第13話 回帰の結晶
フィールドボスモンスターである〈草刈羊男爵〉が出現すると闇と魔法陣が段々と消えて行く。
鎌を握った両拳を地面に、片足を膝で立てて顔は下を向いている。
闇と魔法陣が完全に消え去ると〈草刈羊男爵〉は顔を上げ、黒い眼が紅く光りギョロギョロと瞳が動いた後、俺を見つめてくる。
〈草刈羊男爵〉。俺が初心者の頃何度も苦しめられた忌諱する懐かしのフィールドボスモンスターだ。
このモンスターは最初の関門として知られている。
フィールドボスモンスターはマップに1匹固定でランダムにポップし、〈草刈羊男爵〉はタタトス渓谷に固定されている。滅多に出現するわけではないため所謂レアモンスターだ。
タタトス渓谷は順番的には3番目の狩場であり、1、2番目の狩場にもフィールドボスモンスターはいるのだが〈草刈羊男爵〉ほど強くはない。
理由はあの鎌にある。
フィールドボスモンスターはプレイヤーと同じようにスキルを使うことができるのだが〈草刈羊男爵〉が使うのは鎌スキル。
ソードマンが使える両手剣スキル、アーチャーが使える弓スキルのような初期職業で使えるスキルではない。
レベルが上がって転職してようやく使える上級スキルだ。
初心者の時は見たことが無いスキルを使用してくるため対処に困ったものだ。
「メエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
〈草刈羊男爵〉は紅い眼をより光らせて咆哮する。
羊の鳴き声に似ているが、上級モンスターたる低くて野太い覇気がある咆哮だ。
並みのプレイヤーならば一歩後ずさるだろう。
〈草刈羊男爵〉はその巨躯をタキシードで身を包んでおり、羊と執事をかけたのか?、というのが最初の印象だった。そこから生まれた油断から、初めて戦ったときは鎌スキルで圧倒された。
2度目ははなから勝つつもりはなかった。防御に徹しながらポーションを使って鎌スキルの動きを見て次に繋げ、3度目で勝利。
3度も戦ったモンスターだ。何年も前だが動きは記憶にこびりついている。
勝手なイメージだが、〈草刈羊男爵〉は執事のようにキビキビと体を動かして、右足を左足の膝に、左手を前に突きだしもう一度咆哮する。
「メエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
それは戦闘開始の合図であり、咆哮が終わると俺に攻撃を開始する。
その前に膝を伸ばして両手で握る剣を真っすぐに正中線へと構えて深呼吸。
これは強敵と戦う時集中力を高める一種のまじないのようなもの。
体勢を戻す。
・・・・・・来る!
振り上げた右手のボロボロの鎌に闇が纏い、一気に振り下ろされる。
動きを知っていたのでステップで右に回避。
地面に穴を穿ち、石がところどころに散らばる。
その威力は致死的なもので、もし俺が避けることが出来なかったら右半身と左半身にパックリと分かれていただろう。
その威力を高めているのが上級スキルに与えられる属性ダメージだ。
属性には火、水、風、土、光、闇が存在する。属性にも相性があり、有利な属性を持つ場合、攻撃を相殺しやすくなる。
鎌スキルは上級スキルのため属性を持つスキルを使うことができる。
初期職業であるソードマンが扱える両手剣スキルも転職をした場合属性ダメージが付与されるが、最初は無属性だけ。《スラッシュ》がそうだ。
だから、闇に唯一対抗できる光属性のスキルで相殺することはできない。
敵は技後で硬直している。ここでは《スラッシュ》を使いたいところだが、発動したら俺も硬直して次の攻撃を防ぐことが出来なくなる。剣は追いつくだろうが少なかれ片腹を掠めることが予想される。
今の〈Fantasy Tale〉では攻撃を受けたら血を流して、痛みを伴ってしまう。だから少しでもダメージを受けると痛みで次への思考が遅くなってしまう。それはすなわち死を意味する。
敵が放つ攻撃ひとつひとつが恐怖である。
敵は右へ避けた俺に顔を向け、「フヌウウウウゥゥ!!」と唸り、攻撃が当たらなかった苛立ちからか鼻から白色の怒気があがる。
猛然と地を蹴り、次の攻撃のモーションを見せてくる。
俺のレベルは7、大して敵はレベル15。
ソロで、ノーダメージで倒すのならばレベル30は欲しいところだ。
だが、俺は〈Fantasy Tale〉で最強ギルド「果てなき幻影」のギルドマスターにして、最強のプレイヤーと謳われた者。
俺なら・・・できる!
