一話
空に向かい、大きく口を開けた穴。
その中に俺はいた。
大きな穴からは月明かりが注ぎ、円形にくりぬかれたかのような地面に小石が敷き詰めらている。
そして後ろから流れる川のせせらぎがより一層、自分がいる場所の神秘性を際立たせている。
上にある大きく開いた穴を見つめ、これはのぼれそうもないなとぽつりとこぼす。
目の前にはひし形の大きな石碑。
どうやってこの不安定な形で、微動だにせず静かに立っているのかわからないけど、上から降り注ぐ月明りは、まるでこの石碑を照らすためのライトにも思える。
俺がどうしてここにいるのか?
まずはそこから話そうと思う。
「・・・となり、天地戦争は終結を迎え、再びこの世に平和が訪れました。」
大きくあくびをして、机にひじをついて窓から見える校庭と、それをなんとなしに見る。
今日の飯、何にしようか。
「さて、この天地戦争により得た教訓をもとに、私たちの国は、とある団体の前において、不可侵条約を結ぶことになりました。この教会のことをなんというか?では・・・カイン、答えてもらえる?」
昨日の残りのシチューにするか。
でも、飽きたなぁ。いっそそれをグラタンにするのもありかもな。
あ、うちオーブン無い。無理だ却下。
「カイン?」
うーん、チーズ刻んでかけるのもありかな?
「・・・カイン」
いや、かけたところで大して変わらんか。だったらなにかもう一品つけるか?
「・・・。」
スープにするか。たしか大根とニンジンが残ってたし。
とか考えていたら、頭に衝撃が走る。
「痛っ!なにすんだよ、こっちは夕飯何にするか真剣に」
「今は授業中です。そんなにご飯が大事なら今すぐ出て行ってもかまいませんが?」
驚いて立ち上がり、振り向きながら大声で文句を垂れる俺の前に、俺の頭をどついたであろう教科書を持ったきつそうな美人が立っていた。
「ア、アリア・・・先生。」
自分の頬が痙攣するのが分かった。
やばい、怒られる。
黙っていると美人さが際立つけれども、今は怒気に包まれていて、鬼にしか見えません。
「今から自分の家に帰って、明日から学校に来ず毎日夕飯の心配をするか、私の授業をまじめに受けるか。どっちがいいですか?」
先生は無表情に言う。
「授業が・・・大事です。」
「では、先ほどの私の質問に答えてもらえますか?」
「へ?」
「私は同じことを二度言うのは嫌いです。」
「あ、と、えーっと・・・」
「・・・」
「・・・聞いてませんでした。」
無表情の中にも『お前ふざけんなよ』という圧力を感じる。
「・・・では、もう一度聞きます。次答えられることができなければ、わかりますね?」
「は、はい。」
「天地戦争をきっかけに、世界中の国々は不可侵条約を結びました。この不可侵条約はどこの元で結ばれましたか?」
「か、神の御子の教会、です。」
「その通りです。神の御子の教会、一般的には短く『教会』と呼ばれていますが、なぜ教会が神の御子と呼ばれているかはもちろんわかりますね?」
「・・・わ、わか」
「はい!先生!」
俺が言い終わる前に、隣の席の三つ編みの女子が手を挙げる。
「・・・どうしましたか、スレンジャー?」
スレンジャーと呼ばれた女子は、すっと立ち上がり、笑顔ではきはきと答えた。
「教会が神の御子と呼ばれるのは、五大天使より武具を授けられた人たちが教会を立ち上げたため、神の御子教会と呼ばれるようになったからです!」
「スレンジャー、今あなたに言ったわけじゃ」
「合ってますよね?違いますか先生」
「いえ、その通りなのですが」
「じゃあ、授業を進めてください!」
捲し立てるように言うスレンジャーに、渋々ながらもアリア先生は教壇へと戻った。
あれ?いま俺助けられた?
