第十二怪 その3
「コダマ、そのサボテンには近づくな。爆発するぞ」
「へ?」
言われたときにはもう遅かった。
ちょうど僕の目の高さの場所にあったサボテンはすさまじい膨張を起こして、その身を弾けさせた。
「あっっぶねぇ。ちょっと室長! もう少し早く忠告してくださいよ!」
ぎりぎりのところで僕の能力発動が間に合った。
弾けて、四方八方にそのトゲの生えた自らを炸裂させようとしたサボテンを、僕の能力で無理矢理押しとどめたのだった。
十分に爆発のエネルギーが散ってしまったことを確認してから能力を解除する。
バラバラとサボテンの破片が床に散った。
「何ですか、これ? 爆発するサボテンなんて初めて見たんですけど」
「ああ、古典的なトラップだな。『びっくりサボテン』と呼ばれる嫌がらせアイテムだ」
ごく平坦な口調で室長はそんな風に説明する。
これが嫌がらせアイテムで済んでしまうということに僕は驚愕していた。
びっくりどころじゃないだろ。
「……嫌がらせじゃ済まないでしょ。最悪、失明しますよ」
「統魔の学舎、というか『白林檎の園』ではよく見かけたな。引っかかる方が悪い。魔術師ならば常に注意深く事物は観察せよ、というのは第一の教えだ。ま、普通に失明したぐらいならばすぐに処置したらどうにでも出来るから安心しろ」
全然安心できない。
例え再生するとしても目玉にサボテンのぶっとい針が刺さるのは嫌だ。
想像するだけで寒気がする。
絶対にその『白林檎の園』とやらには行くことはないだろうが、死んでも行かない場所に記録しておこう。
「さっさと行くぞ。いたずらアイテムなんぞにかまっている暇はない」
「ヴィクトリアさん! 大変です! 廊下に沈んでます! 廊下で溺れちゃいます!」
僕たちの前方でレーダーのように周囲の音を聞きながら進んでいた笠酒寄が、悲鳴を上げてズブズブと板張りの廊下に沈んでいく。
とっさに僕は能力を発動して、笠酒寄を上に引っ張る。
なんとか引き上げることは出来たものの、まるで廊下が底なし沼になったかのように笠酒寄が沈んでいく
というのはシュールだった。
「……室長、これも統魔ではよくあることなんですか?」
じろりと室長のほうを見る。
「私に文句を言っても仕方が無いだろう。仕掛けたのは私じゃないからな。が、察しの通りにこいつもよくあるトラップだな。『馬鹿呑み床』。正体は擬態したスライムだ」
スライム?
それって、あのスライムだろうか。
なぜか日本のRPGでは雑魚キャラとして認識されているが、本来は非常に厄介な相手である、あのスライム?
よりによって、こんな時に現れなくてもいいと思う。
どうする? やるなら火を用いるのが有効らしいが、そんな用意はしていない。
いや、室長なら魔術で出来るのか?
このままではここを通ることが出来ない。
回り道をしていってもいいのかもしれないが、そこにもコイツが擬態して潜んでいないとは限らないのだ。
ならばここで対処してしまうのが一番いいだろう。
「どうやって対処するんですか? まさか泳いでいけ、なんてことは言いませんよね?」
「泳ぐわけないだろう。第一、私は泳げない。こうするんだ」
ぽいっと室長はタバコを投げる。
タバコはさっき笠酒寄が沈んでいった場所にぽとりと落ちると、そのままズブズブと沈んでいった。
次の瞬間、床だけでなく壁も一緒にグニャグニャと波打ち始めた。
何が起こっているのかはわからない。ただ気持ち悪いだけだ。
だが、なんとなく、苦しんでいるような気がする。
動きが、なんとなくだが悶えているように見えるのだ。
やがて、床も壁も灰色に変わり、その上に波打った状態で固まってしまった。
「ど、どうしたんですか? タバコに見えたんですけど、何を放り投げたんですか?」
強力な毒物でも使ったようにしか見えない。
「『馬鹿呑み床』は非常に繊細なんだ。毒、というか刺激物に弱い。ニコチンやタールなんて摂取してしまったらたちまちの内に死んでしまう。だから白林檎の園では常に何からの刺激物を携帯しているのが常だったな。懐かしい」
室長がタバコを常に携帯している言い訳にしか聞こえない僕は、心が汚れているのだろうか?
