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第九怪 その4

 夜八時。


 勉強するので(こも)る、というバレバレの嘘を吐いて、自室の鍵をかけてから僕はいつものように窓から脱出した。


 もはや窓から出ることに違和感を覚えなくなってしまっているあたり、重症な気がしないでもない。


 見事に音もなく着地して、笠酒寄との待ち合わせ場所まで急ぐ。


 とは言っても、学校の正門だが。


 


 弐朔高校正門前。


 笠酒寄はもう来ていた。


 しかし、


 「何だその格好? あとなんで耳生()やしてるんだよ」


 笠酒寄はぴたっとしたTシャツにカーディガン、そしてホットパンツ姿だった。


 寒くないのかよ。 


 そのうえ、人狼の能力を少しばかり開放しているのか犬耳まで生やしていた。


 「セクシー怪盗、プリティ・ウルフ参上! って感じで考えてみたの」


 突っ込みどころが多すぎる。


 スルーしよう。


 「そうか、じゃあ行くか」


 「あ、冷たい。なんか感想はないの?」


 こういう時に限って女子のめんどくさい部分を発揮しないでもいいだろ。


 ……ヘソ曲げられても困るか。


 「い、いいんじゃないか? 萌え萌え?」


 「疑問形になってる! ふん!」


 結局、機嫌が悪くなってしまうのなら何も言わない方が良かった。


 取り合えず、まずは学校内に侵入しないことには始まらない。


 正門は頑丈な門扉が完全に閉ざしているが、全く問題ない。


 「よっ」


 「とうっ」


 僕も笠酒寄も軽く門扉を飛び越えてしまう。


 人狼となりそこない吸血鬼。その二人には人間用の侵入防止策など無力だった。


 正面には校舎。左手側にはグラウンド。


 そして、右手側には部室棟がある。


 まずはグラウンドの石像を確認するほうが先だろうか?


 などと僕が考えていると、笠酒寄が部室棟のほうを指さした。


 「なんだよ、笠酒寄。どうした?」


 「あっちから歌が聞こえる」


 さすが人狼。聴覚に関しては完全になりこそない吸血鬼を超えている。


 さっさと終わらせるに限る。時間は有限なのだ。


 ……それに、この格好の笠酒寄が誰かに目撃される前に退散したい。


 僕たちは早速部室棟に向かった。





 弐朔高校の部室棟は少しばかり不思議なつくりをしている。


 設計ミスなのかあっちこっちに人が通り抜けられるぐらいの隙間があって、さながらちょっとした迷路のようになっているのだ。


 初めての人間は確実にお目当ての部室にたどり着けない。


 そのせいか、そこら中に思い思いの部活動が案内看板を出しており、余計に迷いやすくなっている。


 そんな部室棟が目の前にある。


 「聞こえてくるのはどの辺なんだ?」


 「たぶん、真ん中らへん? ちょっと音が反射しちゃっててよくわかんない」


 部室棟の中心部か。


 そのあたりは変人の巣窟になっている部活動が多く、滅多なことでは普通の生徒は近づかない。


 それでも、今日の僕は行くが。


 そもそも本来生徒は全員下校している時刻なのだ。


 それでも、部室棟にはところどころ灯りが点いている部屋があることは、なんとも熱意あふれることだと表現するしかない。


 見られないようにしないとな。特に笠酒寄の耳は。


 人影に気をつけながら慎重に歩を進める。


 部室棟に入ってから、歌は僕にも聞こえてきた。


 確かに、日本語じゃない。


 ……この際どうでもいいことか。


 とっとと石像をぶん殴ってでも大人しくさせないといけないだろう。


 歌声の聞こえる方に僕たちは進む。


 ほどなくして、『それ』はあった。というかいた。


 部室と部室の間の隙間。


 そんな場所で真っ白な石像がオペラ歌手のように歌っていた。


 実際に目にすると、やはりシュールだ。


 動くたびに揺れる長衣が神秘的というよりも不安感を(あお)る。


 どうやらこちらには気が付いていないようなので今のうちに動きを止めよう。


 っていうか動いているのをこれ以上見たくない。あの頭が動くのは視覚的暴力だ。


 石像に集中する。


 とりあえずは足を止めるか、なんてことを考えて僕の能力が発動しようとしたその時だった。


 「きゃー! あれ何! 怖いよ空木君! 助けて!」


 「が!?」


 笠酒寄が抱き着いてきた。恐らくは全力で。


 というのも、抱きつかれている僕の体がメシメシと音を立てているのだ。


 なりそこない吸血鬼といえど、肉体の強度は実はあまり人間と変わらない。


 そんな僕が、全開ではないとしても人狼の筋力で抱きつかれたらどうなるか。


 ライオンがじゃれてるつもりでも人間には致命傷だ。


 つまり、死にそう。


 「や……かさ……さ……」


 「うわーん! か弱いわたしはあんなの怖くてしょうがないよ! 空木君、もっと近くにいて!」


 肺が潰されんばかりに圧迫されているので声が出せない。


 その間にぎりぎりと笠酒寄は締めあげてくる。


 死にはしないだろうが、このままだとかなり苦しい。


 なんとか動かせる頭を思いっきり振って笠酒寄の頭にぶつける。


 「あいた!」


 「ゲホッ! ガハ! ……ふぅ」


 何とかうまくいって笠酒寄は僕を離してくれた。


 その間に、石像はいなくなってしまっていた。


 「……おい、笠酒寄。何のつもりだ?」


 殺されかけたのはともかくとして、石像を逃がしてしまったのはまずいので問う。


 「えっと、あの……」


 「僕の目を見ろ」


 視線を逸らす笠酒寄の頭を掴んで無理やりにこっちに向かせる。


 「なんだったんだ? いまのは」


 「お化け屋敷とかにいったら、彼氏に抱き着くのは女子的にやりたいことなので……」 


 「……」


 理解しがたいが、理由はわかった。


 だが、今やるなよ……。


 この状況で見失ってしまったのはまずい。


 気づかれたとわかったら、どういう行動に移るのかがまだ読めないからだ。


 どうする?


 僕が自問自答していると、笠酒寄がさっきまで石像がいた場所でしゃがみこんでいた。


 「どうしたんだ?」


 「あっちに匂いが続いてる」


 笠酒寄が指さしたのは体育館だった。



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