第六怪 その3
同じ壁が何度も現れる。
しかも先ほどは存在していなかった場所にまであるというのは立派な『怪』だ。
まさか単なるお使いでこんなことになってしまうだなんて思ってもみなかった。
「笠酒寄、お前はこれが『怪』だと思うか?」
「……うん。流石にこれはないよね」
同意を得られてうれしい。
が、しかし、今はこの状況を打開することの方が先決か。
とりあえず、ぶっ壊すか。
僕は壁の前に立つ。
見た目には単なるブロック塀にしか見えない。
高さが少しばかりあるのは異常かもしれないが、特別なものを感じるかというとそんなことはない。
構成しているのが普通のブロック塀なら破壊するのは簡単だ。
向こう側に何があるのかはわからないが、とりあえずさっきは通り道だったのだから民家があるなんてことはないだろう。
「ふっ!」
鋭く息を吐きながら蹴りを放つ。
しかし、僕の右足がブロック塀に当たることはなかった。
当たる寸前に蹴りは止まった。いや、僕が止めたかのようだった。
もちろん僕にはそんな意思はみじんもない。
なんなら全部ぶっ壊してやる、とまで思っていたぐらいだ。
それなのにできなかった。
いや、やらなかったのか?
わからない。
とっさに何かしらの反撃が来るかもしれないと思って後ろに飛んでブロック塀から距離をとる。
……笠酒寄から見たらさぞかし間抜けな光景だったことだろう。
「空木君、どうしたの?」
心配そうに笠酒寄も声をかけてくる。
どうもしてない、と言いたいところだが、言えない。
この塀自体になにかしらの仕掛けがしてあるのか、それとも……。
考えてもわかるものではないだろう。
所詮は高校生の浅知恵だ。
「いや、僕自身はどうもしてないけど、これは僕たちの手に負える代物じゃないみたいだ。室長に連絡しよう」
こういうことに関しては専門家を頼るに限る。
僕は鞄からスマホを取り出すと室長の番号を呼び出して即かける。
四コールでつながった。
『どうしたコダマ。伊勢堂の新製品が売り切れていたのか? その場合にはチョコ&カスタードシューを六個買ってこい。配分は私が四つ、笠酒寄クンが二つだ』
「僕の分はどうなったんですか? ……ってそうじゃなくて! 室長大変です。『怪』がでました」
自分の専門のことよりも先に伊勢堂の新製品を心配しているあたりは室長らしいといえなくもないだろうが、今まさに渦中の人物である僕には少しばかりいらだたしかった。
……たぶん室長はわかってやっているだろうが。
『依頼人の話を聞いたら百怪対策室に来い。解決はそれからだな』
「今回遭遇したのは僕と笠酒寄です。ちなみに解決しないとたぶん伊勢堂には行けません」
『なるほど。閉じ込める系、もしくは迷わせる系か。あと考えられるのは空間転移系だが、最後のやつは可能性が低いだろうな。そんな術式を組んだらわかるし、そもそも携帯が通じるとは思えないからな』
話が早くて助かる。
その理由が助手の僕と知り合いの笠酒寄を心配して、というものであることを祈る。
決して、一刻も早く伊勢堂の新製品が食べたいというものではないと信じている。たぶん。
「閉じ込める系……ですね。さっきから塀に道をふさがれてます。しかもさっきまでなかった場所にまで出現しています」
ほう、と室長は電話の向こうで声を漏らす。
なにか心当たりがあるのだろうか?
「とにかく現在、僕と笠酒寄はこの区画から出ることができない状態です。どうしたらいいですか?」
電話の向こうで室長はしばらく沈黙していた。
何を考えているのかはわからない。
もしかしてこんな状況でも報酬が必要とか言い出さないだろうな?
だとしたらこちらは新製品を人質(?)にとるしかない。そんなことを考えた。
数十秒の沈黙の後に室長は口を開いた。
「コダマ、笠酒寄クンにはどんなモノが見えているのか訊いてみるんだな」
ぶつり。
そんなアドバイスのような、皮肉のような一言を最後に室長との通話は切れてしまった。
「……なんなんだ、それ?」
わけがわからない。
しかし、意味もなくそう言ったことをさせようとする人ではない。
特に『怪』が関わっているのならば室長は割と真剣だ。
一応指示には従ってみたほうがいいだろう。
「なあ、笠酒寄。お前もこの塀が見えているよな?」
「う、うん。見えてるよ」
見えているようだ。
嘘はついていないだろう。そんなことをしている状況ではないことぐらいは笠酒寄もわかっている。
となると、室長は何が言いたかったのだろうか?
ふと、僕は気づいてしまった。
塀のほうを見る笠酒寄の視線がなんだか中途半端な場所にあるということに。
視線の先を追っていくと三メートルぐらいはあるコンクリートのブロック塀の地上から三分の二ぐらいの場所になる。
……そんな場所を眺めてどうしたっていうんだ?
何か妙な点でも見つけたのだろうか?
気になる。
「なあ、どうした? 何かあったのか?」
僕の声にハッとしたように笠酒寄はこっちを見る。
それから再び塀のほうを向いて、そのまましゃべり始めた。
「えっとね。このぐらいの高さだったら、普通にジャンプして乗り越えられないかなって」
まあ、なりそこないの吸血鬼と人狼なら可能なのかもしれない。
しかし、人に見られる可能性のあるこの場所ではそういったことはできない。
「アイディアとしてはありなのかもしれないけど、誰に見られているのかわからないんだからやれないだろ」
「そうかな? あのぐらいの高さなら空木君ぐらいの身長の人はジャンプしたら手が届くんじゃないかな? 男の人ならジャンプしなくても届く人いると思うし」
「どんな人類だ。十倍の重力の惑星出身かよ」
「二メートルちょっとぐらいだし、いるでしょ、そのぐらい」
「は? 何言ってんだよ。明らかに三メートル以上はあるだろ。あのブロック塀は」
「え? レンガじゃない? あれは」
……なんだろう。食い違っている。
そして、それはこの『怪』において核心的な部分のような気がする。
「……笠酒寄、僕たちの行く手をさえぎるこの塀、お前にはどんな風に見えてる?」
「え? 二メートルちょっとぐらいのレンガの壁だけど?」
「本気で言ってるのか?」
「この状況で冗談は言わないよ。わたしは」
笠酒寄の目を横から見てみるが、とても冗談を言っているようなものではなかった。
なるほど。
僕には三メートルはあるブロック塀。
笠酒寄には二メートルぐらいのレンガの壁。
観測者によって見えているものが違う。
それこそがこの『怪』の重要な部分か。
しかし、どうやってここから解決に持って行ったものだろうか?
僕の頭の中は疑問符で一杯だ。
正直、どう動いていいのかさえもわからない。
そんな風に行き詰っているときに僕のスマホが着信音を奏でた。
表示されている名前は室長だった。




