第十二怪
合成獣退治から数日。
弐朔高校の教室で、僕は退屈な世界史の授業を受けていた。
正直、世界史を選択してしまったのはちょっとした失敗だと思っている。
覚えることが多すぎる。
その上に、あっちこっちに話題が飛んでしまうので地理も覚えないといけないというのは労力が二倍どころではなく、三倍、四倍にはなってしまっていると思う。
……地理のほうにすりゃあよかったな。
何度目かもわからない、そんな考えが僕の頭の中の大半を占めていた。
制服の内ポケットの中に入れているスマートフォンが振動した。
どうせまたお知らせメールだろうと思って、僕はそのまま板書を写しながらも、教師のしょうもない話をノートの端にメモし続けた。
授業が終わって、ノートやら筆記用具を全部しまってから、スマートフォンを確認する。
室長からのメールだった。
〈これを見たら至急、笠酒寄クンを連れて百怪対策室に来い。学校はサボれ〉
無視してしまおうか、なんてことも一瞬だけ考えてしまったが、室長が『至急』という言葉を使うのは非常に珍しい。
こういうときには無視するとひどいことになるのはわかっている。
となれば僕がやることは一つだった。
「ねえ空木君、本当に何も言わずに学校抜け出してきてよかったのかな?」
走りながら笠酒寄が僕に訊いてくる。
荷物を持った状態で、しかもけっこうな速度で走りながらなのだが、僕と笠酒寄の身体能力なら全く問題ない。
早足で歩きながら会話しているぐらいの感覚だ。
「しょうがないだろ。上手い言い訳が思いつかなかったんだから。僕とお前で同時に体調が悪くなるなんてことも、あらぬ誤解を生むだけだしな」
僕たちが付き合っていることはけっこう知られている。
となると、デートするために学校を抜け出そうとしていると思われるだろう。
どっちにしろ、こうやって実際に抜け出してしまった以上は噂にはなってしまうだろうけど。
後日の生徒指導室への呼び出しが怖い。あとクラスの噂も。
平日の真っ昼間に高校生が荷物を持って走りながら会話しているというのは不気味だろうが、幸いにもあまり人とすれ違うことはなかった。
昼飯は百怪対策室に到着してから食べることにしよう。
走っているから、弁当はひどいことになってしまっているだろうが。
はぁ。
今日の弁当の中身にフルーツ系のものが入っていないことを祈る。
ハイツまねくね二〇一号室。
いつものようにインターホンを押す。
キン、コーン。
この音もだいぶ聞き慣れてしまった。
ブツ、という音。
室長が出た音だ。
『コダマか? 入れ』
そのまま音声は切れてしまった。
おかしい。
いつもならここで室長から僕に対するからかいが入ってくるはずなのだ。
それが今日に限ってないというのはおかしい。
笠酒寄のほうを見ると、信じられないものを見た、という表情で固まっていた。
「……変だよな?」
「……変だね」
僕と笠酒寄の認識が一致していることを確認してから僕はドアを開けて百怪対策室に入った。
百怪対策室の中はいつも通りだった。
応接室に入ると、室長がデカいスーツケースを脇に置いて真剣な顔で地図を見ているのを除いては。
いつもなら大抵はタバコをふかしながら漫画を読んでいたり、アニメを見ていたり、ゲームをしていたりする室長が真剣に仕事の準備らしきものをしている。
夏休みにもこんなことはなかった。
「し、室長? 何があったんですか?」
動揺が思わず声に出てしまった。
「ああ、先日の合成獣は覚えているな? アレが製造された場所がわかった」
隣の笠酒寄がムッとするのがわかった。
あの時には笠酒寄は合成獣とのバトルには不参加だったから、僕から顛末を聞くしかなかったのだ。
次の日にはかなりしつこく訊かれた。
僕は結局何も出来なかったようなものなので話したくはなかったのだが。
なので、一応は合成獣を退治したことは笠酒寄も知っている。
人から聞くのと、実際に体験するのでは全くの別物だろうが。
まあ、そのことは置いておこう。
今はもっと大事なことがある。
「製造された場所って……そんなのわかるんですか?」
「ああ、あの合成獣の固有波長を追っていったらしい。統魔の分析班と調査班も少しは仕事をしているみたいだな」
製造された場所、ということはあの合成獣みたいなのが大量に居る可能性もあるだろう。
正直、そんなのは統魔のような組織が担当するべきだと思う。
しかし、こうやって僕たちが呼び出されたということは、百怪対策室に統魔から依頼が来たということだろう。
依頼があって、それを室長が受けた以上は助手である僕は手伝わないといけない。
しかし、笠酒寄は無関係だ。
危険地帯に自ら飛び込んでいくようなことはしなくてもいいだろう。
「ふん、考えていることはわかるぞ。だがコダマ、おそらくその製造施設には合成獣はいない。いや、まだいないと言った方が正確か」
「? どういうことですか室長。合成獣の製造施設なんですよね、そこ」
「そうだ。だがな、合成獣というモノは意外に安定するまでに時間がかかるんだ。合成したモノが多ければ多いほどな。私が始末したモノみたいなレベルの合成獣なら半年はかかる。そうホイホイ造れるモノじゃない。もし未完成のやつを出したら、最悪暴走して合成獣に殺される」
つまり、今は向こうの戦力が整っていないということか。
「なら、統魔の隠蔽班とか専門の人たちが行くべきなんじゃないですか? 僕たちみたいなのに依頼しなくても」
「それなんだがな、どうにも現在、統魔もごたついているらしい。早急に割ける人員がいないそうだ。ヘムにも訊いてみたんだが本当らしい」
室長は肩をすくめる。
被害が拡大しないようにするためには拠点がわかっている間に強襲を仕掛けるしかないと言うことか。
組織内のごたごたで上手く動けないのは魔術師の世界でも一緒のようだ。
「笠酒寄も……連れて行くんですか?」
「そうだ。今回、人手は多い方がいい。それに笠酒寄クンの能力を私は高く評価しているんだ」
うれしいような、うれしくないような。
当の笠酒寄はうれしそうだが。
「大丈夫だよ。任せて。わたし強いから」
子供みたいな笑顔で笠酒寄はそう言ってくる。
強いのは骨身にしみている。
未だにあの人狼状態の笠酒寄とのバトルは夢に見る。
それでも僕は……
「わたしは、空木君に守られているだけは嫌。わたしも空木君を守ってあげたい。男女平等、でしょ?」
返す言葉がなかった。
普段から僕が使っている言葉を使われるというのはなんともくすぐったいものだった。
「……わかった。だけど、もし危ないと思ったらお前は真っ先に逃げろ。僕と室長に付き合って死ぬ必要は無いからな」
笠酒寄はほんの少しの間、僕の顔を見つめていた。
そのうちに、ふ、と笑ってこう言った。
「空木君もヴィクトリアさんも死ぬ必要なんて無いよ」




