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第十一怪 

 十一月も末。


 そろそろ寒さもかなり厳しくなってきたのだが、世間一般は年の瀬も近いということで、少しばかり浮かれ気分のようだった。


 おもにクリスマスに向けて。


 対して僕はというと、いつものように笠酒寄と他愛のない会話を交わしながら下校していた。


 と、正門を出たところで見たことのある顔を発見した。


 すらりとした体躯(たいく)に、涼し気な目元。そして、そのロングの黒髪は佐奈(さな)(ひら)心優(みゆ)君。


 自分自身の生み出した『怪』に呑み込まれそうになっていた少女だ。


 たしか()臙脂(えんじ)中学の生徒のはずなのだが、なぜここにいるのだろうか?


 「こんにちはコダマさん。お久しぶりです」


 ぺこりと頭を下げて丁寧に挨拶してくる。


 育ちの良さっていうものはこういう部分で出てくるよなあ、などと僕は隣の笠酒寄を見ながら思う。


 家は立派なくせに。


 ともあれ、向こうが丁寧に挨拶しているのに無視して通り過ぎるというのも、あまりに失礼だろう。


 「こんにちは、佐奈平君。あれから『怪』のほうは大丈夫?」


 「ええ、おかげさまで。()()ちゃんもニオイが薄れてきています」


 佐奈平君は笑顔だが、どこか怖い。


 彼女の具体的な体臭対策を聞くのはやめておいた方が良さそうだ。


 「で、どうしてこんなところに? 君はここには用がないと思うんだけど」


 「そうですね。確かに弐朔(にのり)高校には用はありませんけど、コダマさんに用があります」


 はて? 佐奈平君が僕に対してなんの用だろうか?


 二口女は解決したのだから、ほかの『怪』でも発生したのだろうか?


 それなら話を聞かないといけないだろうけど。


 「ねえねえ、空木君。このコ、誰?」


 くいくいと僕のコートの裾を引っ張りながら笠酒寄が訊いてくる。


 やめろ、服が伸びるだろ。


 「ああ、佐奈平心優君、ちょっとした『怪』に巻き込まれてしまって、百怪対策室で解決したんだ。あのときにはお前はいなかったから知らないか」


 「へぇー、そうなんだ。ふーん……」


 なぜか笠酒寄は剣呑(けんのん)な目つきだ。


 「初めまして、笠酒寄ミサキです。空木君の彼女です」 


 にっこりと笑いながらそういう風に自己紹介するものの、全然目が笑ってない。


 なんでいきなりケンカ腰なんだよ。


 「どうも初めまして、コダマさんの現在の彼女の笠酒寄さん。佐奈平心優と申します」


 佐奈平君のほうもなぜかやけに挑発的だ。


 なんだこれ? ホントになんだこれ?


 誰か説明してくれ。


 「おいおい、なんで二人ともいきなりピリピリしてるんだよ。女同士なんだから仲良くしたらいいだろ」


 思わず仲裁に入ってしまう。


 「何言ってるの? 空木君。わたしたち、全然ピリピリなんてしてないよ。ただ、自己紹介しただけじゃない。空木君の彼女はわたしだって」


 「そうですよ、コダマさん。現在の彼女である笠酒寄さんと、今ここでコトを構えようだなんてみじんも思っていませんよ」


 おい、やめろ。下校中のほかの生徒もいるんだから。


 僕に対する妙な噂がまた立つじゃないか。


 今度は、浮気してるのがばれてしまって校門の前で浮気相手とカノジョがケンカした奴、みたいなことになりかねない。


 つーか、なんで僕の前でけん制し合ってるんだよ。


 「なあ、二人とも。ちょっとその辺でお茶でもどうだ? いろいろ話し合いたいこともあるだろうしな」


 場所を移そう。


 このままではまずい。


 なによりもさっきからこっちを見ている二年生とおぼしき女子の集団がまずい。


 「……わかった。空木君のおごりね」


 「……わかりました。コダマさんのおごりで」


 おまえら本当は仲いいだろ。





 三人で喫茶店に入る。


 ディナーには早い時間なので(なにせまだ五時前だ)、席はがらがらだった。


 四人掛けのテーブルに案内されたものの、なぜか二人とも僕の対面に座った。


 笠酒寄、お前は僕のとなりに座ってくれないのかよ。


 カノジョだろ?


