第八怪 その3
……二日前の夜だったんだけど、アタシ、峠を攻めてたんだよね。
え? 大体百キロぐらい。
何よ少年、その目は。
いいじゃない。
とにかく、アタシはただクルマを運転してたの。
そしたらさ、トンネルが見えてきたの。
知ってるかな? 曽呂トンネルっていうんだけど。
で、アタシはトンネルに突入するときには最高にぶっ飛ばして入るのが好きなの。
だから、思いっきりアクセル吹かして突入したわけよ。
聞いたことがないんなら知らないと思うんだけど、あのトンネルって結構長いんだよね。
抜けるのには、飛ばしても五分ぐらいはかかるんだ。
で、入ってすぐだったと思うんだよね。
クルマの上から変な音がしてきたんだよ。
ぺたん、ぺたん、って。
何かがクルマの上を歩いているみたいな、ね。
初めはアタシも気づかなかったんだけどさ。
運転席の真上まできたら気づいたんだよね。
ぞっとしたよ。
時速百キロ以上で移動する物体の上にいるモノって何?
そう考えたら、もうビビっちゃってさ。
振り切ってやろうと思って、アクセル全開にしたんだけどさ、音は消えないの。
時速百五十キロだよ?
そんな速度でも音は相変わらずしてた。
ぺたん、ぺたん、ってね。
ちょっとずつ移動しているみたいで、だんだん運転席の真上からは遠ざかって行ったんだけど、そのうちにドアのほうに近づいてきたんだよね。
もう頭真っ白でさ。
ひたすらアクセル踏み込んでトンネルが終わることを祈ってたよ。
で、唐突に音が止んだの。
気づいたらアタシはトンネルを抜けてた。
でもさ、流石にそのまま運転する気力はなくて、路肩にクルマを停めたんだ。
音がついてきてないことに安心して、そしたら外の空気が吸いたくなって。
ドアを開けて、外に出たんだよ。
山の中だから真っ暗でさ。
一応、クルマに異常がないかスマホのライトで照らしてみたらさ。
見たのは、『これ』。
この、たくさんの手形。
……どうも、失神しちゃったみたいでさ。
そこから先は記憶にないんだよね。
目を覚ました時にはもう朝で、カラダには異常なかった。
だけど、こんなことがあっても平気でいられるぐらいに鈍感じゃないからさ。
頭ん中ひっくり返して、こんな時にまじめに話を聞いてくれそうなやつを探したのよ。
心当たりは八久郎しかなかったけどね。
連絡取るのは五年ぶりぐらいだったけど、つながってほっとしたよ。
それから、みっともないんだけど八久郎に来てもらって、一緒に帰ってきたってわけ。
しばらくは八久郎にいてもらったんだけど、アイツも仕事あるしね。
どうにかできそうなやつを紹介するからって言われて、それを待って、いままで家に引きこもってたってわけよ。
楠原さんの話は終わった。
なるほど。トンネルの中に何かがいるのか、それともトンネル自体が『怪』なのかはわからないが、高速で走るクルマに手形を残した『なにか』があるのは事実のようだ。
クルマに追い付いてくる都市伝説みたいなものがあったような気がする。
ターボババア、だったかな?
でもあれは手形なんてものを残すなんて話は聞いたことがない。
新種の『怪』なのだろうか?
室長はさっきから黙っている。
何も言わないが、その顔は少しばかり険しい。
時速百五十キロをものともしない『怪』。
流石に今回ばかりは室長の手にも余るようなモノなのだろうか?
だとしたら、統魔に報告するしかないのか。
ううむ。
「なるほど。原因は分かりませんが、犯人はわかりました」
突然、室長がそんなことを言った。
「ホントに? 一体どんなヤツがやったのよ」
楠原さんは少しばかり疑わしそうだ。
「そうですね。確定はしていないので、断言はできませんが。十中八九間違ないでしょう」
解決してから報告に上がります。
そう告げて、室長はガレージの出口の方に歩き出す。
僕は未だにエアロパーツに夢中の笠酒寄を小突いて、楠原さんに一礼してから室長について行った。
ガレージから出て、再び室長のクルマに乗り込む。僕と笠酒寄は後部座席だ。
「室長、ちょっと待ってくださいよ。せめて僕たちには説明ぐらいはしてくれてもいいんじゃないですか?」
「言っただろう? 私にも確信がないんだ。それに説明してもコダマや笠酒寄クンにできることは変わらないからな」
冷たい。
「うーん。あの手形、小さかったし。犯人は妖精さんとかですか?」
……笠酒寄、妖精さんがあんなホラーな所業をすると思っているのか? お前は。
「鋭いな、笠酒寄クン。コダマよりもよっぽど助手みたいだな」
室長は後部座席の僕らを見ながらニヤリと笑った。




