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第一怪 その5

 服従の指輪。


 製作者は『つまらんことしいのナブレズ・オズガ』。


 見た目は普通の金属製の指輪だが、魔力を付与されたいわゆるマジック・アイテムである。


 効果は指輪をはめられた者が、はめた者の命令に対して一つだけ絶対に服従してしまうというもの。


 これだけならば、本来は統一魔術研究機関においてしかるべき方法で保管されなくてはならない危険なアイテムではあるが、この効果が発動するためにはある条件がある。


 全力で戦って相手を負かして、その上で指輪をはめる、という条件である。


 この『全力で』という部分が曲者で、これは殺意を持って、かつ全力で向かってくるという意味合いになってくるらしい。


 つまりは殺す気満々の相手を殺さない程度にぼこぼこにして、一つだけ命令に従わせることができるというアイテムなのである。


 そもそも、殺す気で向かってくるような相手に対して殺さないようにぼこぼこにできる時点で絶対的な実力差があるわけだし、そんな相手にたった一つしか命令を下せないというのは労力に合わない。


 さらに言うなら、殺意を持って向かってくるような相手を命令だけして放っておくということはかなり危険だ。どんな方法で寝首をかかれるのか分かったものではない。


 明らかに格下である上に、敵対しているような奴に対してしか効果がないのだ。


 そんなわけで、このアイテムは魔力こそ本物ではあるが、これを使うぐらいなら普通に脅した方が効率的である、という判断を下され室長に二束三文で買われてしまったらしい。


 製作者にとってはなんとも不本意な結果なのではないだろうか?


 だが、今回はこれが笠酒寄の人狼に対して有効なのだ。


 この効果を用いて笠酒寄の人狼の能力の暴走状態を制御しようというのが室長の考えたプランらしい。僕は聞いていなかったので笠酒寄からの又聞きだ(結局室長は教えてくれなかった)。


 しかし、一つ問題がある。


 なぜ僕なのか?


 普通に考えたらこういったことのプロである室長が相手をするのが道理ではないのだろうか?