 悲しくなってくる。


 コーヒーを二つと紅茶を一つ頼んで、とりあえずはそれを待つ間にこの状態をどうにかしたほうがいいだろう。


 「そういえば、佐奈平君の用事って何かな。聞かせてくれる?」


 まずはこっちの用件だろう。


 中学生がわざわざ僕を訪ねてきた。しかもこの間まで『怪』の中心にいた人物が。


 もしかしたら、何らかの予想していなかった事態が起きた可能性もある。


 「ええ、そうなんです。コダマさんにお伝えしたいことがあって。まあ、そちらの笠酒寄さんがいらっしゃることは予想外でしたけど」


 なんでそんなに突っかかるんだよ。


 前世からの因縁でもあるのか? 宿命のライバルだったのか?


 「率直に言います。コダマさん、わたしと付き合って下さい」


 まるで、業務連絡のように佐奈平君はそんなことを言い出した。


 バン! とテーブルが叩かれる。


 「……さっき言ったよね? わたしは空木君の彼女だって」


 怒気を隠そうともしない笠酒寄がテーブルを叩いたのだった。


 そりゃあ目の前で彼氏に粉かけられたら怒るだろう。


 僕だって、笠酒寄が目の前でナンパされていたら同じような反応をすると思う。


 「……そういうわけなんだけど。終わり、じゃないよね多分」


 一応は確認のために佐奈平君に訊いてみる。


 「もちろんです。今は笠酒寄さんとお付き合いをされているというのなら、別れてもらって、それから改めてわたしと付き合ってほしいんです。二股なんて認めませんから」


 涼しい顔で佐奈平君は答える。


 ……頭が痛くなってきた。


 なぜ彼女はこんなことを言い出してきたんだ?


 正直な話、わからない。


 僕は『怪』の解決に対して、少しばかりの助力をしただけの話だ。


 結局、二口女は彼女が自分自身と向き合うことができたから、解決することができた。


 ……もしくは同じ九臙脂中学校に通う、僕の妹である小唄(こうた)あたりから、僕のことを極端に美化して聞いたか、とも思ったのだが、小唄のやつが僕のことを美化して人に話すなんてことはないだろう。


 となると本格的に手詰まりだ。


  それでも、いい加減に笠酒寄が佐奈平君に(つか)みかかりそうになっているので、どうにかしないといけないだろう。


 「佐奈平君、もう一度言っておくけど、僕の彼女は笠酒寄なんだ。他の人と付き合う気はないよ。それに君は僕のどこに惚れたっていうんだ? 正直、君には一回会ったきりだろ」


 「ええそうです。でも、愛に会った回数は関係ないと思います。そして、今は笠酒寄さんにしかコダマさんの心は惹かれていないみたいですけど、必ずわたしに振り向かせて見せます」


 あくまで冷静に佐奈平君は答える。


 となりで頭に血が上って真っ赤になっている年上の女子にも見習わせてやりたいぐらいだ。


 「……空木君は渡さないから」


 「それを決めるのはコダマさんです」


 どっちが年上なのかわからない会話だ。


 とりあえずはこの場はどうにかなりそうだ。


 ……問題を先延ばしにしただけの気もするが。この針の(むしろ)のような状態から解放されるのなら大歓迎だ。


 後で大人な人々に相談でもしたらいいだろう。


 「わかった。でも今は佐奈平君と付き合うことはできない。それはわかってくれ」


 「わかりました。仕方ありません。でもコダマさん、わたしは諦めませんから」


 あくまでクールに佐奈平君は諦めない姿勢を示す。


 その根性は素直に尊敬する。


 「じゃあ、話は終わりだね。今度会う時には君がもっと素敵な人を見つけていることを祈るよ」


 「ありえません」


 ……最後まで佐奈平君は折れなかった。





 とりあえず、店を出た。


 佐奈平君は意外にもあっさりと去ってくれた。


 この調子で僕のこともあきらめてくれるといいのだが。


 ぐい、と僕のコートが引っ張られる。


 「どうした? 笠酒寄」


 「……ありがとう」


 小さな声だったけど、それはたしかに感謝の言葉だった。



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