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空木コダマの奇妙録 ~百怪対策室におまかせを~  作者: 中邑わくぞ
第十二怪 ヴィクトリア・L・ラングナー
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第十二回 その5

 八久郎の姿を認めて、コダマは少しばかり安堵していた。


 てっきり、阿次川の仲間か何かがやってきたのかと思ってしまったのだが、知り合いだったということで緊張がゆるんでしまったのもあるだろう。


 笠酒寄も同じだった。


 しかし、ヴィクトリアだけは警戒を強めていた。


 「何の用だ、八久郎。私はお前を呼んでいないぞ」


 「ご挨拶ね、ヴィッキー。アタシはアンタに呼ばれないとここに来ちゃいけないのかしら?」


 「その通りだ。これは私が、統魔に、直々(じきじき)に受けた依頼だからな」


 「冷たいわねぇ。でもね、アタシも統魔直々のご命令なのよ。……だから回収した物品はここで渡してもらうわ」


 二人の間の空気が張り詰めていく。


 コダマも笠酒寄もその空気に呑まれてしまって、一言も発することが出来ない。


 ただ、黙って二人の魔術師のやりとりを聞いていることしか出来なかった。


 「統魔直々に、だと? だったら証明できるのか? 最悪、お前は何者かが八久郎に化けているだけなのかもしれないからな」


 あくまでヴィクトリアは厳しい目つきのままで八久郎から視線を外さない。


 「……疑り深いのね。はい、証明よ。アンタはこれでわかるでしょ?」


 ヴィクトリアの方に八久郎は何かを放り投げる。 


 それは大きく傷が入れられた白い林檎が描かれたペンダントだった。


 統魔においては、その紋章は最優先命令を受けていることを示していた。


 同時に、表立って実行できない命令であることも。


 「なるほど。本当に統魔の命令を受けてやってきた八久郎のようだな。それで、『対魔術師戦専門部隊』隊長のお前がなぜここにやって来た?」


 初めて聞く八久郎の肩書きにコダマと笠酒寄は驚愕する。


 ただのオカマではないとは思っていたが、そんな仰々(ぎょうぎょう)しい肩書きを持っているとは全く予想していなかったのだ。


 二人にはかまわずに、ヴィクトリアと八久郎はあくまで静かに、しかし、一触即発の雰囲気のままで会話を続ける。


 「さっきも言ったでしょ? ヴィッキーがここで回押収したモノと、合成獣の製造犯、両方を回収しに来たのよ」


 あくまで平穏な言い方で八久郎は告げる。


 しかし、その目は強い覚悟を秘めていた。


 「……お前に回収してもらわなくとも、私が直々に統魔に持って行ってやる」


 「ダメよ。場所はここ。回収するのはアタシ。従わない場合にはアンタを拘束指定に認定、その後に拘束して無力化するようにも命令されているわ」


統魔においての拘束指定とは、言い換えれば終身刑である。


拘束指定になった魔術師が捕らえられた場合には、専門の施設に収容され、そのまま活動できないように封印されてしまうか、精神を破壊されるかの二択である。


 生きてはいるが、活動はできない状態にされてしまうのが拘束指定である。


 「室長! とっとと渡してください! 室長が拘束指定なんかになる理由はないですよ!」


 拘束指定という言葉を聞いて、コダマが思わず叫ぶ。


 夏休みに戦うことになった狂気に呑まれた人間のことを思い出していた。


 だが、ヴィクトリアは動かない。


 黙って、一歩も動かない。


 「……これが最後通牒よ。回収したモノと合成獣の製造犯、両方をアタシに渡してちょうだい。それでアタシは統魔に戻って、報告して終わり。アンタにはちゃんと報酬は満額支払われるし、何かケチをつけられる心配も無い。アタシが保証する」


