大切な貴女へ感謝の気持ちを
本当は本編に入れようと思いましたが、ちょっと雰囲気を壊しちゃうかなと思ったので短編投稿といたしました。
これは、まだエスティアが旅に出る前。館に住んでいる時の物語となっています。
朝からみんなの様子がおかしい。
そう気が付いたのは朝食を終えて、シュティレの入れてくれた紅茶を飲んでいる時だった。
今日は久々にのんびりできる日で、そう言う日はグレースに連れられたレイや、オリバーが遊んで遊んでと寄って来ると思って、待っていたが、一向に来ない。加えてなんだか、みんながコソコソとしているのだ。
エスティアは首を傾げながらも、本を読む。すると、キッチンから姿を現したフェルターがエスティアへと声をかけた。
「エスト。町には買い物に行かないのかい?」
「んー? いや、別に行く予定はないけど……もしかして、食料が少なくなってる?」
本を閉じ、顔を上げたエスティアはそう言って笑みを浮かべた。キッチンの主導権はシュティレが握っている。フェルターが頷く。
「ああ、なんでも、今日はお祝いだから色々と作りたいらしいんだ」
「お祝い……?」
聞き返したエスティアは小首を傾げた。今日は誰かの誕生日だっただろうか? いや、今月は誰もいないという答えを弾き出し、眉を顰めた。
だが、すぐにそう言えば最近、買い物に行っていないことを思い出し、後頭部をポリポリと掻きながら立ちあがる。フェルターの表情が明るくなる。
「はぁ……キッチンの女神に言われたら仕方ないね。フェルターはもちろん、手伝ってくれるよね?」
「――ああ! 任せてくれ!」
フェルターの顔がこれでもかと眩しく輝く。その表情はまるで太陽のようだ。エスティアは自分よりも身長が高くガタイのいいフェルターの笑顔を見ながら、“でっかい犬みたい”と胸の内で呟くと、キッチンへと視線を向けた。
「オリバーは連れていかなくて平気?」
いつも、フェルターにくっついている彼。声をかけようとキッチンに向かおうとすると、フェルターはエスティアの腕をとる。
「いや、オリバーには重大な任務を与えてある。だから、俺と二人で行こう」
「ふーん。まぁ別にいいけど。欲しいものは聞いてあるんだよね?」
「ああ任せてくれ! ほら、ちゃーんとシュティレから預かっているよ」
得意げな表情で懐からメモ用紙を取り出したフェルター。薄黄色のメモ用紙にはパッと見た感じ、チキンや香草などの食材が丁寧な文字で書かれている。
本当に今日はお祝いなのかと考えながら、最後の一文に目を通して、エスティアはクスリと笑みを零す。
――ちゃーんとお腹を空かせておくこと! おやつは厳禁!
近くの街へとやって来た二人。フェルターは早速、メモを見ながら辺りを見回している。対して、エスティアはそこら中から香る甘い香りに表情を綻ばせる。
やはり、今日はなにかのお祝い事があるのか。エスティアは顎を人差し指と親指で軽く揉みながら思いを巡らせたが、思い当たらない。いっそのこと、フェルターに聞こうと、振り向くと――彼はもうすでにそこにはいなかった。
「え、ちょ、フェルター!?」
一瞬、脱走が頭を過るが、そんなことをする子ではないとわかりきっているので、そんな愚かなことを考えた自分を心の外へと殴り飛ばし見回す。が、如何せん、今日は人が多い、これでは探せないなとエスティアは断念すると、近くのアンティークショップへと足を運んだ。
カランコロンと耳触りのいい音と共に店内へと足を踏み入れたエスティアはガラス窓から外の様子をうかがいつつ品物へと視線を落とす。
水色の羽のついた天使の置物、フクロウの形のベル、赤と黄色の花の装飾が施された二対の手鏡など、どこか親しみの感じる雰囲気と温かさを持っている商品。エスティアはそれらを手に取ると、これはあの子にあげようかと思案し、口角を上げる。
「……あ、これ」
欲しいものを入れていた小さな籠を脇に置いたエスティアは、導かれるようにそれを手に取っていた。
アンティーク調の金色で出来たハートのリングがついたペンダント。普段であれば、絶対に手には取らないであろうそれをよく見るように動かしながらエスティアは、“シュティレが付けたら似合うだろうな”と考え……なんだか気恥ずかしくなり、そっとソレを戻そうとした時――
「それシュティレに似合いそうだね」
背後から顔を覗かせたフェルターが笑みを浮かべながらそう言う。エスティアは、ビクンと振り向きざまに盛大な溜息をついた。
「フェルター」
