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第八怪 その5

 そもそも、僕はグレムリンというものをよく知っているわけじゃない。


 なんとなく、昔の映画でそんなのがあったような気がするだけだ。


 もっと可愛い感じの容姿をしていたと思うのだが……


 「思ってたよりもキモいんですね。グレムリンって」


 「キミが言っているのは映画の中のグレムリンだろう? しかも大人しいほうの」


 あれにもキモいやつは登場するぞ、などと室長は恐ろしいことを言う。


 なにぶん、記憶に残っているのもおぼろげなので、いままでハートフル異種間交流ものだと思っていた。


 記憶の改ざんというやつは怖い。


 「そもそも、なんなんですか? グレムリンって」


 「妖精の一種だ。有名になりだしてからの日は浅いがな」


 グレムリンの背中を踏みつけながら室長が解説してくれる。


 ちょいちょい力を入れているらしく、時々グレムリンから悲鳴らしきものが上がっている。


 「そもそもこいつらは飛行機に悪戯をする妖精なんだ。元々はちがうことをしていた可能性があるんだが、どうにも高速移動するモノに対して強い好奇心を持っているらしい」


 羽はあるみたいだし、空を飛ぶのはお手のものなのだろう。


 「飛行機でトラブルがあったらどうなるかは想像できるだろう? こいつらにとってはほんの悪戯に過ぎないのかもしれないが、乗っている人間には洒落(しゃれ)にならない。だから、大規模な掃討(そうとう)作戦が何度も行われているんだが、絶滅は難しい」


 広い空を逃げ回る妖精、しかも飛行機に悪戯できるようなら相当なスピードで飛べるのだろう。


 そんなのを捕まえるのはたしかに難しい。


 「本来は日本の風土にはなじまない種族なんだが、何かの間違いで適応してしまったんだろうな。そして、このトンネルをねぐらにしたというわけだろう」


 トンネルで飛行機は飛ばない。


 ということは高速移動するモノ、となると、クルマぐらいしかないわけだ。


 「でも、それなら楠原さん以外にも被害にあっている人はいるんじゃないですか?」


 「普通の速度のクルマならこいつらは気にも留めない。アホみたいにアクセル吹かしてぶっとばしていない限りはな」


 アクセル全開で突入した、という楠原さんの言葉を思い出す。


 速度制限は守ろう。僕はそう思った。


 「でも、なんでまた手形を残すなんて悪戯になったんですか?」


 「わからん。妖精の考えることなんてものに論理性を求めるな。頭が痛くなるだけだ」


 確かに、頭が痛くなってくる。


 しかし、これは訊いておかないといけないだろう。


 「それ、どうするんですか?」


 「こうする。氷棺(アイス・コフィン)


 一瞬で、グレムリンが氷の塊に閉じ込められてしまった。


 少しばかり室長の靴も巻き込まれてしまい、結局、室長は靴を脱ぐことになった。


 「殺したんですか?」


 「このぐらいじゃくたばらん。統魔で詳しく調べてもらう必要があるからな、こいつは」


 あわれ、グレムリンは統魔で研究されてしまうらしい。合掌。


 ……結局、氷漬けになったグレムリンは僕がクルマに運んだ。


 そのあと、楠原さんのところまで戻って、『怪』の正体がグレムリンであったこと、元凶は退治というか氷漬けになってしまったので、もう心配はないことを伝えて僕たちは百怪対策室に帰ってきた。


 室長は統魔にグレムリンを届けに行ってくるらしく、でかけてしまった。


 室長が出かけるので百怪対策室からは追い出されてしまった僕と笠酒寄は、なんとももどかしいやりとりをしながら帰路についた。











 午前五時。マジカルカントリー店内。


 ほんの一時間前までの喧騒(けんそう)が嘘のように店内は静まり返っていた。


 アルコールの残り香だけが未練がましく残っている。


 からん、と入り口のドアに据えられたベルが鳴った


 「あら、ごめんなさい。もう閉店なの……って、ヴィッキーじゃない」


 入口に立っていたのは百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーだった。


 いつものジャージに白衣を羽織り、手には大きめのボストンバッグを提げている


 一直線にヴィクトリアはカウンター席に座る。


 「お前の元カノの『怪』は解決した。クルマにつけられた手形は自分で落としてもらうしかないがな」


 「あら、それじゃあ犯人はわかったのね。なんだったの?」


 「コイツだ」


 ヴィクトリアはカウンターの上にボストンバッグを乗せて、ジッパーを開ける。


 中には氷漬けになったグレムリンが入っていた。


 「グレムリン? 妙ね。日本にはいないはずでしょ」


 「ああ、コダマ達には誤魔化したが、こいつらは縄張り意識が非常に強い。自分たちの領域からは決して出ようとしないはずだ。だからトンネルを私だけで調べてみた。見ろ」


 ヴィクトリアは白衣のポケットから何枚かの写真を取り出してカウンターの上に並べる。


 トンネルの壁を写したと思われるそれらの写真には、どれも奇妙な図形が写っていた。


 「召喚陣? でも、見たことない形式ね」


 「当然だ。これは統魔が魔術を統合する際に廃止した術式だからな。統魔でしか魔術を学んでいない若い魔術師は知らないはずだ」


 「……永く生きてる魔術師、もしくは統魔に属してない魔術師が一枚噛んでるってことかしら?」


 「可能性は高い。気を付けろ、八久郎。目的が見えない存在は厄介だからな」


 「そうね。アタシの方でも調査はしてみるわ」


 頼む、と呟いてヴィクトリアはジッパーを閉め、写真をしまう。


 「そういえば、この召喚陣はどうしたの? そのままなわけじゃないでしょ?」


 「壁ごと削ってきた」


 「荒っぽいわねえ……」


 ヴィクトリアはカウンター席から離れると、奥にある扉に向かう。


 統魔日本支部の建物につながっている扉だ。


 「ヴィッキー。アンタは守るべきものがあるんでしょ? それだけはちゃんと守んないとダメよ」


 ドアノブに手をかけたところで八久郎がヴィクトリアのほうを見ずに言った。


 「……当然だ。私を誰だと思っている。略奪者(りゃくだつしゃ)と恐れられていたヴィクトリア・L・ラングナーだぞ。私は欲が深い。大切なものは渡さない」


 振り向かずにそう言って、ヴィクトリアは扉の向こうに消えた。


 マジカルカントリーに残った八久郎はひとりごちる。


 「……アタシはアンタと戦いたくないの。だから、過去に捕らわれないで、現在を見なさいよ。思い出は大事だけど、今のアンタはもっと大事なものがあるでしょ」


 答える者はいなかった。


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