第十二怪 その4
元は講堂だったであろう場所だが、今はもう三流ホラーの舞台のようになっていた。
所々にある大きな培養槽の中には多種多様の奇妙な生物やらその破片やらが浮かんでいた。
その上、至る所に血痕のようなものもあり、更には無数のケーブルが床を、壁を這い回っている。
ごうんごうん、という何かの駆動音のようなものも聞こえる。
「当たり(ビンゴ)、間違いない。ここが合成獣の製造施設だな」
タバコを取り出して、火を灯すと、室長は奥にずんずん進んでいく。
「室長、ちょっと待ってくださいよ。肝心の造っている奴はどこに居るんですか?」
「そんなは決まっている。一番奥で震えていることだろう」
振り向きもしないで室長は答える。
何かしらの確信があるのだろうか。
とりあえずついて行こう。
……笠酒寄、その辺のものに興味があるのはわかったから、いじるのはやめておけ。
室長の後を追おうとしたその時だった。
猛烈に嫌な予感を覚えて、瞬時に僕は横に跳んだ。
一瞬前まで僕がいた場所に電撃のようなものが殺到して、弾ける。
ぞっとする。あんなものを食らっていたらしばらくは動けなくなってしまうところだった。
慌てて笠酒寄を見ると、笠酒寄も後ろに飛び退いていた。
どうやら僕だけじゃなくて、笠酒寄も狙われたらしい。
「笠酒寄、大丈夫か?」
「うん、平気。飛んでくるのわかったし」
あっけらかんと笠酒寄は返事をする。
予感とかじゃなくて、察知していたらしい。
喧嘩したら僕は負けるだろうな、これは。
あとは心配するだけ無駄だろうが、室長か。
「室長、大丈夫でしたか?」
「ああ、この白衣を貫くだけの威力はなかったからな。問題ない」
「え、それ、そんなに防御力高いんですか?」
「防護の魔術を施してあるからな。伊達や酔狂でいつも着ているわけじゃないぞ」
少なくとも、白衣を選んだのは室長だと思う。センスは言い訳できない。
しかし、被害こそなかったものの、攻撃を受けたという事実は覆せない。
確実に、こっちを排除するつもりだ。
僕と笠酒寄は室長の傍まで走る。
あんまり身を寄せ合っても動きにくくなるだけなので、それなりには距離を保って、しかしながら、とっ
さにフォローできる距離をとる。
「どうしますか? 室長。どっから攻撃してきたのかとかはわかりませんけど、このまま膠着状態を続けるつもりはないんでしょう?」
「当然だ。というか現状、すでに膠着状態じゃないんだがな。笠酒寄クン、探してくれ。対象は人間だ」
「わかりましたー。じゃあ、静かにしててくださいね」
あ。
半径五百メートル圏内なら何が起こっているのかがわかってしまう人狼の聴覚。
この講堂ぐらいの範囲なら相当によく聞こえることだろう。
つまり……
「あっち! あのセンス悪い衝立の向こう側にいます!」
びしり、と勢いよく笠酒寄がセンスの悪い衝立(極彩色)を指さす。
「コダマ、やれ。あとは私がやる」
「はいはい」
呆れ半分、相手に同情半分だ。
能力を発動して、勢いよく衝立を奥に吹っ飛ばす。
真っすぐ吹っ飛んでいくはずの衝立は何かにぶつかって、進路を変更する。
問題はぶつかられた側だった。
どうも顔面からいってしまったらしい。
変な声を上げた後に、そのまま顔を押さえてうずくまってしまっている。
そんな隙だらけの状態に室長は疾風のように駆けよる。
右手を変形能力と硬質化で文字通りの手刀にして、首元に当てる。
「動くな。私はヴィクトリア・L・ラングナーだ。統魔にいたことがあるなら、『略奪者』の異名ぐらいは聞いたことがあるだろう? 命よりも大事なモノまで奪われたくなかったら大人しくしろ」
怖すぎる。
その上、脅し方が堂に入っている。
うずくまっていた人物は室長の脅しが効いたのか、ぴくりとも動かない。
「よし、いいだろう。そのままゆっくりと立ち上がれ。妙な真似をしたらこのまま首を掻っ切って、その上で死なない程度に治療してから運ぶ」
室長に言われるがままに、うずくまっていた人物はゆっくりと立ち上がる。
その際に両手を挙げるのではなく、手を組むようにして立ち上がったのは魔術師のしきたりかなにかだろうか?