持っていたペンダントを籠へと入れたエスティアはコツンとフェルターの額を小突くと、何も言わずに会計へと向かう。どうやら、随分と長く見てしまったようだ。
エスティアはもう傾き始める太陽とフェルターが両手に抱えた荷物を見ながら、何回目かのため息をついた。
夜。シュティレの作ってくれた料理に全員が舌鼓を打ち、談笑をする。エスティアはのんびりデザートのプリンを食べながら、“こんな日々がずーっと続いたらきっと幸せなんだろうな”と考える。
だが、お別れの日は避けられない。彼らを幸せにするのが役目なのだから。そんなことを考えていたせいだろう、子どもたちが彼女の周りに集まっていることに気付かなった原因は。
「え、えっと……みんな? どうしたの?」
困った様子のエスティアに、全員が小さくため息をつく、その表情は誰も、呆れたようにしている。
本当にどうしたのだ。エスティアが固まっていると、グレースとレイが箱を差し出す。ピンク色の箱に赤いリボンでラッピングされたそれをとりあえず受け取ったエスティアは、その箱と子どもたちを交互に見やった。
「えっと、これは……」
「いいから開けてみろよ」
したり顔のオリバーにそう言われ、エスティアは訝しみながらも赤いリボンを解き、箱を開けた。すると、そこには、顔ぐらいはありそうな大きな丸い板チョコが入っていた。その板チョコには、白い文字で、“いつもありがとう”と、一言書かれていた。
エスティアは顔を上げ、全員を順番に見つめる。子どもたちはみな、得意げな表情で笑みを浮かべている。
「エスト。いつか、別れの日が来るのはわかってる。でも言わせて欲しい」
フェルターはそう言って、小さく「せーの」と声をかけると、子どもたちが小さく息を吸い――
『いつもありがとう! 私たちを家族と呼んでくれてありがとう!』
ニコリと微笑む子どもたち。レイは少し恥ずかしそうにはにかみ、シュティレとグレースは太陽のような笑みを浮かべ、オリバーはしてやったりという笑顔で、フェルターは穏やかな笑みを浮かべていた。
そこまできて、エスティアはやっと今日が何の日かを思い出す。
「あ、そっか……今日はバレンタインか」
ポツリとそう呟いたエスティアは今にも泣きそうな幸せそうな笑みを零すと、その板チョコを豪快に齧った。
全員が寝静まる深夜。昼間に買ったプレゼントをこっそり、眠る子どもたちの枕元へと置き、最後の一人であるシュティレの部屋の前へとやってきていたエスティア。
枕元にプレゼントを置くなんて、まるでクリスマスじゃんと呑気に考えながら、にやける頬を軽く叩き、エスティアは音を立てないように慎重に扉を開く。
「はいるよ」
聞こえないように囁くようにそう言ったエスティアは耳を澄まし、規則正しい寝息が聞こえているのを確認すると、まるで魚を盗もうと考える猫のようなしなやかな動きで音もたてずに部屋へと侵入する。
真っ暗な部屋といえど、月明かりのおかげで視界は良好。エスティアは忍び足で枕元まで移動すると、シュティレの布団を直し、持っていたペンダントを枕元へと置いた。
よし、これで終わりだ。エスティアが踵を返したその時――
「サンタさんは十二月だよ」
眠そうな声。起こしちゃったか、とエスティアは苦笑を浮かべると、振り向く。すると、やはり半分夢の中なのだろう。今にでも眠ってしまいそうな顔でシュティレはエスティアを見ていた。
「季節外れのサンタさんもいるんだよ」
ベッドに腰を掛けたエスティアは眠気眼で見つめるシュティレの頭を優しく撫でながら微笑を浮かべる。
「ほら、良い子はもう寝なきゃ」
「悪い子だから……もうすこし、起きてる」
「ダメだよ。シュティレはいい子なんだから」
頭を撫で、頬を撫でる。シュティレは嬉しそうな表情を見せるが、眠ってはくれないようだ。エスティアは困ったように眉尻を下げる。
「悪い子の私は嫌い?」
不安げな声色でそう言うシュティレ。エスティアは小さく首を振ると、絹のような金髪に口づけを落とし、続けて額に口づけを落とした。
「どんなシュティレも好きだよ。ほら、もう目を閉じて」
そっと手を翳すと、シュティレは拒否するように手を掴む。
「眠るまで見てたい」
ふにゃりと微笑んでそう言ったシュティレは静かに目を閉じ、すぐに寝息を立てた。エスティアはフッと微笑むと、そっと耳元に口を寄せ、囁いた。
「おやすみ。夢の中でも一緒に居るからね」
カチリ、カチリ、時計の針は願う。
どうか、どうか、幸せでいられますようにと。