左手の鎌が水平に振り出されものすごい勢いで俺の命を刈りに来る。
筋力値に差があるため、剣でその攻撃を一瞬だけ止め、身をかがめてその鎌が俺の頭上で通り過ぎる。
後からパラパラと俺の髪の毛が降って来る。
髪の毛を切られた程度ではHPゲージは1ドットも減ることはない。
どうやら俺はまだこのステータスに慣れてないようだな。
こんな事は次からは許されない。
俺は敵の右足を斬り、初めてのダメージを与える。しかし、やはりステータスの差だ。
HPゲージは目に見えては減らない。
次の攻撃が来る。右手の闇を纏った鎌だ。
左腕の鎌も闇を纏っている。
これは連続攻撃の鎌スキルだな。
先に来る右手の鎌を持てる限りの力でつばぜりあいに持ち込んだら、俺は左手の鎌で即死するだろう。
だが、これは一度だけのチャンス。
右手の鎌が外側から内側へ、曲線的な軌道を描いて迫る。
その鎌をしっかりとは受け止めず、流すようにして一瞬の合間を作り、垂直にジャンプする。
俺は敵から伸びる黒色の腕に乗り、駆け上る。
敵の攻撃は止まらず、俺がいた空間に左手の鎌が右手の鎌と衝突。
ガリイイィィ、と火花が飛び散る。
敵は「メエエエェェェ!」と雄叫びを上げて、HPゲージが1割ほど目に見えて減少した。
俺はさっさと地面へ降りて次に備える。
連続攻撃のスキルは強力だがデメリットもある。それはスキルの中断が出来ないこと。
敵は俺が攻撃を避けたことにより俺ではなく自分自身をスキルで攻撃してしまったのだ。
それでも減ったのはたったの1割。
これをあと9回続けていけば倒すことはできるのだが、一度だけだ。
敵も学習し、同じ過ちを繰り返すことはない。
けれど、俺も学習するし次に何をするかを知っている。
HPが減ったことで敵はぶるぶると頭を揺らし叫びながら、怒りに燃える。
すぐに俺のもとへと走り、怒りで直情的に行動してくる。
そんな単調な動きで攻撃が当たるとでも思っているのだろうか?
頭が悪いな。
「冷静でいないと駄目なんだぜ」
敵は俺の挑発的な発言を理解したわけではないだろうが、声音で挑発されていることがわかったのか余計に叫んで両腕を後ろへと大きく振りかぶる。
深い闇のオーラが立ち込めてきて、大技を繰り出してくることがよくわかる。
本当に頭が悪い。俺ならそんな選択はしない。
俺は敵との距離を詰めてスライディングして股下を潜り抜けようとしたときに、敵がようやくスキルを発動。
2つの大きな穴を地面に空けて硬直。
股下を潜り抜けた俺はここぞとばかりに《スラッシュ》を発動。
弱点である尻尾を斬りつけてHPが少し減る。
「ファイアーアロー!」
炎の矢も尻尾に刺さる。
守りに徹していろとは言ったが、物足りない火力に色が欲しかったところだ。
さすがあくみんだ。
人の気持ちをよく理解している。
敵のHPゲージは残り8割残っている。この大技を誘導させていけば時間はかかれども確実に、ノーダメージで倒すことができる。
俺はその後も同じように敵に攻撃を与え続け、バタークッキーを使用していた。
残りは2分ほどだ。
敵のHPは2割ちょっと。
ここからが勝負だ。
敵の攻撃を避けながら通常攻撃を与える。
そして残りの敵のHPゲージがちょうど2割になったときに変化が訪れた。
両手で握る鎌を放して、右手で鎖部分を握る。
ブンブンと勢いよく振り回して白目の部分に血筋が入った。
この間に2個目のポーションを飲み干してMPを回復しておく。
フィールドボスモンスターといった上級モンスターは残りのHPが2割になったときに攻撃のパターンが変更される。こうなったモンスターはHPがゼロになるまで鬼神の如く戦い続ける。
鎌を持ち直したのは、鎌スキルを使うからではないからだ。
〈草刈羊男爵〉が使うのはモンスター専用スキルである鎖鎌スキル。
強力な武器だが、他のモンスターも使うためスキルは知っている。
敵は振り回している鎖鎌を一気に前に押し出す。
すると、鎖が伸びて俺とあくみん側へと向かってくる。
「来るぞ!」
この距離ではあくみんの方へ飛んだ鎌を弾くことができないため、攻撃が飛んでくることを叫んで伝える。
あくみんに言ったのではない、小太りの男にだ。あくみんもそれはわかっている。
「ファイアーアロー!」
小太りの男が横にいるため避けずに、スキルで返すあくみん。
だが、男はその攻撃で死ぬと思ったのか、うるさく喚いた。
「うあああああああああああああ!し、しぬううううううううぅぅ!!」
馬鹿が!
