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時は2016年春。
まだ白杉知香が知之で上田このみが康太だった頃のお話である。
康太は放課後クラスの友だちからサッカーをやろうと誘われた。
『ごめん、放課後見守り隊に行く時間だから。』
『なんだよ。ただ、店の中で本読んだり宿題やったりするだけだろ?別に良いじゃん!』
『時間に行かないと後でお母さんに連絡されて怒られるから嫌なんだよ。』
康太は両親の離婚により母一人子一人の生活をしている。
なるべく母の康子に心配を掛けない様、決められた事はちゃんと守っているのだ。
『付き合い悪いな。』
正直なところサッカーも嫌いではないが、どちらかと言えば父の影響で野球の方が好きだった。
しかし今は遊びで野球をやる場所もなく人数も揃わないし、地域の野球チームに入ると親も土日は駆り出され道具も買わなければならないので康子の負担が大きいのだ。
康太はそこまでスポーツに執着してはいない。
『こんにちは。』
放課後見守り隊は、この地域の学童保育の対象が主に二年生くらいまでなので三・四年生を対象に商店街のお店で児童を預かるボランティアの様なものだ。
四年生の康太も見守り隊の世話になって二年目であるが、康太を預かる店はランジェリーショップ花花で、検見川桃子という商店街では一番若い店主のいるお店だ。
初めて来た時は大人の女性の下着がカラフルに飾られて子どもながらに目のやり場に困っていた康太だったが、次第に言動が変化していった。
『女の人って見えないところもちゃんときれいにしているんですね。』
『おっぱいが大きいって大変そう。』
などと桃子に言って困らせたが、桃子も暫くすると小学生の男の子に慣れたみたいで
『こうちゃんもブラジャーしてみる?』
と逆に康太をからかっていたが、
『男はおっぱい大きくならないのはなんでだろう?』
などと真剣に考える康太を見て恐ろしくなって止めた。
4月になり、それまで学童保育に通っていた児童が三年生に進級して加わる時期がやってきた。
『西山遥です。』
そう名乗った三年生の女児は少しぽっちゃりした可愛い娘である。
『上田康太です。宜しくね。』
遥は優しい康太に直ぐ懐いたが、最初の頃は男女の違いもあり、遊びも勉強も別々だった。
ある日の放課後、遥の目が赤く、腫れぼったくなっているのに桃子が気付いた。
『遥ちゃん、どうしたの?』
『なんでもない……。』
明らかに泣いた後の顔であったが、遥は訳を話してくれない。
次の日も、またその次の日も遥は赤い目をしていた。
それを見ていた康太は、放課後遥と一緒に桃子の店に行く為に遥の教室に迎えに行った。
その時、康太は遥が外見をクラスの男子たちにからかわれている姿を発見したのだ。
『遥ちゃん!』
遥は康太に気付いて泣き出した。
『こうちゃ~ん!』
上級生が助けに来た事でからかっていた男子生徒は逃げていった。
『どうしたの?』
『ごめんなさい。遥の事、でぶとか言ってみんな苛めるの。そんな事誰かに言ったら余計苛められるから……。』
『そんな心配しなくても大丈夫だから。一緒に桃子さんのところに行こう。』
それから康太は出来るだけ遥の相手をしてあげた。
折り紙を折ったり、女の子ならではの遊びも付き合っていつしか男の子の遊びより真剣に取り組む様になり、なんとなく仕草や身なりも女の子寄りになっていた。
『こうちゃん、明日そんな格好で大丈夫なの?』
康太は康子と別れた父の遼太と月に一度会うという約束をしている。
子どもなのでよく分からないが、毎月会う事が養育費を貰える条件となっている様で、康子も遼太に康太を会わせたくないと思いながら泣く泣く条件を飲んでいた。
康太は、遥の苛めを発見して以来、考え方が女の子に近くなっていて、服装にもそれが表れている。
康太の父・遼太は料理人で、良く言えば職人気質である。
自分が納得出来ないものには文句を言うし、そのおかげで転職しても3年にしないうちに退職している。
腕だけは確かなものがあるので、転職先にはさほど困らないがそれがいつまでかは分からない。
そんな短気故に家庭では暴力を振られ康子は離婚を決意したのである。
『大丈夫だよ。最近のお父さん、だいぶ変わったから。』
康子は康太の言葉を信じられない。
康太は自分を気遣って本当の事を隠す傾向があるからだ。
翌日、康子は心配をしながら康太を見送った。
康太は電車で二駅先まで行き、父・遼太と会う。
『康太、髪が伸びたな。』
遼太は再会して直ぐ耳が隠れるほどに伸ばした髪を指摘した。
『そこに1000円カットがあるから切ってくるか?』
『……大丈夫だよ。』
『服装もなんだか女っぽくないか?最近、テレビとかで変なタレントばかり出ているけど、男は男らしくしなければ駄目だ。』
これでスカートでも穿いたら可愛い顔付きなので女の子と見分けが付かないだろう。
遼太はそんな康太を危惧して男らしくしろと言うが、康太は逆に遥と遊んだり桃子の店でカラフルな下着やそれを求める女性客の影響で心の女性化が進んでいた。