜びになると存じます。』
訪問着から小紋など何枚もの着物が桐タンスにしまわれていた。
『今日は遅いので着るお時間はございませんが、今度旦那さまが早くお帰りの時に着てみては如何でしょう?』
『頼子さん、ありがとうございます。』
このみはもう就寝時間になったので自室に戻った。
朝、登校すると佐藤しおりと村田義人が生徒会役員候補として挨拶をしている。
今は三年生の知香が生徒会長だが、文化祭が終わると次の執行部が動き始める。
現執行部の書記を務めるしおりが次期会長、村田は副会長に立候補しているのだ。
『おはよう。佐藤さん、村田くん、頑張ってね。』
自分のクラスメイトだからといって立ち話をしていたら他のクラスの生徒たちから非難の目を向けられるのでこのみは声だけを掛けて教室に向かった。
『上田さん、おはよう。』
後ろから声を掛けたのは安田真理だ。
『おはよう。佐藤さんたち頑張ってるね。』
『うん、当選するかな?』
『今年は無風だから大丈夫みたいだって知香さんが言ってた。』
対抗の生徒も立候補しているが、生徒会が推薦している両候補は余程の事がない限り当選するだろうと見られている。
『しっかり後押ししてその勢いで文化祭に行きたいね。』
思わぬメイド喫茶対決でクラスの士気が盛り上がっているが、生徒会の選挙次第ではそれも下がりかねないのだ。
投票日の当日は放課後選挙管理委員会が集計した結果を担当の先生に書面で提出し職員室で保管するため一般の生徒が結果を知るのは週明けの月曜朝になる。
当然ながら選挙管理委員の生徒には守秘義務があり、結果が漏れる事は先ずないが、無風選挙の筈なのにに万一波乱があれば委員会が慌てるので雰囲気を読めば分かってしまう。
『どんな感じだった?』
『部屋の中から鍵を閉めているけど静かだから大丈夫そうだね。』
3人の役員を選ぶのに二人が立候補している二年C組は文化祭の準備中も気が気でない。
『ちょっと早いけど決まったという事で乾杯しようよ。』
『なに言ってんだ?もしダメだったら馬鹿みたいじゃねぇか?』
もう決まったも同然とクラス全員が盛り上がる中、当事者で初めての選挙の村田が制止する。
『佐藤はなんで落ち着いているんだよ?』
『私、去年も選挙やってるもん。』
しおりは涼しい顔で村田に返答した。
練習用のグラスを一度洗って少量づつジュースを注ぎ、クラス全員がグラスを持つ。
『はい、上田さん。』
『ありがとう。』
このみにもジュースが渡された。
『それではみなさん宜しいでしょうか?佐藤しおりさんと村田義人くんの勝利を祝し、乾杯!』
『かんぱ〜い!』
学級委員の久保田菜摘が音頭を取り、みんなで乾杯してジュースを飲み干した。
『減点だね。』
『白杉さん?』
乾杯の一部始終を廊下から見回りに来た現生徒会長の知香が見ていた。
『ちょっと待って下さい。私たち、メイド喫茶の練習をしていただけです。』
菜摘が弁明する。
『乾杯は関係ないんじゃない?少なくともそのジュースって本番用に許可をもらって買ったものでしょ?それを別の機会に使うのは違反行為です。』
知香はぴしゃりと言った。
『あの……白杉さんも一杯いかがですか?』
1リットルのジュースが入った紙パックを持っていた真理が知香にもジュースを飲んでもらおうと声を出した。
『これは買収行為に当たります。可哀想だけど減点2だね。』
『えー?厳しい!』
二年C組の生徒たちは不満を露にする。
『放課後学校の中で練習や作業をしているのだから学校の規則を守るのは当然です。少なくともこれから生徒会長と副会長になろうという二人がいるのにこれはまずいでしょう。
しおりと村田はしゅんとなった。
『という事は、会長は選挙の結果を知ってるんですか?』
菜摘が知香に質問する。
『選挙管理委員会は生徒会とは別だから知るわけないでしょ?月曜日になれば分かるんだし、焦る事ないよ。それより隙を見せない様にね。足元救われちゃうから気を付けてね。』
そう言って知香は出ていった。
月曜日の朝、このみが登校すると掲示板に生徒が群がっていた。
『知香さん、おはようございます。』
このみは知香を見付け、声を掛けた。
『おはようこうちゃん。見てみなよ。』
このみが掲示板を見上げると、大きな文字で佐藤しおりと村田義人と書かれて二人が当選しているのが分かった。
『良かった。』
これで週末の文化祭に向けてみんな盛り上がるだろうとこのみは思った。




