母の過去
このみがリビングでメイド姿をしおりたちに披露していると、
母の康子が厨房の仕事を終えて入ってきた。
『まあ!』
康子がこのみのメイド服姿を見たのは初めてだった。
『このみさんがメイドに未練があるの、分かる気がします。』
似合っているというよりオーラの様なものを感じるのだ。
『あ、上田さんのお母さん、この度は再婚おめでとうございます。お母さんは普通の洋服ですね。』
しおりが代表して挨拶をした。
『まだ正式には来年の春ですからね。それにお台所にいるのにきれいな服は着れないわよ。』
『え?メイドさんがいるのにお料理作ったりしているんですか?』
しおりたちは麗の父・源一郎と再婚すると聞いていたので料理とかは全て任せているものと思っていた。
『私からお願いしたの。今まで普通のパートの主婦でこのみのお母さんだったのに、急に奥さまだなんて柄じゃないわ。』
『そんな風に見えないです。洋服は普段着だけど、それ以外は奥さまという感じです。』
気品があると言いたかったのであろうが、中学二年生が言うと生意気だと思われそうで止めた。
『まあ、お上手ね。昔ホテルで接客をしていたので言葉遣いは勉強したわ。』
康子の一言に美奈が反応した。
『お母さん、接客の仕方教えて下さい!私たち、負けられないんです!』
『古谷さん、負けられないってどういう事なんですか?』
このみは美奈の言葉の意味が分からなかった。
『3年C組とメイド喫茶が重なっちゃったんだよ。そしたら生徒会長がメイド喫茶対決を文化祭の目玉にしようだって言い始めてさ。』
村田が先日の学級委員会での話を伝えた。
(知香さんらしい発想だけど、また大変な事になったな。)
このみは生徒会長の知香の性格はよく知っているのでなるほどと思った。
『3年C組はどんなメイド喫茶なのですか?』
『なんか服飾部の部長と副部長がいて全員のメイド服作っているらしいんだよ。だから沢口のやつ、あんな言い方してたんだ。』
このみたちのクラスメイトで服飾部の沢口実花は先輩がメイド服を作っているけれで借りるのは難しいと言っていた。
その理由がこういう事だったのだ。
『服飾部の三年生って、もしかして萌絵さん?』
『上田さん、八木さんを知ってるの?』
知ってるもなにも、まだ女の子の服を持っていなかった時にロリータ服を貸してくれた恩人であり、萌絵にしてみればこのみは数少ない会話が出来る相手の一人である。
『そのメイド服がさ、色違いで作っていて5人一組でローテーションするんだって。』
同じメイド喫茶だが、高級路線の二年C組とはコンセプトが違うので知香は対決させると言ったのだ。
『これは負けられないね。頑張らなきゃ。』
このみは相手が萌絵と聞いて発奮した。
『土曜日は麗さんも頼子さんもいないからまた来週うちに来て研修会をやりましょうか?遥さんも一緒にね。』
康子の提案に一同が喜んだが、立って聞いていた遥は気を落とした。
クラスメイトたちが帰った後で、このみは康子に尋ねた。
『お母さま。』
『遥ちゃんも帰ったし、麗さんたちもまだ帰ってこないから普通に喋って良いわよ。』
家にはこのみと康子の二人しかいない。
『お母さんがホテルで働いていたって聞いた事なかったけど。』
『お父さんと出会った場所でもあったからあまり言いたくはなかったの。』
康子にとっては触れられたくない部分だったのである。
『お父さんと?』
『そう。お父さん、調理師だったでしょ?出会った時、同じホテルで働いていたの。』
『そうなんだ。』
所謂職場結婚だった。
『お母さんはホテルの専門学校を卒業してね、新卒でそのホテルのウェイトレスをしていたんだけど、その時お父さんもホテルの洋食レストランのコックだったの。』
父の遼太が洋食のコックだった事はこのみも聞いている。
『お父さん、いつも独立して自分の店を持ちたいって言ってたわ。確かに腕は良かったから、お母さん信じてたの。でもね、先輩のコックさんからお母さんと付き合っているのがバレて、半人前のくせにって言われてケンカしてホテル辞めちゃったの。』
お父さんらしいとこのみは思った。
『お母さんもホテルに居づらくなったからお父さんと一緒に辞めたんだけど、実家から怒られて駆け落ちしたの。でもいつかはお店が持てるからってお母さんもお父さんからお料理教えてもらって頑張ったんだけどね。』
なるほど、今井家の洋食料理も簡単に作れるのはそんな理由だったのだ。
『お父さんが下積みの頃に書いたレシピのノート、みんな残していったからね。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけど。』
もし遼太が短気でなく1ヶ所でずっと仕事を極めたら相当な腕のコックとなって店を持っていたかもしれない。
そう思うと残念な気もする。
『お母さんの料理、和食も洋食も美味しいよ。』
『ありがとう。こうちゃんもお父さまも麗さんもみんな喜んで食べてくれるだけでもお母さんここに来て良かったと思うの。』
このみはそう言って母が喜んでくれる事が嬉しかった。




