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第九怪 その5

 弐朔高校体育館前。


 「ホントにこの中にいるのか?」


 「うん、たぶん。匂いは中に続いているし、入っていったのは間違いないと思う」


 ここは笠酒寄の嗅覚を信じよう。


 扉を押すと、鍵がかかっていなかった。


 本来は施錠されているはずなので、誰かが開けたのは間違いないだろう。


 もしかしたら、複数が待ち構えている可能性もある。


 「笠酒寄、お前はここで……」


 「わたしも行く。絶対」


 待っていてくれ、という言葉はさえぎられた。


 言い出したら聞かないだろうし、ここで押し問答をしている間に再び逃がす方がまずい。


 しょうがない。一緒に入るか。


 「自分の身はなるべく自分で守れよ」


 「空木君こそ、無茶しないでね」


 最近の僕にしては珍しく、覚悟を決めて扉を開けた。


 体育館の中には何もいなかった。


 とりあえず、見える範囲には。


 しかし、あからさまにステージの幕が降りていた。


 いるって言っているようなもんじゃないか……


 しかし、その辺に隠れていて、不意打ちを狙っているという可能性もある。


 体育館の中央まで僕と笠酒寄は進む。


 ここならどこから襲われても多少の対処は出来る。


 人狼と吸血鬼、人外二人の反射神経をかいくぐれるものなら大したものだ。


 「笠酒寄、後ろ頼む」


 「わかった」


 まるで相棒モノのような会話を交わして僕と笠酒寄は戦闘態勢に入る。


 その瞬間、ステージの暗幕がするすると上がり始めた。


 「!」


 いつでも能力を発動できるように備える。


中ほどまで上がったところで、ステージ上には何かがいるのがわかった。


 三分の二ほど上がったところで、それがあの石像だということがわかった。


 まるで何かに祈るような恰好をしているが、関係ない。


 所詮は人間の真似だ。


 幕が上がり切ったらその瞬間に仕掛ける。


 カウントしながら僕は石像から目を離さない。


 3……2……1……いま!


 僕の中でのカウントがゼロになった瞬間、(まばゆ)い光が石像を照らし出した。


 (!)


 思ってもなかった事態に動揺する。


 と同時に、こんな感じの光景は何度か見たことがあることに気付く。


 訳が分からない。


 混乱している僕をよそに石像はゆっくりと立ち上がり、なにかを歌い始めた。


 朗々と、何かに捧げるかのように石像は歌っている。


 「あれ? これって『Liebe Stein singen』?」


 なんだそれ? っていうか知っているのか笠酒寄。


 「なんだよ、そのリーベ……なんとかって」


 「春にやってたアニメの曲。ドイツ語で『石が歌う愛』って意味なんだって」


 はあ、なるほど。意味は分かった。


 しかし、なんでそんなものを今、アイツは歌っているんだ?


 「とっても面白かったよ。悲恋ものってやつ? ある日、意思を持ってしまった石像が女性に恋をしちゃうお話なんだけど……」


 「いや、アニメの話じゃなくてだな……」


 いまだに石像を眩く照らしている光の射光元を目で追ってみる。


 巧妙に隠れていた照明係が一所懸命に動く石像にスポットライトを当てていた。


 さすがに、ぼくにも、わかった。


 なんだか、ずっしりとしたものを感じながらステージの上で大きく身悶えしている石像をよくよく観察してみる。


 ……メイクだ。


 遠目にはわからなかったが、この距離ならわかる。


 一見したところでは真っ白な石肌に見えるが、その下には人間の肌があるということがわかる。


 服やらも、普通の布地だ。石じゃない。


 つまりこれは……


 「はい、よーし! 次はクライマックスの自壊シーン。終わったら通しでやるぞ!」


 やけに響くその大声は体育館の上に設置されている通路から響いてきた。



 


 百怪対策室。


 笠酒寄と一緒に夜の学校に侵入してから数日後。


 室長がやっと帰ってきたのだが、いまだに戦利品の整理が終わっていないので、僕も笠酒寄もそれを手伝っている。


 ちなみに僕は床に広げられた品々を、笠酒寄は室長と一緒にソファに座って小物を整理している。


 今はとにかく、膨大なゲームやらグッズやらをカテゴリーごとに段ボールにまとめている。


 室長はさっきから優雅に紅茶を飲んでいる。


 黙々と、僕は作業を続ける。


 「笠酒寄クン、コダマのやつどうしたんだ? やけに不機嫌だな」


 「えーと、『怪』だと思ってたけど、違ったんです」


 笠酒寄! 言うなってあれほど念を押したろうが!


