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第九怪

 十月も半ばを過ぎた。


 月末には文化祭があるので、僕たちも多少はその準備に追われることになる。


 文化系の部活動はここぞとばかりにはりきり、遅くまで学校に残っては用務員に追い出されるということを繰り返しているらしい。


 僕には関係ないが。


 ちなみに、僕のクラスは伊勢堂のスイーツ評論展示、という訳の分からない代物をやる。


 発案者は笠酒寄。


 女子のほぼ全員の票を集め、多少の男子票も獲得した『それ』はつつがなく準備が進んでいる。


 とはいっても、伊勢堂の商品を買ってきて、食べて、あーだこーだ感想を述べて、評価して、まとめるだけだが。


 楽で助かる。


 僕のことだから、みょうちきりんな代物が持ち込まれて、それが『怪』の引き金になるんじゃないかと心配していたのだが、食べて消費してしまうお菓子なら問題ないだろう。


 平和が一番だ。


 そんなわけで、僕は今現在、安寧な日々を謳歌しているのだった。


 平和サイコー。そして、昼休みサイコー。


 「……お久しぶり、空木君」


 「のわぁっ!」


 完全に気を抜いている状態でいきなり後ろから声をかけられたものだから、驚いてしまった。


 座ったままで勢いよく振り返ると、そこにいたのは(もも)()()結花(ゆか)先輩だった。


 以前に彼女の『怪』に関わって以来、交流がなかったのだが、同じ学校なのだから、遭遇しても不思議じゃない。


 しかし、おかしいこともある。


 「ここ、一年生の教室なんですけど」


 「私、影が薄いからあんまり人に気付かれることがないの」


 聞きたいのはそういうことじゃないのだが。


 どうも幽霊を連想させるのは『怪』は関係なくて、もともとだったらしい。


 こうやって目の前にいるのに、どこか存在感が希薄だ。


 「いや、そうじゃなくてですね。なんで桃ノ瀬先輩が一年生の教室にいて、僕に声をかけてきたのかってことですよ」


 とても嫌な予感がする。


 具体的に言うと、『怪』絡みの予感がする。


 こういう感じで僕の元に人がやってくるときにはその可能性が高い。


 「ちょっと、空木君に聞いてもらいたい話があるのよ」


 ほらきた。


 予想通り過ぎてむしろ安心してしまう。


 「それじゃあ、ちょっと場所を変えましょうか。他の人もいますから」


 僕のほかにも教室には生徒がいる。


 放課後じゃなくて、昼休みなので当然なのだが。


 『怪』関係の話は一般人の耳に入れないほうがいいだろう。


 「その必要はないわ。ちょっとした噂になっている話だから。たぶん、この教室にいる生徒も何人かは知っているんじゃないかしら」


 なるほど。


 百怪対策室の助手のくせに、噂話に鈍い僕のためにわざわざ知らせに来てくれたというわけだ。


 ありがたいような、そうでないような。微妙なところだ。


 「はあ、それならこのままで聞かせてもらいます」


 立ったまま話してもらうのもアレなので、隣の席の五里(ごり)(づか)の椅子に座ってもらう。


 あいつ、昼休みはいつもどこかに行っているからいいだろう。


 「それじゃあ、お聞かせ願えますか? その、噂になってる話とやらを」


 姿勢よく座って、桃ノ瀬先輩は口を開いた。


 「グラウンドの端に石像があるでしょ? 夜になると、あの石像が学校の各所で歌って踊っているわ」


 ……またシュールな。


 桃ノ瀬先輩はそれ以上なにも言わない。


 「え、終わりですか?」


 「詳しく言うならもっといろいろあるんだけど、要点はこれだけね」


 涼しい顔のままで桃ノ瀬先輩はそうおっしゃる。


 要点過ぎる。


 とりあえず、少しぐらいは詳細を把握しておかないと室長に話を持って行ったときに何を言われるのかわからない。


 「えっと、すいません。いくつか質問します」


 「どうぞ」


 僕が百怪対策室の助手じゃなかったらお帰り願っているところだ。


 「まずは、場所。そして、時間。最後に信ぴょう性ですね」


 「場所はここ、弐朔(にのり)高校の各所。時間は夜。具体的には午後八時過ぎから。信ぴょう性は……そうね、何人か目撃者がいるわ。その子たちが嘘を吐いていないことは私が保証してもいいわ」


 保証してもいいとは大きく出たものだ。


 「知り合いなんですか? 目撃者とは」


 「吹奏楽部の後輩なのよ。一人がうっかり楽器を忘れちゃったらしくて、こっそりと学校に侵入した時に目撃したらしいの」


 さらっと後輩の悪事を大っぴらにしていく先輩ってどうなんだろう。


 っていうか、吹奏楽部だったんですね、先輩。


 なるほど。知り合いということはたしかに、信じてあげたくもなるだろう。


 「う「嘘を吐いている可能性は考えたわ。でも、あれが演技なら大したものね。それに、吹奏楽部の子たち以外にも目撃者はいるの」


 割り込まれた。


 桃ノ瀬先輩もなかなか、いい性格をしているようだ。


 だが、肝心の『怪』についてはまだわからないことがある。


 「なぜ、歌って踊っているのが中庭の石像だって、目撃者はわかったんですか?」


 「あの変な頭を見間違えると思う?」


 ちなみに、グラウンドの端に立っている石像の頭を表現するならウニだ。


 正直、なんのモニュメントなのかさえもわからない。ちょうど人間サイズの人型の像の頭部だけが、ウニみたいな棘が何本も生えているという斬新過ぎて、あと数世紀はブームが来ないようなデザインだ。


 ……なるほど。見間違えることはないか。


 だとすると、目撃者に直接話を聞いてみたほうがいいかもしれない。


 本当に石像が動いて、というか歌って踊っているなら、立派な『怪』だ。


 「わかりました。とりあえず、まずは目撃者に話を聞いてみたいので、その動いている石像を見たっていう吹奏楽部の人たちに話を聞けませんか?」


 「わかったわ。放課後に吹奏楽部の部室に来てちょうだい。今日は顧問の先生がお休みだから多少は練習をしてなくても問題ないわ」


 桃ノ瀬先輩は丁寧に座っていた椅子を元の位置に戻すと、音もたてずに教室から去って行った。



 昼休みはあと十分になってしまっていた。

 


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