攻撃を来ることを伝えたのはお前が叫ばないためにだぞ!
それを理解できなかったのか!
息を乱さないために俺は声に出すことはなく心の中で男を責める。
なぜ小太りの男に叫んでほしくなかったかというと、フィールドボスモンスターが残りHPが2割になったとき、ターゲットを変更するからだ。
近くにいた俺がもう一度ターゲットを取るつもりだったのだが、叫ばれてしまってはターゲットは小太りの男に移る。
面倒なことをしてくれたな!
敵は小太りの男の方へ走っていき、鎖鎌スキルを発動しようとする。
でも、大丈夫だ。
あくみんの《ファイアーアロー》のクールタイムは終了しており、攻撃を跳ね返せる!
――――――――――はずだったのだ。
あくみんが《ファイアーアロー》を発動しようとしたとき―――――
恐怖からか小太りの男は嗚咽を漏らし、信じられない行動を取った。
「おい・・・それは無いだろ・・・・・・」
視界の端で捉えた小太りの男の信じられない行動。
それは、あくみんの背中を右足で蹴ったのだ。
「あっ!・・・・・・」
あくみんはうしろからの全く予想していなかった蹴りからバランスを崩し地面に倒れこむ。
まずい。
敵の攻撃が来る軌道上に身がある。
どうして・・・こんなことを。
あまりにも報われない仕打ちじゃないか。
あくみんは命を張ってお前の横にずっと立っていたんだぞ。
それなのに、その勇気を踏みにじるなんて・・・。
手が震えるのを感じながら小太りの男を見る。
その忌々しさから怒りがこみ上げてくるのかと思ったが、それは違い、ただ悲しかった。
救いの手を差しのばされるのはとても嬉しいことだ。
その手を握ってくれるのもとても喜ばしい。
だが、一度握った手を放してしまうのはどちらもより不幸にしてしまう。
それだったら最初から握らなければいいのだ。
それは俺もだ。
そんなことよりも今は目の前のことをなんとかしなければ。
敵はもうまもなく鎖鎌スキルを発動する。
まずい、あくみんが・・・。
心臓がドクンと跳ねあがり、全身が震えあがると時間が遅くなったような気がした。
敵の動きはコマ送りのようになり、まるで遅い。
俺だけ時の進み方が遅くなっているのだろうか?
あくみんは立ち上がろうとし、小太りの男は腕で逆方向に這っていく。
何をしているのか認識できるほどゆっくりすぎる。
俺の脳神経がスパークされたから?それともこれが火事場の馬鹿力というやつなのだろうか?
何にせよ今はあくみんを救うことだけだ。
これだけ遅いのなら間に合う!
「え・・・?」
思考のスピードは速くても、身体は敵やあくみん達と同様にスローモーションだった。
それでは間に合わないではないか。
・・・駄目だ。
・・・守るんだ。
大切な仲間を・・・守るんだ!
あくみんを死なせるわけにはいかない!
俺の決意も虚しく身体は依然としてスローだった。
動けよ、早く動けよ!
俺の身体!
そしてついに〈草刈羊男爵〉が鎖鎌スキルを使い、鎖が伸びて二つの鎌があくみんと小太りの男に向かって飛んでいく。
俺の心が絶望で満たされていき、呼吸が乱れる。
力の入らない身体をどうにかして前へと押し出して一歩ずつあくみんのもとへと近づいていく。
だけど・・・間に合わない。
このままでは間に合わない。
どうしたいいんだよ・・・!?
・・・・・・そうだ。
・・・あった。
この状況を打破する一つだけの打開策が!
博打だ。
絶対100%助かるわけではない。
それはあくみんではない俺だ。
これを使えば絶対にあくみんは助かる。
けれど、俺は死ぬ可能性がある。
それでも、仲間を守ることができるなら!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
声を張り上げて、身を護ることなどは考えず真横に飛ぶ。
間に合ってくれよ!
スラッシュ!