 心の中で叫びつつも、僕は平静を(よそお)って作業を続ける。


 「あー。コダマが電話してきたやつか。どうせ演劇部あたりの仕業(しわざ)だったんだろう?」


 「な、なんでわかったんです!?」


 思わず僕は反応してしまっていた。


 室長は今日帰ってきたばかり。笠酒寄も室長が戻っていることを知ったのはついさっきだ。


 連絡はするな、と言われていたので、笠酒寄もおそらくはしていないだろう。


 それなのに、なぜ室長は演劇部が犯人だとわかったのだろう。


 「電話でコダマから聞いた話と私の知っていることを組み合わせたらわかることだ」


 作業を中断して室長のほうに駆け寄る僕にナメきった視線を送りながら、室長はそんなことを言う。


 「……ほう。じゃあ聞かせてもらいましょうか。室長の名推理を」


 意地になって僕はソファに座る。


 室長の対面だ。


 隣には笠酒寄。


 あそこまで小馬鹿にされてこのまま引き下がるわけにはいかない。


 室長は、『やれやれ』みたいな顔をして、ポケットからシガリロを取り出す。


 火を点けて煙を吐き出すと、足を組んでニヤリと笑った。


 「そもそもだ。本当に石像が動き出しているのならば毎回毎回台座の上に戻っているのはおかしいだろう? ゴーレムじゃないのはキミと笠酒寄クンが確認している。それならば答えはわかる。石像は動いてなんかいなかったんだ」


 そう、石像は動いていなかった。


 目撃されていた動く石像は演劇部が仮装したものだった。


 近くに寄ってしまったらバレてしまう程度の仮装ではあったのだが。


 それでも、遠目に見られる分には本物だと思わせるぐらいのことはできた。


 「それなら、石像が消えていた理由はなんなんですか? まさか毎晩毎晩、石像を台座から引っぺがして朝までに戻していた、なんてことは言いませんよね?」


 「当然だ。どうせ黒い布かなにかをかぶせていたんじゃないか? 夜の八時過ぎにそんなことをしたら見えなくなって当然だ。そのうえで台座にはかぶさらないようにする。そうしたら台座だけがあると思ってしまうだろう?」


 ……その通りだ。


 演劇部の部長を締め上げて、そのあと確認に行ってみたら台座にはかからないように黒いカーテンがかけられていた。


 人間の視力では黒い物体は夜闇に紛れてしまい、見えない。


 その下に白い台座があったら当然、上には何もないように思いこんでしまうだろう。


 悔しいが、ここまでは室長の推理が正しい。


 だがそれでも、推理することならもう一つ残っている。


 「室長の推理は当たってますよ。でもそれなら、なぜ演劇部はこんなことをしたんですか?」


 ハウダニイット(どうやってやったのか)、フーダニイット(だれがやったのか)。


 そしてホワイダニイット(なぜやったのか)。


 言い換えれば、動機。


 僕には理解しがたい動機だったのだが、それも室長にはわかっているのだろうか?


 室長はふふん、と鼻を鳴らす。


 「文化祭、近いんだろう?」


 「……」


 「演劇部、というか文化系の部活にとっては同じ学校の生徒にわかりやすくアピールするチャンスだからな。話題性を作りたかったんだろう。恐らくはゲリラ的に学校内の各所で上演し、最初と最後だけはステージの上で行う予定だったんじゃないか? だから学校の各所に現れていた。リハーサル、というか練習かな」


 僕は何も言わない。


 「キミ達みたいな文化祭にかける熱意が低い人間はともかく、燃えている人間は少なからずいるだろうから、夜の校舎にも人がいる可能性はある。そこで秘密裏に練習と宣伝を兼ねて石像が動き回っているかのように偽装する。あとは文化祭当日には生徒たちの間に広がっている噂がギャラリーを呼んでくれるというわけだ」 


 そんなとこか、と室長は得意げな顔をしている。


 悔しいが、演劇部から聞いた目論見(もくろみ)と一致していた。


 そこまで推理できていたから室長は放っておけと言ったのだろう。


 文化祭当日にはネタばらしが行われるのならば、『怪』として定着することもない。


 ……あの電話の時から室長にはわかっていたのだ。


 僕はとんだ間抜けだ。まったく。


 こんなことなら大人しく室長の言葉に従っていればよかった。


 骨折り損だ。


 「降参です。室長の勝ちですよ」


 「勝負なんてしたつもりはないんだがな」


 勝ち誇られるよりもムカつく。


 そのうちにあっと言わせてやる。


 しかし、負けを認めることも必要だろう。


 僕はまだまだ未熟者だ。


 「そういえば、文化祭はクラスでも出し物をするんじゃないのか? コダマのクラスは何をするんだ?」


 「え? ああ、伊勢堂の商品品評ですよ」


 ……この後、延々と続く室長の伊勢堂商品に対する熱い思いをメモするためだけに、僕はわざわざメモ帳を買いに行かされた。


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