 ほんの少しだけ、期待を込めるように八久郎は告げる。


 ヴィクトリアは沈黙したまま答えない。


 そんなヴィクトリアを見て、八久郎はぽつり、と語る。


 「ヴィッキー。アンタがどうしたいのかは多少なりともわかるつもりよ。でもね、アンタには守るべきコたちがいるんでしょ? 過去だけじゃなくて、現在を見なさいな」


 糾弾(きゅうだん)すると言うよりも、それは(さと)すような口調だった。


 「コダマちゃんや笠酒寄ちゃんを放っておくの? そんなのは無責任じゃない。アンタは置き去りにされ

る辛さを十分知ってるはずでしょ? なら、答えは決まっているじゃない」


 八久郎の説得に、ヴィクトリアはコダマと笠酒寄の方を見る。


 その瞳はなにかを逡巡(しゅんじゅん)するように揺れていた。


 しかし、その内にその揺れも収まる。


 「……ダメだ。犯人は渡せても、この本は渡せない」


 「室長!?」


 ヴィクトリアの選択にコダマが悲痛な声を上げる。


 それはヴィクトリアが拘束指定になることを選んだということだった。


 ヴィクトリアの答えを聞いて、八久郎の声に怒気が混じる。


 「……ヴィッキー。アンタ何言ってるのかわかってるの? コダマちゃんや笠酒寄ちゃんをないがしろにしてまで死んだ人間に(すが)るつもりなの?」


 「お前に何がわかる! 百年以上経っても、私はあいつを忘れられないんだ! いや、忘れることなど出来るものか!」


 絶叫。


 コダマが初めて見るヴィクトリアの姿だった。


 まるで泣き出す寸前の少女のような姿。


 決して、ヴィクトリアがコダマにも笠酒寄にも見せなかった姿だった。


 八久郎はただ、悲しそうにそれを見ていた。


 「……わかったわ。久道院八久郎の権限において、現時刻をもってヴィクトリア・L・ラングナーを拘束指定に認定。拘束を開始」


 「やってみろ。できるものならな」


 八久郎の宣告とも取れる言葉に、ヴィクトリアが返し、魔術師同士の戦闘が始まった。


 「氷槍千現(ひょうそうせんげん)!」


 八久郎の言葉に従うかのように無数の氷の槍が出現する。


 『(ひょう)(らん)の八久郎』。


 久道院八久郎の異名である。氷の魔術を得意とし、数々の拘束指定、殲滅指定の魔術師に勝利してきた八久郎は、ある意味では日本支部が動かせる最強の魔術師である。


 八久郎の指揮によって、ヴィクトリアめがけて氷の槍が殺到する。


 「間欠泉(ゲイザー)!」


 ヴィクトリアの言葉によって、地面から勢いよく熱湯が噴き出す。


 氷の槍は熱湯によって、その穂先から溶けていく。


 溶けることなく残った槍も、槍が溶けて変化した水が付着し、冷やされて凍り付き、穂先を(にぶ)らせる。


 無数とも思えた氷槍同士がくっつき、氷の壁を作る。


 殺到する氷槍は壁に刺さっては砕けるか、壁になるということを繰り返す。


 すぐに八久郎が魔術で作り出した氷槍は尽きた。


 そびえたつ氷の壁をヴィクトリアは駆け上がる。


 頂点に達すると、すぐに八久郎の姿を確認する。


 直線距離にして二十メートル。


 ヴィクトリアが氷槍を防いでいる間に八久郎は距離を取ったようだった。


 しかし、ヴィクトリアにとって、二十メートルの距離を詰めることは一瞬である。


 「氷蛇招来(ひょうじゃしょうらい)!」


 八久郎の後ろに巨大な氷の蛇が出現する。


 ヴィクトリアを一呑みに出来そうなその蛇は、爆発的な跳躍力を見せて、ヴィクトリアに襲いかかった。


 (ちっ、デカいな)


