黒ネコ 2
「わっ、わ、わわわ・・・」
襲われる、切り裂かれる、殺される。
ぼくは頭を抱えて、しゃがみ込んだ。
一秒、二秒、三秒・・・。時間が流れた。
どうしたんだ、襲って来ない。
ぼくは恐る恐る、顔を上げた。
月を背にネコはぼくを見下ろしていた。
ネコはぼくと目が合うと、にゃっと笑って、
「おもしろいな~」
と言った。怒っている感じではなかった。
「こ、殺さないの?」
ぼくがおずおずと聞くと、
「そんなことするかっ!」
そう言って、ケタケタと笑った。
「でも・・・」
ぼくが言いかけると、
「何だ、殺されたかったのか?」
ネコが真面目にいったので、
「そ、そんなことないです・・」
ぼくはちょっと怖くなって、丁寧な言葉使いで言った。
「ははは、だろうな!」
ネコがまた笑ったので、ぼくはほっとした。おもしろがっていただけなのか。
話しができそうに思えた。ネコにいろいろ聞いてみたいと思った。どこから来たのか、とか、あそこで何をしているのか、とか。他にも色々と。
でも、何か話しかけて、ネコの機嫌を損ねでもしたら、どうなる。部屋の中には子供たちもいるし、変なことになったら大変だ。そんなことを考えていると、
「じゃあな」
とネコが突然にいった。
ぼくは、
「へっ」
と声を出した。
まさか、もう、行ってしまうのか。話しもしないで。
ネコは大きくジャンプすると、コウモリに姿を変えて飛んで行ってしまった。あまりにもあっけなく、あっさりと。
一体あのネコは、何をしに来たんだ。だだ、ぼくをからかいに来ただけなのか。
見るなと忠告に来たんじゃなかったのか。
ぼくは何だか気が抜けた。
もう、コウモリは、悪魔の隣でネコに姿を変えて、座っている。そして、また悪魔に何かを話している。
きっと、ぼくのことを報告しているんだ。二人してぼくのことをばかにしているんだ。そんな風に思えた。
少しして、悪魔とネコが揃って後ろを振り向いた。
ぼくは慌てて柵の後ろに隠れた。
そっと、目だけ出して,覗いて見ると、悪魔とネコはまだこちらを見ていて、悪魔は笑っていた。
悪魔が笑うなんて・・・。
ぼくが驚いたのは、その笑顔が不気味だったり、いやらしく感じなかったことだ。
むしろ、優しく純真そうに見えた。
ぼくは慌ててまた、柵の後ろに隠れた。
ドキドキしていた。あれは本当に悪魔なのだろうか。
次に柵から覗いた時は、悪魔とネコは真っ直ぐ前をむいていた。
風が吹いていて、悪魔の少し長い髪が揺れていた。
ネコとのさっきのやり取りが夢のように思えてくる。
ぼくは部屋に戻って、布団の中に入って考えた。
あのネコが、ぼくに何も忠告しなかったのは、非力なぼくが悪魔の存在に気付いたところで、悪魔にとっては大したことではないからだ。ネコがあの時、ぼくを殺さなかったのは、悪魔がその気になればいつでも、いちころにできるからだ。
ぼくはなんだかイライラしてきて、布団を跳ね除け、またベランダに出た。
悪魔とネコは、さっきと同じ体勢で前を向いていた。
月は青く輝いて、風は吹いていなかった。
悪魔が近くにいるというのに、なんだろう、この穏やかな感じは。さっきの悪魔の笑顔を思い出す。
あの悪魔とネコは、いつでもいじけているぼくなんかより、よっぽど寛大なのかもしれない。急にそんな気がした。
ぼくはため息をついて、また部屋に戻った。今夜は眠れそうになかった。