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第九怪 その3

 村川先輩の話が終わって、僕と笠酒寄は吹奏楽部の部室を後にした。


 笠酒寄にも話を聞いてみたが、どうやら村川先輩たち以外にも歌う石像を目撃した人間はいるらしい。


 しかもそこそこの数が。


 なんで夜の学校に生徒がいるんだ、とも思ったのだが、文化祭の準備が間に合わないクラスや部活も多いらしい。


 それゆえにこっそりと学校に忍び込んだり、残っていたりすることが常態化しているようだった。


 夏休みの宿題をぎりぎりになってまでやっている小学生か。


 とはいえ、それなりに目撃者がいる以上は動かないわけにはいかないだろう。


 全員が口裏を合わせているということは考えにくい。


 一年生から三年生まで、クラスも性別もバラバラの人間が全員一つにまとまっているということは考えにくい。


 となると、本当に何かが起こっていると考えたほうがいいだろう。


 ならば、とりあえずは渦中の石像を見てみたほうがいいだろう。


 僕と笠酒寄はグラウンドに向かったのだった。



 


 弐朔高校グラウンド。


 陸上部が走り込みをしているのを尻目に、僕たちは端っこに設置してある石像のほうに向かう。


 真っ白な謎の石像は今日もグラウンドの隅にちゃんと存在していた。


 遠目にも目立つウニみたいな頭はしっかりと健在だった。


 ……それにしても、何考えてこんなの作ったんだ。


 今は関係ないことだが、どうしても目に入るので考えてしまう。


 (かぶり)を振って余計なことを追い出すと、僕は石像をじっくりと観察する。


 一メートルぐらいの台座の上に乗っている等身大の石像。古代ギリシャの長衣(トーガ)のようなものを(まと)ってる。


 見た目はそんなものだ。


 頭部の形状以外は特筆すべきこともない。


 「笠酒寄、石像に何か文字が刻まれていないか、もしくは何かを貼り付けた跡がないか調べてくれ」


 「文字? わかった」


 笠酒寄は遠慮のない視線を石像に向ける。


 僕も逆側に回って、何か文字が刻まれてないか観察する。


 ……ゴーレムの核になるのは刻まれた文字だ。


 emeth。


 ラテン語で『真理』の意。


 他にも羊皮紙に書いたものを貼り付ける方法もあるらしいが、現在はあまり使われていないらしい。


 こいつが僕の想像通りゴーレムならば、どこかにemethの文字が刻まれているか、何かを貼り付けた跡が残っているはずだ。


 笠酒寄は正面から、僕は後ろ側からそれを探す。


 二十分ほど探してみたが、結局、文字も何かを貼ったような跡も見つからなかった。


 「笠酒寄、そっちはなにか見つかったか?」


 「なんにもないよ。でもとってもすべすべ。いい仕事してますねぇ~」


 べたべた石像を触りながら笠酒寄は答える。どこの鑑定人だ。


 お前、怖いもの知らずだな。本物だったらどうする気なんだ?


 ……殴られても死にはしないか。人狼だし。


 とはいえ、笠酒寄の視力で見落とすことは考えづらい。


 僕のほうも同じだ。何も見つからなかった。


 ゴーレムじゃ、ない?


 だがしかし、この石像をたまたま見落としたということは考えにくい。


 夜でも真っ白な物体は目立つ。この石像は台座から本体まで真っ白だ。


 台座部分だけが見えて上に乗っている石像が見えないということはあり得ないだろう。


 どういうことなんだ?


 わからない。


 僕と笠酒寄だけではどうしようもない。


 このまま放置しておくのもまずいと思ったので、僕はスマホを取り出した。


 実は室長は今、休暇を取っている。


 一週間ほどは留守にするということだったので、その間は百怪対策室も閉めることになっていたのだが、緊急事態だ。連絡しよう。


 室長の番号を呼び出してコール。


 一分ほどかけ続けて、やっとつながった。


 『なんだコダマ? 笠酒寄クンとのデートプランを立てる相談なら八久郎にしてくれ。私は忙しいんだ』


 しょっぱなからこっちの恋愛事情をいじってくる室長だった。


 「……違います。僕の高校で『怪』が発生しているんですよ。僕では解決できそうにないんで、室長の助言をいただきたいと思って電話しました」


 『コダマの高校で、ねえ。いいだろう。言ってみろ』


 僕はこれまで聞いたこと、そして僕と笠酒寄がいま調べたことを室長に伝える。


 これは流石に室長もとんぼ返りしてくるかと思ったのだが……。


 『……放っておけ。あと一か月もすれば話の種にもならなくなってる』


 にべもない答えが返ってきた。


 「どういうことですか、室長。百怪対策室が『怪』を放っておいていいんですか?」


 『『怪』じゃないからな。言っておくが、私は忙しい。これから打ち上……ゴホン、とても重要な打ち合わせがあるんだ。少なくとも明日までは電話してくるんじゃない。してきたらお仕置きだからな』


 ぶつり、と一方的に通話は切られた。


 ……室長は関わる気はないと思ったほうがいいだろう。


 しかし、放っておいていいとはどういうことだろう?


 明らかにこれは『怪』だ。


 もし、偽物だとしても人々の中で噂されるうちに本物になる可能性はある。


 ……僕が室長から聞かされた話だ。


 それなのに、室長は今回の件に関しては無関心のようだ。


 専門家、ヴィクトリア・L・ラングナーが仕事に対して不誠実であることはあり得ない。


 報酬がなくても、『怪』を放置しておくことはない。


 ……決して、打ち上げが『怪』よりも重要なわけではないと思う。


 あってほしい。


 「ヴィクトリアさん、なんて言ってた? 帰ってくる?」


 首をかしげて笠酒寄が訊いてくる。


 「……いや、今回は放っておいていいってさ」


 「う~ん。ヴィクトリアさんが放っておいていいって言うなら、そっちのほうがいいんだろうけど……空

木君は違うんでしょ?」


 その通りだ。


 僕は自分の学校で怪談が幅を利かせている、なんてことは避けたい。


 ならばやることはひとつしかない。


 「……僕が解決するしかない」


 「わたし達、でしょ?」


 いたずらっぽく笠酒寄は笑った。




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