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第十一怪 その4

 午後九時前。


 僕と室長は合成獣が出現する、というか犠牲者がやってくるのを待っている廃病院にやってきていた。


 ()野原(のはら)病院、というらしい。


 僕が十歳ぐらいの頃には既に潰れていたのだが、幽霊が出るという噂があるので今現在まで買い手がついていない。


 少しばかり有名な心霊スポットだ。


 とは言っても、命知らずの罰当たりが集まって馬鹿騒ぎするのは夏のことであって、十一月の末に心霊スポットでそんなことをしようとするアホは、幸いなことにいなかった。


 病院の入り口までは来たものの、その門扉は堅く閉ざされている。


 当然といえば、当然だ。


 一応は買い手がついていないだけで所有者はいるのだから、侵入できないように対策するのは当然だろう。


 クルマから降りて、僕と室長はバリケードみたいになっている門の前に立つ。 


「どうします? 壊しますか?」


「こっちから到着を知らせてやる必要もないだろう。それに、後から請求書でも来たら困る」


 しょーもない理由だ。


 だが、僕は賛成だ。


 こんなとこで体力を使いたくない。


 結局、僕と室長は門扉を跳び越えることで病院の敷地内に侵入を果たした。


 この調子で合成獣退治も上手くいくといいのだが、きっとそうはならないのだろう。


 僕のほうはそんな重い気分で足取りも重く、室長はいつものように(くわ)えタバコのままでスタスタといつもの調子で建物のほうに歩いている。


 「合成獣、どこに出現するんですかね?」


 建物のほうには向かっているものの、僕はなにか確信があるわけではない。 


 室長について行っているだけだ。 


 これで室長のほうも何も考えがないということなら、かなり間抜けな二人だ。


 「合成獣が出現するのは建物内部だろうな。外側では生け贄に逃げられる可能性があるからな。確実にやるなら、内部だ」


 「でも、今までの被害者は全員外でやられているんじゃないんですか?」


 「まあ、そうなんだがな。今回は今までと違う。元々、合成獣というものは目立つからな。屋外で運用するモノじゃない。今まではしょうがなく外で襲っていたんだろうが、隠れるのに十分なスペースがあるんだから有効活用するだろう?」


 どうやらそれなりには合成獣も知恵が回るらしい。


 こっちとしてはありがたいが。 


 正直な話、僕の能力は相手を先に発見したら勝ったも同然だ。


 しかし、人に見られるのは困る。


 なので、屋内戦のほうが好ましい。


 ……今夜、この場所にいるのは僕たちぐらいなものだろうが。


 玄関口はガラスが破られており、何の苦労もなく病院内に入ることができた。


 当然、電気なんぞ通っているはずもないので、外よりも深い闇が中には満ちている。


 月の光というものがけっこう明るいということを実感するだろう。普通の人間は。


 元々、昼でも夜でも大して見え方が変わらない僕と室長には関係ない。


 荒れ放題のロビーを、周辺を警戒したまま進む。


 どこを目指せばいいのかわからないのか、室長は手当たり次第にドアを開けまくっていた。


 そんな風にして、おおむね一階は全部を見て回った頃だった。


 かすかに、何かのうなり声が聞こえた。


 生憎(あいにく)と僕は耳の良さでは笠酒寄には及ばない。


 それは室長も同じだろう。吸血鬼は再生能力やら吸血による眷属(けんぞく)の作成など、直接的ではない能力は優れていても単純な身体能力においてはほかの人外に遅れを取ることも多い、らしい。


 その辺は笠酒寄とやり合った僕もよくわかっている。


 ゆえに、どこから聞こえてきたのかとか、どんなモノが発したのか、なんてことまではわからない。


 それでも普通の人間に比べたら聴覚は大分優れている。 


 空耳ということはないだろう。


 室長もぴたりと動きを止めて警戒態勢に入っている。


 「室長、今の……」


 「たまたま侵入していたライオンがいきなり腸捻転(ちょうねんてん)でも起こしたんなら別だろうが、おそらくは合成獣だろうな。気をつけろ。こちらには既に気づいている可能性が高い」