「つまり、用心していない馬鹿を呑み込んでしまうから、『馬鹿呑み床』なんですか?」
「そうだ」
……誓って白林檎の園には足を踏み入れない。
見た感じ、トラップである。
『びっくりサボテン』、『馬鹿呑み床』。二つの妙な嫌がらせトラップをかいくぐって、たどり着いたその先にはこれまた大きな鏡があった。
おおよそだが、三メートルぐらいはあるだろうか。
全身を見ることが出来るので、姿見と表現した方がいいのかもしれない。
そんな鏡があった、鏡そのものが扉になっている感じだ。
僕たちはだんだんと校舎の奥に進んできているのだが、ここを通らないと先には進めない。
……多分、これも洒落にならないようないたずらアイテムなんだろう。
もうわかってきた。
「見て見て、空木君。でっかい鏡!」
うん、笠酒寄。お前はこの数分で何を学んだ?
やけにはしゃいで鏡の前で服装チェックを始める笠酒寄だった。
「これはどういうアホなアイテムなんですか?」
笠酒寄には聞こえないように、こっそりと室長に尋ねる。
「『堕落の鏡』。自分が非常に美化されて映ってしまい、身だしなみを整えるということをサボってしまうようになる、というアイテムだ。白林檎の園では鏡はすべてこれだ」
……もう潰れてしまった方がいいんじゃないかな、白林檎の園。
嫌がらせマスター養成所か。
誰がそんな魔境にしてしまったのかは知らないが、責任を取って全部回収するなり、破壊するなりしてほしい。
ぽわんとした感じで鏡に映った自分に見とれている笠酒寄を見ながら、僕はそう思う。
「……今まで気づかなかったけど、もしかして、わたし美少女?」
完全に術中にはまってるじゃねえか。
「オラァ!」
跳び蹴り。
僕の『いい加減にしろ!』という思いを乗せた一撃を食らって、『堕落の鏡』は粉々に砕け散った。
「ああぁ! ひどい!」
「うっさい! お前ちょっとは緊張感を持ってくれよ! 敵地に乗り込んでいるんだぞ!」
「身だしなみは大事!」
「時と場所と場合を考えろ!」
「夫婦漫才してないで先に進むぞ」
言い合う僕と笠酒寄を室長がたしなめて、僕たちはなんとか先に進み出した。
「一つ、確実なことがある」
「なんですか室長。白林檎の園がろくな場所じゃないってコトですか? それなら所属していた当時に気づいてほしかったですね」
嫌みを込めて言い返したものの、室長はみじんも堪えてないようだった。
「ちがう。この場所に潜伏している奴は少なくとも統魔で学んだことがあるが、腕前は大したことがない、ということだ」
「魔術師界隈ではありふれたモノじゃないんですか?」
「そうでもないんだ。どれも統魔の課程を修了した者だけに進呈される物品だからな。危険度は低くても、そうそう手に入るものじゃない。少なくとも、薬草学、付与魔術、錬金術。幻影魔術に精通してないといけないからな。そんな大層な魔術師がこんな場所でこんなしょぼいトラップを仕掛けるわけがない。つまりは、統魔の課程は修了したものの、自分では侵入者用のトラップを作れないへぼ魔術師、というわけだ」
それは……助かる。
強大な魔力を持った大魔術師を相手にして、生きるか死ぬかの死闘を繰り広げたくはない。
しょぼい魔術師なら、僕の能力で決着がつくかもしれないし、それがダメでも室長と笠酒寄、そして僕の攻撃をしのげる奴がそうそういるとは思えない。
今回は移動時間だけが長い一件になりそうだった。
「ふむ。ここがおそらくは研究室だな」
目の前にあるのは講堂の入り口だ。
重厚な扉は固く閉ざされており、開きそうもない。
「どうします? 別の入り口を探してみますか? それともどうにかして開けてみますか?」
「……面倒だ。こうする」
スタスタと入り口に近づき、室長は大きく拳を後ろに引く。
バッッッッッガァン。
金属がひしゃげるすさまじい音と共に、変形した扉は奥に吹っ飛んでいった。
吸血鬼の一撃を受けてしまっては、どんなに重厚な扉でも関係なかったようだ。
「出てこい、愚か者。今から殴って、ふん縛って、その上で暗くて狭い場所に閉じ込めてやる」
僕は心の底から相手に同情した。




