第15話 揺れる中で
「待ってください、昨日の朝もフレンチトーストを作ってくれましたよね?」
「いいえ、昨日は私の分だけのおかゆを作って一人で食べましたよ」
「自分を全く覚えていないのですか?」
「昔お会いしたことでもありましたでしょうか?」
おじいさんの言葉を聞いて、何者かに背中をツーッ、となぞられたように感じ、血の気が引いていく。
手から汗も滲んでくる。
確かに昔おじいさんと何度か会ったことはある。
それはもう何年も前だ。
おじいさんはNPCであるため、クエストを受けるために他のプレイヤーが訪ねてくることがある。NPCにはAIが搭載されているため違和感なく話すことができるし、プレイヤーの顔を覚えてくれる。しかし、本物の人間に近づけるために、時間が経つにつれて記憶は薄れていくようになっている。だが、それは以前の〈Fantasy Tale〉での話だ。
はたして今のNPCはNPCであると言えるのだろうか?
「異世界に転移した」というメッセージが届いてから、NPCについてひとつの疑問が俺の頭の中で渦巻いていた。
それはNPCの立ち位置がどうなったのかということ。
かつてのNPCはプレイヤーのためにショップなどで年中無休で働いていた。
だが、俺がバタークッキーを買いに行ったとき、夜遅かったためかNPCが不愉快そうに俺を見ており、俺が帰ると店が閉まったのだ。
以前には見せたことが無い対応だ。
このことから俺はもしかするとNPCは”生きている”のではないかと思った。
そう考えさせる一因は他にもある。
現実世界に戻れないとき、俺はこの世界を異世界であると思っていたが、NPCが蔓延る変わらぬ街並みを見て異世界なのか仮想世界なのかどっちつかずであった。
しかし、ギルドホール前で男と女性プレイヤーが血を流して死んだときの悲鳴はプレイヤーだけではなく、NPCもその中にいた。
前の〈Fantasy Tale〉では、この反応は見たことが無かった。
その後に、俺は痛覚を検証するために剣で指を切り、現実と同じような感覚であったために、この世界をゲーム要素を含んだ異世界であると捉えた。
つまり、NPCはAIなど搭載されておらず、この異世界の住人であり、生きていると思ったのだ。
ただの仮説であるために信ぴょう性に欠けるが、もし生きており、おじいさんが老齢のためにぼけているという、以前ではありえない反応を見せているのならば、昨日あったことを忘れているだけなのではないだろうか?
―――――だが、このときの焦った思考から導き出された、論理的のように見えて、全くそうではない考えは儚く散った。
「どうしたんですか?」
外に出ていたらしいあくみんが扉を開いて室内に戻ってくると、俺の表情を見て心配そうに言った。
「き、昨日の朝、俺たちフレンチトーストを食べたよな?そうだよな?」
質問ではなく、そうであってほしいため、頷かせるように問う。
「昨日ってどういうことです?」
あくみんはそうであってほしい俺の問いには応えない。
「だから、昨日だよ。昨日の朝、美味しそうにフレンチトーストを食べていたじゃないか」
「誰がですか?」
「誰って、それはあくみんだよ」
あくみんの表情が厳しくなると、白い肌の手が震えた。
「本当に大丈夫ですか?やっぱり首が痛いとかじゃなくて具合が悪いんじゃ・・・?」
もしかするとあくみんとおじいさんがグルで俺を驚かせようとしているという可能性も考えられるが、あくみんはそんなことをするような子ではない。それに、本当に心配そうにしている。だけど一応確認しておく。
「・・・とぼけているわけではないよな?」
「とぼけてなんかいないですよ・・・」
そう言うとあくみんの両目には燦然と涙が浮かんで潤んできた。
焦りから俺はまだ問い続ける。
「でも、昨日タタトス渓谷でレベリングしに行っただろ?」
あくみんは何も答えず俯き、前髪に隠れて潤んだ目が見えなくなる。
「そしたらフィールドボスが湧いてさ、怪我をした男が仲間に見捨てられたから助けただろ?」
―――どうして。
「助けてやったのに、途中でボスにブルったそいつがあくみんの背中を蹴っただろ?」
―――なんで。
「ボスの攻撃が飛んできたからさ、俺がスキルで弾いたろ?その後から意識が無いけどあくみんが倒してここまで連れてきてくれたんだろ?」
―――泣いているんだよ!?