 しかし、そこは天下のヴィクトリア・L・ラングナー。きちんと考えはあったのだ。


 「人狼なんかと思いっきりバトルやって誰かに目撃でもされてしまったらどうする?」


 言われたのはそれだけだ。しかし、僕には理解できた。


 今回は室長が隠蔽工作というか、裏方にまわらざるを得ないのだ。


 正体不明の化け物が暴れまわっていたという噂が立ってしまったらそれ自体が新たな怪を生みかねない。室長にとっては飯のタネだが、同時に悩ましい事態でもあるのだ。


 僕としてもこの町が魑魅魍魎の溢れるカオスのるつぼと化してしまうのは避けたい。


 ゆえに今回の件では僕が笠酒寄をぶちのめすという役割を負うのが正着手になってしまうのだ。


 そういうことで一度は納得した。納得はしたものの……。


 「僕が目指しているのは平穏な生活のはずなのになぜかどんどん離れていってしまっている気がする。いいのか、これで?」


 いまだに僕は自問自答している。


 ちなみに今は百怪対策室の中ではない。笠酒寄を家に送っていく途中だ。


 「きっと空木君はバトルの女神様に気に入られているんだよ」


 なぜかちょっと嬉しそうに笠酒寄が横から言ってくる。


 「そんな血生臭い神様に気に入られたくはないな。どっちかというと僕は平穏無事に一生安泰に暮らしていけるような神様に気に入られたい」


 やけに尾をひくため息を吐きながら猫背気味になって歩いているのは非常に胡散臭く感じられるだろうが今の僕にはそのあたりを配慮している余裕はなかった。精神的に。


 「大体、なんで僕が笠酒寄を送っていかないといけないんだよ。小学生じゃないんだからおうちに帰るぐらいは一人でやってくれよ」

 「あー、ひどい。だって室長さんがこんな時間の女の子の一人歩きは危ないからって言うからこうなったんじゃない」

 「それもそうだな……」


 正直、僕の周りの存在というものはどいつもこいつも襲われても簡単に撃退してしまうような奴らばかりなのでその考えはなかった。


 特に最近は室長がらみの人物たちのせいで年齢とか性別とかいうものはまったく当てにならないということが身に染みている。


 経験というやつは役にも立つが、時には思い込みにもなってしまうらしい。


 「そういえば、なんで空木君は百怪対策室で働いているの?」


 唐突にそんな質問が笠酒寄から飛んできた。


 「別にどうでもいいことだろ」


 「ううん、気になっちゃうよ。だって空木君は普通の高校一年生じゃないの?」


 まあ、確かに普通の高校一年生はあんな怪しげな場所で働かないだろう。ファミレスとかコンビニぐらいか? しかし、僕には事情があるのだ。


 「僕は普通の高校生じゃない。君と同じでまっとうな人間じゃないんだよ」

 「そうなの? じゃあ、空木君も魔術師なの?」


 室長が魔術師ということを一体いつ聞いたのだろうか? 女子の情報伝達速度は凄まじいものだ。


 「ちがう。僕は魔術師じゃない。室長曰く、才能ゼロだってさ」

 「じゃあ、実は伝説の勇者の家系の末裔ですごい剣術の才能を秘めているとか?」


 想像の方向性が中学生男子みたいになってしまっているが、この際気にしないことにする。


 「違う違う。そんなファンタジックな方向……ではあるか、多少は」


 「どういうこと?」


 わからない、というオーラを発しながらこっちを見るのは止めてほしい。


 とはいうものの、たしかに僕は笠酒寄の言っていることを否定しているだけでなにも説明はしていない。


 「あー、そうだなー。見てもらうのが一番わかりやすいか」


 とりあえず運動能力を示すのは他の人間に見られる可能性があるのでこっちにするか。


 僕は右手の親指の腹を思いっきり噛んで破る。


 軽くやるつもりだったのだが、思いのほか深かったらしくかなり出血する。


 「う、空木君?」

 「騒がずに見てろって」


 ベルトを通してあるポーチから取り出していたポケットティッシュで慌てずに血をふき取る。


 すると僕の親指は拭き残しの血の跡があるだけで、傷なんてまったくない状態になっていた。


 「事情があって、半分ぐらいは吸血鬼なんだよ。だから再生能力とか、運動能力とかが人間とは比べ物にならない。日光を浴びるとかゆくなっちまうけどね」


 唖然としている笠酒寄に説明してやる。


 「……いるんだね。吸血鬼って。なんかファンタジー」

 「魔術師の吸血鬼もいるけどな」


 しかもヘビースモーカーで悪戯好きで性格が悪くて無駄に偉そうな。


 そんなどうでもいい話をしながら十五分ほど歩いたころだった。


 突然、笠酒寄が歩みを止めた。


 「なんだよ? 突然地面から瞬間接着剤でも湧いてきたのか?」

 「違うよ。ここだよ。私の家。っていうか瞬間接着剤が湧いてくるって。それって立派な『怪』になるんじゃない?」


 それもそうだな、なんてことを思いながら笠酒寄の立っている右側を見るとそこそこ立派な一軒家が建っていた。


 どうやら割とお嬢様であらせられるようだ。


「んじゃ、またあとでな」


 お役御免となった僕はとっとと家路につくことにする。


 とはいっても数時間後には出ることになるのだが。


 一旦は家に戻ってアリバイを作っておかなくてはならない。


 ただでさえ最近は百怪対策室関係で家にいないので親に小言を言われることが増えているのだ。こっそりと抜け出すぐらいの小細工は弄しておいた方がいいだろう。主に家庭内の立場的に。


 「うん。きっと私をぼこぼこにしてね」


 笑顔で言わないでほしい。っていうか人が聞いているかもしれないのにそういう発言は控えてほしい。お前の両親とかに今のセリフ聞かれたら僕はかなり厄介なことになると思うんだが。


 だけど、その笑顔は百怪対策室に行く前の顔に比べたら僕は好きだ。

 



