休日の朝
暑くて目が覚めた。
時計を見ると、午前十一時だった。カーテンの隙間から日が射している。
ダイニングからは子供たちの笑い声と、食器がカチャ、カチャ触れ合う音がしている。隣の布団は使った形跡はあるが、空っぽだ。
ぼくはうわっと言って、飛び起きた。
寝坊した! どうしよう、子供たち、完全に遅刻だ。一瞬ぼくは固まった。
はっ、しかし、待てよ。今日は日曜日で学校は休みだ。
ぼくはほっとして布団の上にパタンと倒れた。
そうだった。妻も今日は仕事は休みで、珍しく誰の予定も入ってなくて、今日は一日、時間に追われない自由で貴重な一日だったのだ。
「お父さん、今、うわって言ったね」
ダイスケが笑いながら部屋に入ってきて、ぼくのお腹にダイブした。
「ヴエッ!」
ぼくはわざと大きな声を出して、ダイスケを抱きしめる。
小さくて、柔らかくて、かわいい。
こいつのことをこんな風に思えるのは、後何年だろう。三年か四年か?
「お父さん、また寝ぼけて、今日が休みだってこと忘れて、飛び起きたのよ」
妻とワカナが、あははと笑っている。
「お父さん、苦しい」
ダイスケがぼくの腕を振りほどこうと、もがいている。
ぼくが腕の力を緩めると、ダイスケはもがくのをやめた。
隣の部屋から、ジューッと音がした。妻がぼくのオムレツを焼いているのだ。ぼくの大好きなフワフワのオムレツ。
妻は料理が上手い。ぼくなんかよりも。家にある残り物の材料で、手早く、おいしい料理を作る。いろんなアイデアを持っていて、かなわないなあといつも思う。
でも、ぼくだって料理が苦手というわけじゃない。一人暮らしをしていた時から料理はしていたし、作るのはどっちかというと、好きな方だ。
カレーライスのルウも出来ているものではなく、スパイスを一からをブレンドして作るし、スパゲティだって、ちゃんとアルデンテに茹でる。
つい、凝り過ぎて本格的に作ったものが、子供たちの口に合わない料理になっているということが、最近わかったけれど。
妻はいつも、ぼくの料理をおいしいとほめてくれるけど、ほんとうかなあ。
ダイスケは、ぼくの心臓の音を聞いているみたいに、片耳をぼくの胸につけて、まだお腹の上でじっとしている。
「重いよ」
ぼくが体を揺らすと
「へへへっ」
と、ダイスケは笑って、ぼくのお腹をぐいっと押して、立ち上がった。
「グエッ!」
ぼくはまた大げさに言った。
「おはよう。パン、すぐに焼けるから」
キッチンに行くと妻がにこやかに言った。
「おはよう。昨日、帰って来たの知らなかったよ。よく眠っていたんだな」
ぼくが言うと、妻は少し首をかしげて、いいの、いいのと笑って言った。
「はい、コーヒー」
グラスになみなみと注がれたアイスコーヒーを、ワカナがコースタの上にそっと置く。
最近のワカナは、何かとぼくの世話を焼いてくれる。それがすごくうれしい。
「ありがとう」
ぼくは言って、新聞を広げ、パンが焼けるのを待つ。
家族が揃っている、のんびりとした朝(もう、昼に近いけど)。子供たちが冗談を言い合っている横で、妻がそれを見て笑っている。こういうのっていいなって思う。
ぼくはコーヒーを一口飲んだ。
昨夜のことが思い出される。
子供の姿をした悪魔。ベランダの手すりに座った、孤独そうな後ろ姿。
あの悪魔にも、親や兄弟がいるのだろうか。楽しいことや、幸せに思うことがあるのだろうか。
頭の中で、そんなことを考えていた。
「お父さんてばっ!」
ワカナが大きな声で言った。
「えっ?」
ぼくが顔を上げると、
「マーマレードか、ブルーベリーのどっちにするって、さっきから訊いているのに」
ワカナが、妻が時々するみたいに眉間に皺を寄せて、口をとがらせている。
「あっ、ああ、ブ、ブルーベリー」
ぼくは新聞をたたみ、背筋を伸ばして言った。
前に置かれた、オムレツから湯気が上がり、おいしそうな匂いが部屋に広がった。
「はい」
ワカナがブルーベリージャムを塗ったトーストを渡してくれる。
「うまいなあ 」
トーストをかじり、オムレツを口に入れてぼくは言った。
妻とワカナがまた、クスクスと笑う。
悪魔は何を食べるのだろうか。好きな食べ物とかはあるのだろうか。
ぼくはまた、そんなことを考えていた。
テレビを見て笑うダイスケの声が、部屋のなかに響いている。