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だいななかい そのさん

 「た、助けてくれ! 僕は君に危害を加えようだなんてこれっぽちも思ってやしないんだ! さっきみたいに殴られて宙を舞う羽目になってしまうのは勘弁してほしい! この通りだ! 頼む!」


 とっても情けない声で助けを求めた後に空木君はそんな風にまくし立ててきた。


 う~ん。なんだか今日の空木君は空木君じゃないみたい。


 こんなことを言う人じゃなかったし、なによりも空木君はちょっと殴られたぐらいじゃ動じない。ヴィクトリアさんに色々な実験に付き合わせられて耐性ができてるって言っていたぐらいだ。というかまずわたしのことがわかってないみたいだし。


 わたしの脳内コンピュータがカシャカシャ音を立てて計算を始める。


 ちょっと数学系に関しては鈍いけど、カンは鋭い方なので計算結果が出るのに時間はかからなかった。


 この空木君は偽物だ!


 見た目は本物の空木君そっくりだけど、きっとそっくりになれる『怪』なんだと思う。


 というわけで正体を暴く。


 えい。


 ぱきんと軽い音がしてわたしが捻った偽物空木君の右の小指が折れる。


 「ぎゃああああああああああ!」


 偽物は大げさに騒ぐけど、わたしは動じない。


 本物の空木君ならともかく、偽物の『怪』なんかにはわたしは情けをかけない。


 冷静に対処することが『怪』に対峙した時の基本だ。そのくらいのことはわたしもわかってる。だからわ

たしは容赦しないし、指も折っちゃう。


 そしてヴィクトリアさんのように冷静に質問する。


 「あなた誰? 空木君じゃないでしょ。他の人にはわかんなくてもわたしにはわかるんだから。だってわたしは空木君の彼女なんだからね!」


 最後のほうはちょっと冷静じゃなかったかもしれないけど、一応言いたいことは言えた。


 なので満足。


 あとは偽物が指を折られた痛みから少しぐらいは立ち直ったところでもう一か所ぐらいは怪我させておいたら完璧だと思う。


 手を放して見ておく。


 偽物はしばらくじたばたしていたけど、一分もしないうちにわたしにびしっ! っと右の人差し指を突きつけてきた。


 「な、なんなんだ君は! こんな暴力を振るうだなんて本当に人間なのか? 信じられない。ここまで俗世(ぞくせ)の人間が野蛮になってしまっているだなんて!」

 「ぞくせとか難しい言葉はよくわかんないけど、偽物にかける情けはな……い、よ?」


 こっちを指さす偽物の指を見てわたしは気付いた。


 治ってる。


 さっき折った小指がもう元通りに治ってちゃんと曲がるようになってる。


 普通の回復力でそんなことはあり得ない。


 もしかしてとっても治るのが早い能力を持った『怪』なのかもしれないとも思ったけど、それならこんなに取り乱すのはおかしいと思う。 


 頭のどっかに何かが引っかかってる。


 何なのかはわからないけど、そのままはまずい気がする。


 う~ん。


 わたしは手を(あご)に当てて考える。ちょっと首をひねっておくのが女子的には可愛いポイントだ。


 この『怪』の正体はなんだろう?


 姿は空木君にそっくりで、しかも再生能力まで持ってる。


 でも、空木君じゃない。


 空木君はこんな言動はしないし、なによりもわたしのことがわかってないみたいだ。


 変身出来て、そのうえに再生能力もある『怪』?


 そういう可能性もあるだろうけど、それだとなんで空木君に変身しているのかがわからない。


 それに、本物の空木君がどこに行ってしまったのかということもわからない。


 ああ、空木君。会いたいよ。


 わたし一人じゃこの『怪』はちょっと手に余る。


 わたし一人?


 そうだ! ヴィクトリアさんに訊いてみよう。


 ヴィクトリアさんならきっと正体を暴いてくれるに違いない!


 ヴィクトリアさんは太陽が出ている間は外に出たがらないから百怪対策室に連れていかないといけないだろうけど、しょうがない。


 こんな危ない『怪』は放ってはおけない。


 というわけでわたしは偽物の手首をつかむ。


 「な、なにをする気だ! 今度は手首を折るつもりか? 悪いことはいわないからそんな狼藉(ろうぜき)はやめて針仕事でもするんだね! これは年長者からの忠告だよ!」


 なんか言ってるけど気にしない。


 そのまま引っ張っていく。


 普通の女子なら男子を引っ張っていくなんてことは難しいかもしれないけど、わたしは人狼の力で身体能力も普段から高くなってる。


 ずるずるとこのまま引きずっていくこともできると思う。


 幸いなことに偽物はなんとか立ってついてきてくれたから廊下を引きずっていくことにはならないみたいだった。


 わたしも学校で男子を引きずっていた女子、という風に見られてしまうのはちょっと嫌なので助かる。


 そうやって保健室の出入り口にまで来た時だった。


 ドアが音を立てて開いた。


 保健室の外には女子が一人立っていた。


 セーラー服の襟に入っているラインが緑色だからたぶん二年生だ。


 気分が悪くなった人なら早く休ませてあげないといけないな、と思ってわたしは道を(ゆず)る。


 二年生の女子は少しの間きょろきょろと保健室の中を見回していたけど、そのうちにわたしが手首をつかんでいる偽物の空木君に目を止めた。


 「ああ、あなた! 会いたかったわ!」


 あなた?


 わたしがまたもや疑問符を浮かべていると、二年生の女子は偽物空木君に駆け寄ってその手を取った。


 右手はわたしがつかんでいるから左手の方だったけど、なんていうか恋人の手を取る感じだった。


 偽物でも、姿は空木君なのでちょっとわたしはむっとする。


 「ああ、姫……本物の姫なのかい? 僕は君に会うためにひどい目に遇ってしまったんだよ。でもそれも今こうして君に会えたんだからすべてが報われたよ……」

 「わたしもよ、あなた。わたしもここまでくるに艱難辛苦の嵐だったわ。でもそれもひとえにあなたに会うためよ」


 ……なんだか新しい登場人物はこの『怪』の知り合いみたいだ。


 っていうか『姫』みたいだ。


 しかもらぶらぶな雰囲気を醸し出している。


 わたしはまだ空木君とそんなことしてないのに。


 でもちょうどいいかもしれない。


 このまま二人とも連れていこう。


 まとめてヴィクトリアさんに解決してもらおうっと。


 がしっとわたしは空いてる方の手で二年生の女子の襟首(えりくび)をつかむ。


 「え? なにかしら?」

 「一緒に来て。逃がさないけど」

 「な、なにをおっしゃっているのかしら? わたしは愛しい人と一緒に過ごさないといけないのよ。あなたなんかに構っている暇は……」

 「いいからついてきて。あなた達を放っておくとまずい気がするの」


 ずるずる。


 片手で手首をつかんで、もう片方で襟首をつかんでわたしは昇降口に向かっていった。


 二人ともなんだか抗議してたけど知らない。


 わたしは早く空木君に会いたいし、目の前でいちゃつかれるのはなんだかむっとしてしまう。


 ……気分は犯罪者を連行する警察官だった。



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