 深夜。午前二時十五分前。


 草木も寝静まる丑三つ時。


 二階の僕の部屋の窓から飛び降りて、家からの脱出に成功した。


 無駄に回転を入れてしまったのは深夜ゆえの変なテンションのせいだろう。


 ともあれ、向かう先は笠酒寄と待ち合わせていたあの稲木公園だ。





 午前二時五分前。


 約束の時間には五分速いが、すでに入り口には室長がいた。


 「珍しいな、コダマ。時間通りに来るなんて。これは明日あたりにグングニルが降るな」

 「人を勝手に遅刻魔みたいに言うのは止めてくれますか。っていうかさらっと無茶苦茶なものを降らせないでください」


 人類をどうしたいんだこの人は。


 深夜、ということもあるのだろうが稲木公園は静まり返っている。その上に人影もまったく見当たらない。まあ、いても困るが。


 「笠酒寄はまだみたいですね」


 室長の姿しか見えないので確認をとってみる。


 「ん? 笠酒寄クンならもう中だ。いまごろ準備万端でキミを待っているだろうな」

 「はい? どういうことですか?」


 何をするのか、ということに関しては結局、稲木公園で午前二時に笠酒寄をぼこぼこにする、ということしか僕は知らないのでなぜ先に笠酒寄が中にいるのかわからない。


 「どういうことって、完全に人狼化した状態じゃないと笠酒寄クンの全力が発揮できないだろうが」

 「そんなに人狼化って時間がかかるんですか?」

 「本来はそうでもないんだが、今日は条件がそろってないからな。無理やりに完全変身をするのには時間がかかるんだ」

 「じゃあ、もしかしてけっこう室長はここで待ってたんですか?」

 「そうだな。結界を張る準備も含めるとざっと六時間ぐらいか」


 どうやら、室長は室長なりに今回の件に関して骨を折ってくれているようだ。


 室長の専門は付与系列の魔術だということだったし、結界は得意じゃないというようなことも前に聞いたことがある。


 それでもやってくれたのだ。


 だったら、僕もやることはやらなくちゃならないだろう。


 「室長、張ってくれた結界はどのくらいまで大丈夫なんですか?」


 室長はふふんと鼻をならして答えた。


 「安心しろ。ここで私が維持している限りは、中に誰も入れないし出られない。音すらも行き来できない強力なのを張ったからな」

 「それ、僕が入れなくないですか?」

 「だからキミは午前二時に来いと言ったんだ。結界が安定している今なら人ひとりが通るぶんの隙間ぐらいは作れる」


 なるほど。単にたまには外で思いっきりタバコが喫いたいとかいう理由だけではなかったようだ。だが、野外用の灰皿まで持ってきているのはどうかと思う。野外の喫煙所とかにあるやつだろう、あれは。気にするだけ負けかもしれないが。


 「ありがとうございます、室長。頑張って人狼を解決してきますよ」


 「指輪はきちんと持ったか?」


 「持ちました」


 指輪はいま僕の左手の中指にはまっている。


 「あきらめない根性と熱いソウルはどうだ?」


 「……必須じゃないですよね? ソレ」

 「必須じゃないが、あると便利だ」

 「努力します」


 いつもの軽口も、今だけは緊張をほぐすために行ってくれるように感じる。


 午前二時三十秒前。


 「室長」

 「なんだ?」


 「僕は笠酒寄に勝てますか?」


 結局のところ、僕はこれが不安だったのだろう。

 人狼化した笠酒寄に僕が負けたら、計画はおじゃんだ。成功か失敗かは僕にすべてかかっている。そんな責任を負うようなことは苦手なのだ。


 「ふん、所詮は人狼。キミが本気をだしたら楽勝だ」


 小馬鹿にしたような言い方だったが、その一言に僕はなによりも頼もしさを感じた。


 「二時だ。行ってこい」


 室長が軽く指を振ると公園の入り口のあたりの空間がほんのわずかに揺らいだ。


 それを確認して僕は稲木公園に足を踏み入れた。

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