ゴブリン(かわいい)
本作はゴブリンキス大賞提出作品です。
そして、この作品を。
恋愛小説の師、石川翠様に捧ぐ。
ここは、魔王城。
その大広間で、今まさに、魔王と勇者の頂上決戦が行われていた。
「消え去れえええ、ニンゲンめえええ!」
「ぐ、ぐわああああ!」
「これは殺された妹ゴブリンの分、これは殺された親友ゴブリンの分!
そして、これは……俺の、怒りの分だあああああ!」
勇者・ゴブリンは、魔王・ニンゲンに致命的な打撃を与えることに成功した。
「く……見事だ、ゴブリンよ!
良くぞ我を倒した!」
世界の支配者である悪のニンゲンは、討ち滅ぼされながらも言葉を続ける。
「しかし、忘れるな……第二、第三のニンゲンが必ず現れ、貴様を亡き者とするだろう……!
そして、私は実は貴様の義理の父親……だったん……」ガクッ!
「なんか言ってたけど聞こえなかったわ」
魔王の言葉を聞き流しながら、ゴブリンは拐われたお姫様 (ゴブリン)を探し始めた。
「……ここにも、そこにもいない!
ということは……あそこか!」
ゴブリンの勇者は、聳え立つ白亜の塔を睨み付けた。
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塔の天辺の部屋の前で、勇者はその扉に手をかけようとした。
その時である。
「……お待ちください、勇者様!」
悲鳴のような声が中から聞こえ、勇者は思わず扉から離れる。
「その声は、姫様!
どうされました、他にもニンゲンがいるのですか!?
奴等なんぞ、この私が切り捨てて見せましょうぞ!」
「ち、違います、違うのです。
……私は、ニンゲンにより呪いを受けて、世にもおぞましい姿に変えられてしまったのです。
勇者様に、こんな憐れな姿を、見られたくないのです……!」
「な……!」
勇者は言葉を失った。
なんと汚らわしいニンゲンは、あろうことか姫様に醜女の呪いをかけたと言うのだ!
勇者は、静かに目を閉じ、思い出す。
小さい頃、孤児だった自分にも分け隔てなく愛を与えてくれた、その笑顔を。
知らずに自分が行った王に対する不敬に、必死で助命を乞うた、その焦り顔を。
勇者になって周りが歓喜の声を挙げる中、たった一人「どうか死なないで」と声を震わせていた、その泣き顔を。
「……安心してください、姫様。
貴女がどのような姿であっても、私の貴女に対する愛は、些かも揺るぐことはないのですから!」
勇者は、意を決して、その扉を開けたのだった。
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部屋の中には、世にも醜い化け物がいた。
怪物の頭からは気味の悪い細い糸が数え切れないほど垂れ下がっている。
糸は排泄物を思わせる亜麻色で、覚悟をしていた勇者ですら、その気持ち悪さに一度目を背ける程であった。
それだけではない。
胸元と臀部が大きく盛り上がりながら、逆に腰は手折れそうな程にか細い、瓢箪のような奇天烈な体型。
更には、人工物を思わせる白磁の皮膚に、死肉を思わせるうっすらと桃色の頬。
そして、なにより。
毒キノコを彷彿とさせる、まさに呪われたとしか思えない、気味の悪い、赤い、赤い、ふっくらした、艶やかな唇!
「ゆ、勇者様!
こ、こんな私をどうか見ないでください!」
辛うじてその声から、この化け物が姫様であると理解した勇者は、ゆっくりとその足を進める。
そして。
「言ったでしょう。
貴女への愛は、これしきの事で揺らぐものではありません。
姫様は、姫様の心は!
例え見た目が変わろうとも、どこまでも美しいのですから!」
見ただけで吐き気を催すようなその怪物に向かって。
勇者は口づけを交わしたのだった。
すると、どうだろう!
頭から生えた気味の悪い亜麻色の髪が、するりと剥がれ落ち。
太陽の恵みを受けた大地のような、美しくヒビ割れた地肌が現れたのだ!
白磁の様な皮膚や、死肉の様な頬は、夜の森と見紛う深緑の肌に。
呪われた艶やかな唇は、万年を生きる大木の幹の様な可憐で皺だらけの茶色い唇へと変化したのであった!
「ゆ、勇者様!
わ、私、元通りの姿に……!」
感激する姫様に。
「ええ、姫様。
いつもと変わらず、お美しい」
勇者は静かに。
当たり前のように、笑みを湛えて、言葉を告げるのであった。
……二人の唇が、飽き足りずに、お互いを求め始めたのだが、その先は。
空に浮かぶ中秋の名月のみが。
……知っていれば、良いことであろう。
~Happy Goblin~
石川様「い、いらない……」