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第二怪 その2

 ハイツまねくね二百一号室、百怪対策室。いつものセンスを疑う表札のある扉の前に僕と笠酒寄は来ていてた。あれから怪現象には遭遇しなかったのだが、ここに来るまでに笠酒寄に聞いた話によるとこれまでに少なくとも複数人が先ほどのような現象に遭遇しているらしかった。


 僕たちだけではなく、一般人にも広がっているとなると早急に対処したほうがいいだろう。室長は報酬のない仕事なんてしたくない、などとほざくかもしれないがその時にはどうにか説得しよう。


 早速、いつものようにインターホンを押す。


 キン、コーン。といういつもの音。


 数秒してからノイズ交じりの室長の声が聞こえてきた。


 「だれだ?」

 「僕です」

 「ボクデス? そんな名前の知り合いはいないな。嘘つきはそのまま朽ち果てる運命だ」

 「一応は室長の助手ということになっている空木コダマ十六歳ですよ」

 「ふーん、コダマ、ねえ。本当にコダマだとしたらこれから出す問題に答えられるはずだ。いいか? 私が楽しみにしていた伊瀬堂(いせどう)のシュークリームがなくなっていた。犯人は一体誰だ?」


 なぜか笠酒寄の視線が刺さる。


 もしかして僕を疑っているのか? というか室長の話を真面目に聞かないでほしい。特にこういう時には。


 はあ、とため息を一つ。


 「昨日発売だった漫画を読みながら五個ぐらいは食べてましたよね? あれが全部なんじゃないですか?」

 「ふむ。どうも本物らしいな。どうせ笠酒寄クンも一緒なんだろう。入れ」


 ぷつりと音声は切れる。


 いつものように鍵は開いているらしい。不用心過ぎないだろうか、と普通なら心配するところだろうが、ドアはインターホンを押さないと開かない術式を組んであるらしいので心配無用らしい。そんなことするよりも鍵をかけてくれと言いたい。


 「ほら行くぞ笠酒寄。あと僕を疑ったことは後で謝れよ」

 「ごめんね、空木君。でも女子の甘いものは宝物なんだよ」


 うっさい。


 いつもの外観からは想像できないぐらいに広い玄関を通り一番手前の右側の扉、すなわち百怪対策室応接空間に向かう。


 扉の前に来てからノック。ノックをしたら入っていいことになっているのでためらわずに入る。


 応接室には室長ともう一人の人間がいた。


 長身でがっちりした体系の中年の男性。スーツを着てはいるが、その双眸は鋭い。


 「あ、こんにちは鍵成(かぎなり)警部」

 「やあ空木君こんにちは」


 鍵成晋也(しんや)警部。この町の地域課の警部である。奇妙な事件に関して室長に協力を仰ぐのは彼の役目であるらしく、以前にも一度だけ会ったことがある。その事件自体は凄まじいものだったが、今回もその手の類の事件だろうか? だとしたら僕たちの遭遇した怪現象なんかよりもそっちのほうが優先順位は上かもしれない。


 「なんだ? 鍵成警部の顔にビビるのは初回だけにしろ。彼も外見によらずナイーブなところがあるんだから少しは労わってやれ。婦警に散々怖がられて本人も気にしているんだからな」

 「ははは、最近は大分新入りも慣れてきてくれましたよ」


 朗らかに笑いながら鍵成警部は気を悪くした様子も見せない。


 室長の容赦ない毒舌に対してさらりと返せる貴重な人物である。僕ではこうはいかない。


 「で、笠酒寄クンが一緒なのはいつものこととしてもだ。なにか慌てている様子じゃないかコダマ。どうした? 妹がついに禁断の愛にでも目覚めたのか?」

 「違いますよ。室長に相談したことがあったんですけど……」


 ちらりと鍵成警部のほうを見る。


 「どうも先に警部のほうがいらっしゃっているみたいですし、そっちを優先してください。急ぎの案件なんでしょう?」


 ふむ、と室長は何かを思案したようだったがすぐになにかを思いついたらしく、


 「いいから相談事とやらを言ってみろ。もしかしたら同じことかもしれないしな」


 なんてことを言ってきた。


 「どういうことですか?」

 「いいから早くしろ。さもないとキミの面白エピソードを勝手に披露するぞ」


 心の底からやめてほしい。


 こんなところで僕の過去を掘り下げてほしくないので僕は笠酒寄と一緒に遭遇したさっきの怪現象について室長に説明する。


 説明が終わったとたんに鍵成警部が口を開いた。


 「やはり、空木君たちも聞いたのですね」


 『も』とはどういうことだろうか?