 「なんでそんなことがわかるんですか?」


 「うなり声というものは対象がいないと発しない。合成獣とはいってもさすがに人間のように一人で過去の痛いエピソードを思い出してのたうちまわる、なんてことはない」


 その例えはどうかと思うのだが、とりあえずバトル展開が迫っているのはひしひしと感じる。


 「後ろを見ていろ。私は階段のほうを見張る。待望の獲物だからな。あっちからやってきてくれる」


 室長は前方の階段、僕は後方のドアが並んでいる廊下を見張る。


 静寂。


 耳を澄ましてみても、何かが動き回るような音は聞こえない。


 五分、十分と時間だけが経過していく。


 人間の(半分ぐらい、僕は人間じゃないが)集中力がそう長くは保たない。


 ほんの少し、僕が警戒を緩めてしまった瞬間だった。


 右の二の腕に激痛が走った。


 「い……ってぇ!」


 腕を目の前に持ってくると、僕の二の腕に見たこともないぐらいにデカい蛇が、かみついていた。


 なんだこれ!


 「コダマ、動くな!」


 室長が叫ぶ。


 痛みをこらえて、室長に言われたとおりに僕は動かないように全身をこわばらせる。


 ずるり、と僕の右の肩から先が、体から離れ地面に落ちた。


 切断面からドボドボと血が流れ出す。


 「うぎゃあああああぁぁっっっっ!」


 「騒ぐな」


 無理矢理、室長に口を塞がれる。


 だが、痛いものは痛い。


 地面を転げ回りたいのをなんとか我慢して、切断されてしまった僕の腕を見ると、食いついていた蛇が離れていくところだった。


 どこから現れたんだ? という僕の疑問は蛇の胴体を辿っていくと解けた。


 天井にあるエアコンの吹き出し口。 


 そこから蛇の体が伸びていた。


 俊敏な動作で蛇は吹き出し口の中に戻っていく。


 あれではさすがに、僕も室長も追跡は不可能だ。


 蛇が見えなくなってしまってから、室長は僕の口を塞いでいた手を離してくれた。


 もうすでに、痛みはほとんど無くなって、かゆみに変わっているだが、それでも味わった痛みをすぐに忘れるなんてことはできない。


 思わず、片膝をついてしまう。 


 その際に、片腕が無いせいか大分バランスを崩してしまった。


 「室長、今のは?」


 「合成獣だな。あんなデカい蛇がいきなり襲ってくるはずがない。蛇は元々臆病な性質(たち)だからな」


 ビュン、と右手を振ってまとわりついている僕の血液を振り払って、室長は答える。


 ん? なんで室長の手に僕の血液がついているんだ?


 「ん? ああ、これは私の『変形』と『硬質化』の能力の応用で、文字通り手刀にしたんだ。私の力なら大概のものは切断できる」


 「……もしかして、それで僕の肩をぶった切ったんですか?」


 「ああそうだ。生物である以上は吸血種にも毒は効く。特に合成獣の毒は強力になっている可能性もあるからな。毒がまわる前にかまれた部分を切り離すのが一番確実だ。再生能力が強いからこそ採れる対処法だがな」


 なるほど。今回は笠酒寄が留守番になるわけだ。


 人狼の笠酒寄ではここまで損傷が激しいと、再生できるかどうかは怪しい。


 ……室長一人のほうがよかったんじゃないかと思ってしまうのだが、そこは突っ込まないでおこう。


 じゅうじゅうと音を立てて、切り離された僕の腕が溶けるように無くなってしまうのを見届けると、室長は僕の腕が再生するのを待ち始めた。


 「なんか、見られていると、恥ずかしいんですけど」


 「気にするな。三次元にはあまり萌えない」


 そういう問題じゃ無いと思う。


 なんだか、再生するのとは違うかゆみが全身に走る。


 むずがゆい。


 やがて、数分もすると再生は終わった。


 ここまで損傷が激しい状態からの再生は初めてだったが、ちゃんと再生してくれたのでよかった。


 服は再生しなかったので、かなり間抜けな格好になってしまったが。


 「どうしますか、室長。さっきみたいに不意打ちを受ける可能性がありますけど、また待ってみますか?」


 「いや、こっちから探しにいく。さっきの蛇に追跡できるようにマーキングしておいた。センチ単位で、とはいかないが大体の場所はわかる」


 抜け目ない。


 いつの間にやっていたんだ。


 多分、僕の肩を切断した後だろうが。


 だが、そのおかげでむやみにこっちから探すことも、ひたすらに襲撃を待つこともない。


 室長にぶった切られるのはもう勘弁してほしいので、今度は真っ先に蛇を引きちぎってやろう。


 室長を先、僕が後ろという順番で、僕たちは階段を上り始めた。




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