剣に白いエフェクトがかかりこの体勢からでも両腕が勝手に動き、一気に振り上げる。
スキルレベルが上昇しているため、より早く動いてくれる。
だけど、このままだと間に合うか?
頼む。
間に合え・・・・・・間に合え・・・間に合え間に合え!!!
飛んできた鎌と俺の剣が接触したところは感触でわかった。
ガキイィィ、と金属が打ち付けあった音も聞こえた。
その後にはスパっという、快音が俺の耳に届き、俺の視界がぐるんぐるんと目回った。
最初にドサリ、という重い音が聞こえ、次に間近でドッ、という音とともに振動が走った。
あくみんはどうなった?
HPゲージは・・・・・・俺とあくみんどちらも減っていない!
やったか!?
視界からは地面が見え、鎖が持ち主の手元へ戻っていくのが確認できた。
次の攻撃が来る。
早く立ち上がってあくみんの援護をしなければ。
立ち上がろうとしたのだが、いつもとは違った感覚が襲ってくる。
・・・なんだか、身体がやけに軽いな・・・。
そう思った束の間、どういうわけかゴロリと頭が転がってあくみんと小太りの男が見えた。
どちらも地面に転がっているだけで無事なようだな。
小太りの男なんかどうでもいい・・・とは思うのだが、誰にでも間違いを犯してしまうことはある。
あくみんは優しい子だからきっと許してあげるだろう。
本人が許してあげるのなら俺が口を出す権利はない。
ただ痛い目にはあってもらうが。
ひとつの淡い達成感を抱きながら、なぜか軽くなっている身体を起き上がらせようとしたのだがどういうわけか全く動かない。
どうなって―――――
え?
待て、あくみんの傍らに何かある。
人が一人増えてないか・・・?
あくみんの影に隠れて顔は見えないが、手足が見えている。
小太りの男の仲間が戻ってきたのか?
いや、違う。
全員逃げ去っていったはずだ。
それじゃあ誰なんだ?
直後にあくみんは上半身だけ起き上がらせ、きょろきょろと周りを見回すと体が震え、顔は今にも泣きだしそうに歪んだ。そんな表情今まで一度も見たことが―――――いや、2度目だ。
あくみんはついに目から大量の大粒の涙を流して、絶叫した。
だけど、その絶叫は俺の耳には届かない。
口の動きからわかっただけだ。
あくみんは後ろへと離れたので、誰なのかわからないそいつの顔をご拝顔・・・
―――――無い。
頭が無い。
頭が無いそいつからは、ブシャアアアアァァ、と切断面から血しぶきが飛んでおり、地面を鮮血で染めていく。
理解できない。
誰だ・・・誰なんだ。
あ・・・・・・。
俺か?俺なのか?
俺だ。
あの腰にかかっている青色の小瓶は俺の身体の一部であったことを示しているんだな?
そうか・・・俺なんだな・・・。
でも俺のHPは・・・。
ははは、なんだよ。さっきは一つも減っていなかったのに数ドットしか残ってないじゃないか。
それに今もゆっくりと徐々に減少している。
そうか。俺死ぬんだな。
ステータスが足りなかったか・・・。
鎌で首・・・刈り取られたんだな・・・。
ごめんな、あくみん。
皆と再会するまで頑張ろうって約束したのに・・・。
俺はいなくなるけど、いつか皆とラスボス倒して現実に戻ってくれよ。
だけどどうしてだろうか。
不思議と、どことなく安らかな気分だ。
もう二度と会えないのにな。
・・・君を守れてよかった。
目頭が熱くなるのを覚えながら、俺の意識はふっと途絶えた。
【回帰の結晶を使用しました 残り使用回数19回】
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レイヤ 職業ソードマン Lv.7
【所属ギルド】果てなき幻影
【HP】0/52(+20)
【MP】27/37(+10)
【筋力値】25(+5)
【敏捷値】23(+5)
【幸運値】13(+0)
【魔力値】6(+0)
【攻撃力】23
【防御力】43
【回避率】0
【命中率】7
【装備追加効果】無し
【装備追加セット効果】無し
【装備追加スキル】無し
【称号】無し
【装備武器】イルダブルソード
【装備防具】初心者のシャツ 初心者のズボン メタルガントレット メタルブーツ 獣のリング
【装備ペット】無し
【習得スキル】スラッシュLv.4
【所持アイテム】青色の小さなポーション 薄い布の寝袋 ウルフの牙 回帰の結晶
【所持金】2882MIL