 「ふん、コダマだけならともかくとして、笠酒寄クンも一緒だったなら幻聴という線は考えにくいな。しかも他の住民も体験しているとなるとな」


 面倒くさそうに室長は呟く。


 「え? どういうことですか。あれを聞いたのは僕たちだけじゃないってことですか?」


 そうなんです、と鍵成警部が応える。


 「ここ一週間ほどで三十件近くの同じ報告が上がっているのです。地域住民だけではなくパトロール中の警官も聞いていますから確実です」


 年下の僕にでも丁寧な物言いの警部。こういう大人になりたいと思う。間違ってもなにかと毒舌を食らわせてにやにや笑っている大人には絶対になりたくない。


 「そういうことだ。ま、私の予想通りにコダマも笠酒寄クンも怪現象に遭遇したというわけだな。まったく、『怪』に遭遇するまで気づかなかっただなんて、笠酒寄クンはともかく、コダマのほうは私の助手の自覚があるのか? ん?」


 隙あらば僕をいじりにくる室長であった。


 「そんなこといっても『怪』は見つけないと報告しようがないじゃないですか。でたらめを報告したらどうなりますか?」

 「そりゃあもちろん新しく手に入れたマジックアイテムの実験台だな」

 「絶っっっ対に拒否します」

 「けちんぼめ」

 「自分で試してください」


 まったく、室長と話していると疲れる。とっとと本題に入ってほしい。


 「それで、僕たち以外にもあの音を聞いた人達はいるんですよね? どこなんですか?」

 「そうだな、これをみろ」


 そう言って室長はソファの前の机に広げてあった地図を示す。


 僕と笠酒寄はソファに座ってそれを眺める。僕が警部のとなり、笠酒寄が室長のとなりだ。


 地図には町の全体図が描いてあった。その上にいくつもの×印が書いてある。


 「この×印が樹の倒れる音を聞いたという報告があった場所です。正確な場所とはいきませんが、ある程度の信頼性はあります」


 鍵成警部が指さしながら説明してくれる。


 ×印はかなりの数が存在していた。


 場所もランダムにしか見えない。


 これじゃあ手がかりがないようなものだ。唯一わかるの『怪』に遭遇している人間が一人ではないということぐらいか。


 「どうしようもないですね。これは」


 思わずあきらめの声が漏れる。


 それに反応して室長が盛大にため息を吐く。


 「おいおいコダマ。こんなに明らかなのにわからないだなんて本当にキミは愚かだな。本分の学業のほうも心配になってくるな」


 やれやれとばかりに室長は肩をすくめる。


 正直イラっと来る。


 「じゃあ室長にはもう何かわかっているっていうんですか?」

 「当然だ」

 「それならぜひお聞かせいただきたいですね。室長の名推理を」

 「推理なんてものじゃない。当然の帰結だ。しかし、ナメクジ並みの思考速度のコダマにもわかるようにしてやる」


 室長はポケットからマジックペンを一本取り出す。


 いつも思うがこのポケットはどれだけの物が入っているのだろうか? そのうちにタンスとか取り出しても驚かない自信がある。


 「こうすればわかるだろう?」


 きゅい、と室長は地図に線を引く。というか形容しがたい図形を描く。


 「……なんですか、これ」


 「円だ」

 「「「円!?」」」


僕と鍵成警部と笠酒寄の驚きの声が重なった。


当然だろう。室長の描いた図形は明らかに円ではない。


 ところどころ歪んでいるし、かくかくと折れ曲がっている箇所もある。あまつさえ途中でⅤの字を描いている部分まである。これを円と言い張るには猫をヤンバルクイナと言い張るぐらいの暴挙だと思う。


 だが、鍵成警部は室長の描いた謎の図形からなにかしらの意味を読み取ろうとしている。


 必死の形相がはっきり言って怖い。


 笠酒寄の方はどうもひいているらしかった。


 ここまで下手なのは一種の才能なのかもしれない。


 ……こんな一面は見たくなかった。


 僕もこのおぞましい図形を観察してみるが、どうにも悪魔召喚の魔法陣か拷問用の記号にしか見えない。というかこれから何かを読み取れるやつは病院に行った方がいいだろう。迅速に。


 「……室長、悪いんですけど、これは精神的ダメージのほうが大きくて直視できません。というかこれに関してなにかを考えることを脳が拒否しています」


 数秒間、室長は何かを考えていたようだったが、やがてやや機嫌の悪くなった声音で言った。


 「もういい。『怪』はその円の中でしか起こっていない」


 いまだにこの名状しがたい図形のことを円だと言い張っている室長に若干の恐怖を覚えながらも僕は×印全体を見てみる。


 ……確かにすべての×印はこの前衛的すぎる図形の中にあった。


 「発生場所が限られている、ということですか?」

 「そうだ、つまりは場所が重要なんだ。そして範囲が絞られているということはその中に発生源がある、ということだ」


 『怪』の発生源、つまりは元凶。どこだろう。


 囲まれている中にあるのは住宅地、学校、神社、病院、市役所、川、公園、限りがない。


 しらみつぶしに探していくというのは無理がある。どうすればいいのだろう。


 「それだけでは範囲は絞れても特定には至りませんね。ラングナーさん、もう見当はついていらっしゃるのですか?」


 渋面を作りながら地図を見つつ鍵成警部が発言する。


 「ついてる。考えてみろ。聞こえるという音をな。そうしたらここしかないだろう」


 室長は地図の一点を指さした。


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