立ち上がった人物は、やせぎすの男性だった。
年のころは四十ぐらいだろうか。
ローブのようなものを纏っていること以外は平凡な外見だった。
「コダマ、こいつの腕を折れ。足はやめておけ。引きずっていくことになる」
うわー。容赦ねえ。
逆らったら僕がひどい目に遇うのでここは従うが。
「や、やめてくれ! 痛いことはしなアアアアアアァァァ!」
なんか言いかけていたが、途中から僕が能力を使って腕を折ったのでわからない。
良心は痛まない。
見た目は平凡でも、こいつは何人も殺めた合成獣を作った人物なのだ。
わかりやすい悪人は助かる。
少なくとも、わかりにくい悪人よりも。
腕を折られて、身をよじっている痩せぎすの男の髪を下から引っ張るようにして、室長は動きを押さえ込む。
「質問に答えろ。最初はお前の名前、次はどうやってあの合成獣を造ったのか、だ」
見た目中学生女子に尋問される四十ぐらいのおっさん。
奇天烈な光景だ。
「ひ、ひぃぃぃぃ! わかった、わかりました! 答えます! だから殺さないで!」
「これ以上質問に答えないつもりなら、指先から刻んでいく」
「な、名前は阿次川雑路! 合成獣は奇妙な人物からもらった魔術書を参考にして造りましたぁ!」
本職さながらの脅しに屈したのか、男、いや阿次川は極めて簡潔に、そして怯えながら答えた。
すうぅ、と室長の目が細くなる。
「ほう、そのもらった本とやらはどこにある? 隠し立てするとためにならんぞ」
「ふ、服の中に入っています! だ、だから殺さないで!」
必死に阿次川は懇願するが、室長は全く聞いていない様子で、阿次川のローブの中をまさぐる。
そのうちに一冊のやけにごつい装丁の本を取り出した。
ついでに、阿次川の首筋に手刀を解除した右手で一撃を入れて気絶させる。
情けない声を上げて阿次川は気絶して、床にぶっ倒れる。
とりあえず、犯人は確保したので僕も笠酒寄も室長のほうに寄っていく。
あのとんでもない合成獣を造り出した本、とやらが気になってしまったのだ。
室長は本を閉じたまま、ためつすがめつ見ていた。
「室長、何か特別な本なんですか? 呪いがかかっているとか」
所持してしまったら合成獣を造り出したくなってしまう本、とかあっても不思議じゃない。
「いや、魔術を施されてはいないな。単なる教本に近い。ただ、統魔が出来る前の、な」
「へ?」
「コダマ、何を驚いているんだ? 統魔が設立される以前にも弟子に自分の魔術を伝えるために教本を製作していた魔術師はいる。ほとんどは統魔設立の際に統廃合されてしまって、残っていないがな」
そのうちの一つだろうな、なんてことを室長は言いながら本を開く。
「まったく、どこのどいつだ? こんな迷惑なモノを残し……」
ペラペラとページをめくっていた室長の手が最後のページで止まった。
信じられないものを見た、といった様子で目を見開いている。
「ヴィクトリアさん? どうしたんですか? お腹痛くなっちゃいました?」
笠酒寄のアホな質問にハッと我に返った室長はぱたんと本を閉じた。
「いや、なに、懐かしい名前を見たものだからな。コダマ、笠酒寄クン。とっとと帰ろう。後の処理は統魔の隠蔽班がやってくれるだろうが、一旦、百怪対策室に帰ってからにしよう」
すたすたと室長が先に戻り始めてしまったので、気絶した阿次川は僕が背負っていくことになってしまった。
来た道を辿り、玄関から出たときにはなんとも言えない開放感があった。
緊張し続けていたせいだろうか?
ともあれ、今回は終わったのだから早く休みたい。
クルマまではまだ歩かなくてはいけないが、先にこの阿次川をスーツケースに閉じ込めておいた方がいいだろう。暴れられても困る。
とりあえず、阿次川を背負ったまま、僕はスーツケースの前まで来る。
「室長、これ開けてくれませんか? トラップとか仕掛けてあったら困るんで」
返事がない。
振り返ると不思議そうな顔の笠酒寄がいた。
「あれ? 室長は?」
「え? あ、ホントだ。いないね。さっきまでいたのに」
周りを見渡してみると、室長は玄関先にぼうっと立っていた。
「室長―! 何やってるんですか? 早くこの怪しいスーツケース開けてくださいよ!」
遠くにいるから少しばかり大声になってしまう。
周りは山なので近所迷惑とか考える必要も無い。
僕の大声になんとか気づいたのか、室長はむかつくぐらいに悠然とこっちに歩いてきた。
「何やってたんですか? もしかして、まだ合成獣の製造者はいる、とか言い出さないでくださいよ?」
「そんなわけ無いだろう。資料は回収したんだからもう無理だ」
……なんだか返しにいつもの毒がない。
どうしたっていうんだ?
動作自体に異常はないのだが、明らかにいつもの調子の室長じゃない。
スーツケースもすんなり開けてくれた。
「ほれ、さっさとソイツを放り込め。中からは開けられないから逃げられる心配も無くなる」
僕がスーツケースの中に阿次川を入れる、というか下半身をはみださせるように置くと、ずぽん! と阿次川がスーツケースの中に呑み込まれてしまった。
ついでに蓋も閉まる。
恐! なにこれ!?
ちょっとどころじゃないホラーだ。
「さ、クルマに戻って、百怪対策室に帰ろう。今日は疲れたしな。統魔に行くのは明日でいいだろう」
「いいえ、ここでその製造者と資料を回収するわ」
「「「!」」」
突然のことに僕も室長も笠酒寄も驚く。
だが、その声には聞き覚えがあった。
するすると優雅な歩き方でその人物は僕たちの目の前に現れる。
どうやら死角になる部分に潜んでいたらしい。
筋骨隆々で見上げなければならないぐらいの長身。
そして、その女性のような美しい顔。
今日は、以前見たイブニングドレスではなくて、やけに頑丈そうなコートと皮のズボンだったが、このやけに響くバリトンボイスとはよく合っていた。
久道院八久郎さん。またの名をミサトさん。
室長と同じ魔術師、そして、統魔に所属する魔術師だ。