 純粋な魔術の腕前で比較した場合、八久郎はヴィクトリアよりも圧倒的に上手(うわて)である。


 特に攻撃魔術において、八久郎を(しの)ぐ魔術師はそうはいない。


 世界中を探しても片手の指で足りるだろう。


 勝っているのは身体能力とこれまで数々の敵から『奪って』きたもの。


 そうヴィクトリアは確信していた。


 氷の蛇の突撃を跳んで(かわ)す。


 「ジュア・ブローダ!」


 意味の無いように聞こえる言葉は、とある魔術師が独自に開発した魔術方式である。


 空気そのものを固めて、それなりの耐久度をもった状態にしてしまうこの魔術は開発した魔術師しか使えなかった。


 固めた空気を蹴り、その反動でヴィクトリアは急降下する。


 同時に変形能力と硬質化能力を併用し、右腕を三メートルほどの刃にする。


 急降下の途中には巨大な氷の蛇がいた。


 一閃。


 ヴィクトリアの右腕によって、氷の蛇は胴体を両断される。


 魔術によって創造された氷の蛇は、その魔術が乱れてしまうと存在を維持できない。


 ヴィクトリアの一撃によって、その魔術の構成が断たれてしまった氷の蛇は瞬時に水に還る。


 その水が落下するよりも早くヴィクトリアは着地する。


 右腕も元の状態に戻している。


 八久郎はすでに次の魔術の準備に入っていた。


 「……流るるもの、()(みにく)し。流るるもの、其は不全(ふぜん)なり……」


 基本的には魔術師同士の戦闘において、詠唱が必要な魔術を用いることは少ない。


 詠唱が必要な魔術は強力な反面、多大な隙を晒してしまうからだ。


 逆に言えば、詠唱さえ終わってしまえば、そこで勝負が決してしまうことがほとんどである。


 八久郎が勝負を決めるつもりだとヴィクトリアは悟った。


 全力で距離を詰める。


 吸血種の身体能力は一瞬で八久郎に接近し、その首を落としているはず、だった。


 しかし、その突進が止まる。


 ヴィクトリアの右足が凍り付いていた。


 (設置型の拘束魔術! 始まる前に仕掛けていたか)


 瞬時に判断する。


 迷うことなくヴィクトリアは手刀と化した右腕で右足を切断する。


 派手に血が噴き出すが、関係ない。


 噴き出した血がすぐに右足を再構成する。


 再び、ヴィクトリアは駆ける。


 手刀の間合いに入った瞬間、ヴィクトリアは八久郎の喉を狙って手刀を突き出す。


 人間である八久郎は、この一撃で戦闘不能に陥るはずだった。


 ガキン!


 ヴィクトリアの必殺の手刀は八久郎を守るように出現した三日月に(はば)まれていた。


 (三日月護法陣! くそっ、まだ三人潜んでいる!)


 三日月護法陣は防御の魔術である。


 三人の術者が連携して布く。


 これを破るには強力な解除魔術か、術者の集中を途切れさせるしかない。


 「……変転するものよ、うつろうものよ、汝望みたりしは永遠なりや……」


 八久郎の詠唱は続いている。


 解除魔術を展開している時間は無いとヴィクトリアは判断する。


 「行け!」


 ヴィクトリアの白衣の裾から四条の光が飛び出す。


 それは本来対魔用に拵えられた刃であった。


 一本は八久郎に向かい、三日月護法陣に阻まれる。


 残りの三本はそれぞれ違う方向に飛んでいく。


 「がっ」


 「ぐ」


 「ぬうぅ」


 うめき声が三つ。


 おそらくは三日月護法陣を布いていた魔術師たちだろう。


 しかし、術者の集中が乱れた今、三日月護法陣は崩れた。


 再び張るには時間がかかる。


 ヴィクトリアが八久郎を戦闘不能にするのにかかる時間よりも、それは長い。


 「……静止せよ。全たる一に我が(かえ)す。我が身、我が魂と共に永劫の果てに封ぜよう……」


 八久郎の詠唱は終わろうとしていた。


 しかし、三日月護法陣が消えた今、八久郎を守るものは、ない。


 「許せとは言わない。これは私のわがままだ。だが、負けてもらうぞ八久郎」


 ヴィクトリアの手刀が八久郎の喉を切り裂く……はずだった。


 しかし、再びその手刀は現れた三日月に阻まれていた。


 「な……!」


 驚愕にヴィクトリアの目が見開かれる。


 「……死すら許さず、生さえ許さず。()ちることも許さず、果てることも許さず。ただ()れ。氷劫(ひょうごう)(えい)(しゅん)


 発動した八久郎の魔術がヴィクトリアを一瞬で氷塊に閉じ込めた。


 驚愕の表情のまま、ヴィクトリアは八久郎の魔術によって、静止した。


 「室長ォ――――――――!」


 コダマの叫びは(むな)しく響いただけだった。



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