あくみんの足元にはポタポタと大粒の涙が落下しており、落下する度に俺は焦りが増していき、息ができないくらい胸を締め付けてくる錯覚に襲われる。
「どうしたんですか・・・いつもの・・・いつものクールでかっこよくて、強くて、頼りになるレイヤさんは・・・どこに行っちゃったんですか・・・・・・」
あくみんはもう完全に泣いていた。
涙交じりに発した言葉が胸に刺さりバクバクと破裂しそうなほど鼓動が強くなる。
どういうことだよ。
夢なのか幻覚なのか現実なのか。
どこからどこまでが現実なんだ?
今俺は夢を見ているのか?幻覚でも見ているのか?
実はあくみんは演技をしていて目から涙を絞り出しているだけで俺を驚かせようとしているのだろうか?
実はおじいさんが本当にぼけているだけなのだろうか?
実は俺がおかしくなっただけなのだろうか?
実は異世界に飛ばされてはおらず今も仮想世界の中なのだろうか?
実は最初から今まで全て俺の夢の中なのだろうか?
現実に起こったことの境界線を引くことができない。
頭がこんがらがって整理できないんだ。
焦りもそれを加速させている。
―――わからない。
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。
俺は駆け出していた。
駆け出したのかは定かでない。
だが、気づくとおじいさんの家の中ではなく、どこかも知らぬ民家の庭にいた。
狭い庭だが、花壇には目の覚めるような真紅の薔薇が何本も咲き誇っており、見とれてしまうほどの魅力を醸し出している。
その深い赤を見ていたら、鎖鎌で首を跳ねられた俺を思い出してきた。
頭部が無く、切断面から血が噴き出していた2つに分けれた俺を。
他にも女性プレイヤーの事も頭によぎって来る。
肉が抉られて骨が剝き出しになっていた肩。
傷口から見えた白色は骨だった。
そして連れの男もだ。
死ぬ間際に呟いたのは女性プレイヤーの名前で、カップルであったのだろう。
―――楽になってしまおうか。
二人のように俺もHPゲージをゼロにして消えてしまえばいいのだ。
夢なのか現実なのかわからないが、フィールドボスに首を跳ねられたように自分のスキルを使ってもう一度跳ねてしまえばいいのだ。
やってしまおう。
こんな現実くそくらえだ。
力の入らぬ右腕を持ち上げて背中の剣の柄を握る。
ガタガタと震えてうまく取り出せないが、どうにかして取り出せた。
その揺れる剣の刃を肩に置いて安定させる。
一瞬だ。
痛みを感じるまでもなく死ねる。
―――――死のうとした。
だが、スキルを頭の中で唱えてもどうしても最後まで言えない。
怖いのか?
臆病なのか?
意気地がないのか?
違う。
そうじゃない。
仲間だ。
仲間の事が脳裏によぎるのだ。
皆の事が心配だ。
生きてほしい、そして皆と再開して現実に戻りたい。
もう一度現実で会いたい。
あくみん。
あくみんが泣いているのだ。
それも今。
仲間が泣いているのに見捨てるなんてできるわけがない。
大切な仲間が悲しんでいるのなら、その感情を共有して一緒に泣くものではないのか?
それなのに俺は逃げたのだ。
現実から目を逸らして、自分の事しか考えずここに立っている。
一時の感情に揺さぶられて仲間のもとから走り去ってきたのだ。
まったく自己中心的な自分に腹が立つ。
あくみんと約束したんだ。
皆と再会するまで頑張ろうと。
死ねるか。
弱気になってどうする。
逃げるな。
もう二度と同じ過ちは繰り返すな。
謝ろう。
許してもらうまで謝ろう。
頭を地面に擦り減らせて額から血が出ても。
仲間が待っているんだ。
――――――――戻ろう。
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レイヤ 職業ソードマン Lv.5
【HP】45/45(+20)
【MP】31/31(+10)
【筋力値】19(+5)
【敏捷値】18(+5)
【幸運値】9(+0)
【魔力値】5(+0)
【攻撃力】23
【防御力】43
【回避率】0
【命中率】7
【装備追加効果】無し
【装備追加セット効果】無し
【装備追加スキル】無し
【称号】無し
【装備武器】イルダブルソード
【装備防具】初心者のシャツ 初心者のズボン メタルガントレット メタルブーツ 獣のリング
【装備ペット】無し
【習得スキル】スラッシュLv.2
【所持アイテム】青色の小さなポーション×6 ブラウンウルフの毛皮×2 ブラウンウルフの牙×3
バタークッキー×3 薄い布の寝袋 回帰の結晶
【所持金】4241MIL




