第八怪 その2
「ホントにアンタ等が専門家?」
きつめの顔立ちに、ロングの茶髪。
すらっとしたスタイルの美人は訝しげにそんなことを訊いてきた。
八久郎さんの頼みを受けて、すぐに僕たちは室長のクルマで出発した。
教えられた場所に到着して、玄関を開けてもらっての第一声である。
当然だろう。
怪しげな現象の専門家と聞いて、蓋を開けてみたら成人さえしてないような三人(二人は本当にしてないが)が現れたのだから。
特に、一番年下に見える室長が偉そうなのは怪しすぎる。
僕なら詐欺を疑う。
依頼人の女性は、そういったごく一般的な反応を示してくれた。
「ええ、ええ。そういったことはよく言われますが、奇妙なモノの専門家なら多少奇妙でも当然だとは思いませんか?」
室長の理屈はおかしい。
「……八久郎の知り合いだし、そうかもね」
納得してしまった。
八久郎さんがどういう扱いなのかがわかる。
「えっと、アタシは日夏。楠原日夏。よろしく」
「百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーです。こっちは助手の空木コダマ。こっちはコダマの彼女の笠酒寄クンです」
余計なことを紹介しないでください。
とはいえ、紹介されて何もしないのも失礼なので、僕も笠酒寄もぺこりと頭を下げる。
「……青春ね。まあいいけど」
呆れられている気がする。
耐えろ、僕。
「では、お話を聞かせていただきたいのですが、どちらがよろしいでしょうか?」
「直接見てもらったほうが早いし、ガレージでお願いしようかな」
「ではそちらで」
すたすたと歩いていく室長と楠原さんを追って、僕と笠酒寄も歩き出した。
なるほど、これはたしかに『怪』だ。
ガレージに置かれたオレンジ色のスポーツカーを前にして僕が抱いた感想はそういうものだった。
なぜならボンネット部分を除いて、ありとあらゆる場所に小さな手形がついていた。
しかも、鮮血のように真っ赤なやつが。
これは、引く。
「ずいぶんと斬新なデザインのクルマですね」
「んなわけないでしょ! やられたのよ!」
僕の余計な一言に全力で反論してくる楠原さん。
まあ、わざとじゃないのはわかっていたんだけど、言いたくなってしまったからしょうがない。
僕と楠原さんがそんなアホなやりとりをしている間に、室長は手形を観察していた。
ちなみに笠酒寄はさっきから後ろについているでかいエアロパーツに夢中だ。
空でも飛ぶのか? このクルマ。
「どうですか、室長。何かわかりましたか?」
「そうだな、少なくとも悪霊とかの仕業じゃないことはたしかだな」
ほー。流石は専門家。
ちょっと見ただけで、そのぐらいのことはわかってしまうらしい。
「ちょっと! 嘘でしょ? こんなのを誰がやれるって言うのよ!」
「まだ、断定はできませんね。しかし、少なくとも血液でないことは確定しています」
? どう見ても血にしか見えない。
「コダマ……。少なくともこの手形がついてから、八久郎に相談がいって、私に話が来ているんだ。一日以上は経っている。それだけの時間が経過すればもっと赤黒く変色しているはずだろうが」
あ、そうか。
最近は吸血鬼の能力の影響で、出血しても固まる前に蒸発してしまっていたからすっかり忘れていた。
血は固まる。
となると、この手形は一体?
「恐らくは塗料だな。しかも速乾性の」
はあ。
となると、単なるイタズラの可能性が出てきてしまった。
この手形も、確かに人間のものにしては小さいが、そんなのはどうとでもなる。
ゴムか何かで作ればいいだけだ。
……今回はなんとも拍子抜けの結果になりそうだ。
「……無理よ。だって、『それ』をやられたのは時速百五十キロで走っている時よ」
楠原さんは走り屋でいらっしゃるようだ。
交通法規は守ってほしいものだが、そっちは警察の仕事なので、僕たちには関係ない。
「なるほど。その速度で、走行中のクルマにこれだけの手形をつけられるのはたしかに奇妙な出来事ですね。よければ、話していただけませんか? それが手がかりになるかもしれません」
言った後に顎に手を当てて考え始める室長。
やっと今回の『怪』が見えてきた。
百五十キロで走るクルマにつけられた無数の手形。
B級ホラーだ。
しかし、確かに『怪』だ。
「わかったわよ……。でも、信じられない話よ?」
「私たちはそういった信じられない話の専門家ですよ」
ふう、と楠原さんは小さく息を吐く。
そして、彼女が遭遇した『怪』についての話が始まった。