座ってちらっとスレンジャー見ると、いたずらっぽく舌を出して笑っている。
どうやらそのようだった。
こいつには小さいころから助けられてばかりだ。
それがどれほど俺をみじめに思わせるかもしらずに。
俺は、生まれる前に教会の兵士だった父親を、そして7つのときに母親を亡くしている。
二人とも魔物によって殺されたらしい。というのも、父親のことは母親から聞いて、母親に至っては二人で山に山菜を取りに行った際にはぐれてしまい、捜索隊がその無残な死体から魔物の仕業だろうと言っていたから、本当のところは知らない。
というかこういう話は、ポピュラーなものだし、同級生にも何人か同じように親を魔物に殺されているから、俺もなんとなくそうなのかなと思っている。―両親二人とも殺されたというやつは俺だけだったが。
そうして、めでたく一人になった俺の世話を引き受けてくれたのが、隣人のフライト一家だ。そこの一人娘がこいつスレンジャーだ。
昔天空人とやらが、魔物を地上に送り出された。
魔物はそれから爆発的に増加した。天空人が創造し続けたのか、繁殖しているのかはわからないが、天空人がいなくなってからも変わらず魔物がいるということは、後者なのだろう。
魔物も種類が豊富だ。
スライム族と呼ばれる半透明で液体なのに、体形を維持している不思議なモンスターだが、害がないもの。
大きな棍棒を振り回し、強靭で巨躯の知能は低いが好戦的なオーク族。
数こそ少ないものの高い知性を持ち、人間と変わらない見た目のため、人間と交友的な関係を築いているエルフ族。
さらには神話に出てくるような、羽の生えた馬・天馬族など、あげたらきりがない。
そして種族の中にさらに細かく分かれるそうだ。正直見分けがつかないから、よくわからないのだけれど。
ふぅとため息をつき、外を見る。
ゆっくりと流れる気ままな雲を見ながら、たまにこう考える。
俺はこれから何になればいいのだろう。
ほかの同級生は、何になるのだろうか。
家族ってそういう話をするのかな。将来の夢とか。
小さいころは、ただ毎日、何も考えずお母さんと過ごしていた。
当時、将来の夢をお母さんに言った気がするけど、なにかの力でそんな思い出は記憶の底に深く沈んでいく。
俺は何になればいいのだろう。何になりたいのだろうか。
わからない。
放課後、向こうに見える山に太陽が半分埋もれいている。
今日も一日終わるなぁと教室を後にし、校庭を校門に向かってあるいていると、後ろから声をかけられる。
「どこいくの?」
振り向くとスレンジャーがいた。
ふいと顔を背ける俺。昼間のことを思い出す。
「帰るところだよ」
「ご飯は?」
「自分で作れる」
「そうじゃなくて!うちで食べない?今日ハニーチキン作るってお母さんが言ってたんだけど」
「・・・。」
「好物だったよね?ハニーチキン」
「今日はそっちで食うよ・・・」
そういうとにこっと笑うスレンジャー。
こいつのこういうところが嫌いだ。
まるで見透かされているというか、手のひらで踊らされている気がするというか。
「なにむくれてんのよ」
「あ、別に・・・」
どうやら顔に出てたみたいだ。が、別に興味がないみたいだ。
「ふーん。あ、そうだちょっと二人でお使いに行かない?」
お使い?こんな時間に?
「こんな時間にどこにだよ」
「ハニーチキン用のはちみつ取りに山へ」
「え?はちみつないの?」
「うん、急にお母さんが朝言い出したから、はちみつだけないんだよ」
おばさん、相変わらず計画性のないようだ。
苦笑いする俺にスレンジャーは、とんでもないことを言った。
「スタービーのはちみつが取れる時期みたいだから、それ取ろう」
「しょ、正気か?」
「うん、別にスタービーの巣からはちみつ取るだけだし、スタービーとは戦わないよ」
スタービーとは、昆虫族の魔物だ。
大きさが三十センチほどの大きな蜂で、その名のとおり、夜に活動するため巣を離れる。
スタービーの巣は、樹木に穴をあけ、そこに蜜をため込んでいる。
この蜜は、スタービーのみが採取できる植物族の魔物の蜜だ。どうやって採取しているかはわからないけど。
たかが蜂と思われるのかもしれないが、大きさが普通のミツバチなら俺だってここまでビビらない。
大きさ30センチだぞ?もちろん大きさだけじゃない。一突きで人間の心臓を貫く鋭い針とその機動力だ。
訓練された兵士ならともかく、ふつうの人間には無理だ。
戦わないとはいえ、怖いものは怖い。
「どうしたの?」
スレンジャーは、悩む俺の顔を覗き込む。
「・・・」
黙っているとスレンジャーは、突然噴き出して笑った。
「ぷっ・・!まさか、怖いの!?」
馬鹿にされたようで思わず、大声を上げる。
「ばっ、馬鹿じゃねえの!?こ、怖くねぇし」
思春期の悲しい性。女の子の前では強がってしまうのだ。
「そぉう?じゃ、行こうよ」
「お、おう!いいぜ!」
内心大後悔中。
そして、まさかあんなことになるとは。