第九怪 その2
放課後。
弐朔高校吹奏楽部部室に僕と笠酒寄は来ていた。
もはや笠酒寄がついてきていることに対して疑問は抱かない。
楽器やら楽譜が、所狭しと詰め込まれている部室は、やたらに圧迫感を感じてしまう。
桃ノ瀬先輩に言われて、かれこれ十五分ほど待っている。
勝手に椅子を使っているが、その辺は許してくれるだろう。
コツコツ、とドアがノックされた。
こちらの返事を待つことなく、ドアを開けて桃ノ瀬先輩が入ってくる。
後ろには二年生の女子がいた。
一人?
目撃者は複数と聞いていたのだが。
そんな僕の考えなどお構いなしに、桃ノ瀬先輩はするすると足音もさせずに近づいてくる。
「この子が目撃者の一人。あんまり大人数で話しても要領を得ないと思ったから、代表して話してもらうことにしたの」
顔を近づけてささやくように告げる必要はないと思う。
吐息がくすぐったい。
それだけやると、桃ノ瀬先輩は踵を返してドアのほうに向かって行く。
「どこ行くんですか?」
「練習の指示をしに行くわ。あとはこの子が話してくれると思うから」
あとはよろしくね。
ホントにいい性格をしているようだ。
呆れている僕を横目に二年生の女子は部室の端に置いてあった椅子を僕たちの前まで持ってきて、それに座る。
ショートヘアの活発な雰囲気の人だ。
一応は先輩だし、こっちから自己紹介するのが礼儀だろう。
「初めまして。僕は空木……」
「あー、知ってるよ。空木コダマ君でしょ? で、そっちは彼女の笠酒寄ミサキちゃん。眉唾物の話を追ってるんでしょ?」
知ってるのかよ。っていうか笠酒寄が彼女だっていうことまで知ってるし。誰だ? 噂の発信源は。
僕の隣で吹けない口笛を吹いている笠酒寄なんだろうけど。
……まあいい。
「あたしは翠。村川翠。よろしくね」
室長のようなニヤリとした笑みでもなく、笠酒寄のような緩んだ笑みでもなく、太陽を思わせるような明るい笑みを村川先輩は浮かべた。
こういう人は周りにいなかったな。
どうでもいいことを考える。
「で、さ。早速なんだけど、変な事件の専門家の空木コダマ君に聞いてほしいことがあるんだよね」
「わかりました。だからちょっと離れてください。あと僕は専門家じゃなくて助手です」
身を乗り出してくる村川先輩を僕は牽制する。
隣の笠酒寄がヘソを曲げたらどうなるのか想像したくない。
人狼パンチが飛んできて、また腹に穴が開くのは勘弁だ。
「あ、ごめんごめん。あたしちょっと距離感近いからさぁ。ゴメンね」
あはは、と快活に先輩は笑う。
距離感が近いの使い方を間違っている気がするが、それはこの際、脇に置いておこう。
今は、『怪』の疑いのある話のほうが先決だ。
「それで、本当に見たんですか? その……石像が歌って踊っているのを」
「うんうん、そうなんだよ。もうびっくりしちゃったね。っていうかあそこまでいくとホラーじゃなくてコメディだよね」
先輩は腕を組んでうんうん頷く。
「その時の状況をなるべく詳しく教えてもらえませんか?」
「わかったよ。まず、その日はあたしがフルートを部室に忘れちゃってさ、家で練習したかったから取りに戻ることにしたんだよね。でも、もう学校しまっちゃってるから、こっそりとね」
閉校時間ぎりぎりまで練習していたんだろう。
吹奏楽部も大会やらが近いし、練習にも熱が入るというものだ。
「流石に一人は怖くってさ、友達も一緒に来てもらったんだよね。で、何とか八時半ぐらいには学校に戻ってきて、裏門から侵入したんだ」
うちの学校の裏門は扉こそあるものの、ちょっと頑張れば乗り越えられるぐらいの高さだ。
一般女子でも乗り越えることはできる。
「そんでね、部室について、フルートはあったんだ。問題はそこから」
「なにか妙なことでも?」
われながら馬鹿馬鹿しい質問だとは思う。
僕に話が来ているのだから当然のように妙なことには遭遇しているはずだ。
しかし、話の潤滑剤としては悪くないだろう。
「遠くから歌が聞こえてきたんだよね」
「歌?」
「そう、日本語じゃなかったけど、間違いなく歌」
……歌。
夜の学校で歌なんて聞こえてきたら普通の人なら逃げるんじゃないんか?
「流石にちょっと不気味だって思ったんだけど、ほら、こっちは人数がいるし、知ってる学校の中だからね。ちょっと見てみようよって話になってさ。行ってみたんだよね。歌声のするほうに」
この人、ホラー映画の登場人物なら真っ先に死ぬタイプだ。
「そんでさ、聞こえてきたグラウンドのほうに行ってみたらね。歌ってたんだよ。端っこにあった石像が、グラウンドの中央で」
「……どんな様子でしたか?」
「あー、なんかやたらに大げさな動きをしてたかな。なんていうか自分に酔ってる、みたいな?」
酔うのか? 石像。
……これは、ゴーレムの可能性も出てきた。
夏休みに僕はゴーレムの権威と呼ばれている魔術師に出会っている。
その時にゴーレムについては聞いているから、多少は知っているつもりだ。
今回は室長の手を借りるほどのことではないかもしれない。
ゴーレムなら対処できる。
というか、その前に。
「……それ、人間なんじゃないですか?」
「え?」
きょとんとする村川先輩。
「いや、あのアホな石像に似た格好をした人間だったんじゃないですか? それなら別に動いていても不思議じゃないですし」
たんなる悪戯。
今まで僕の学校にあった石像がゴーレムで、その上、いきなり起動して歌って踊るようになった、ということよりもこちらのほうがしっくりくる。
「うーん。いや、やっぱりあれは間違いなく本物の石像だったよ」
村川先輩は食い下がってくる。
「なんでそんなことが言えるんですか。直接触ったわけでもないんでしょう?」
「そうなんだよね。あたしたちもすっごい近くで見たってわけじゃない。でもさ」
村川先輩は一度言葉を切る。
それはもしかしたら、恐怖を思い出したからなのかもしれなかった。
「……あたしたちがグラウンドの真ん中で歌ってる石像を見た時、もともとあった台座に石像はなかったんだよね」




