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第六怪 

 人間の記憶なんていうものはいい加減で、あいまいなものだ。


 突然に道がなくなってしまったり、道ができたとしても大して違和感を覚えないこともある。


 ある突然工事が始まって、建物ができたとしよう。出来上がった後に、以前そこに何があったのかを思い出すことはできるだろうか? 僕はできない。


 記憶は上書きされてしまって、そこにあるのは現在の姿だけだ。現実が過去を上塗りしてしまう。


 記憶に留めておくには記録しておくしかない。


 記憶は当てにならない。


 だが、この記録というやつも時には疑わなければならない。


 記録は作ることができるからだ。


 僕の住んでいる町は少しばかり古いものらしく、記録には事欠かない。


 しかしながら、僕は知ることになる。


 記録も記憶も、結局のところあてにはならないということを。





 「ねえねえ空木君、伊勢堂に新しいスイーツが出たんだって。寄って行かない?」


 授業終了後の放課後。わざわざ僕の席にまでやってきて、開口一番に笠酒寄はそんなことを言い放った。


 「行かない。今日はまっすぐ室長のところに行く」


 僕は誘いを一刀両断にする。女心? なんだそれは? 知ったことじゃない。


 「ふふーん。そうくると思って、ヴィクトリアさんに許可は貰っているんだよねー」


 誇らしげにこっちにスマホの画面を見せてくる。


 〈コダマと笠酒寄クンは伊勢堂に寄って新製品をチェックしてくること。ついでに買ってくるように。逆らったらお仕置き。百怪対策室室長 ヴィクトリア・L・ラングナー。〉


 メール画面にはそういった文面が映し出されていた。


 簡潔に、そしてやることはこの上なくわかりやすい。


 くそ。お見通しだったようだ。


逆らったりしたら何をされるのかわからない。


 特に今は笠酒寄も一緒になっているので手に負えない。


選択肢は初めからなかったのだ。


 だったら最初からこのメールを出せと言いたい。中途半端な希望ならちらつかせないでほしい。


 「……わかった。帰る準備するから待っててくれるか?」

 「うん!」


 元気はとてもよろしい。


 僕は嘆息しつつ、教科書やらノートやらを(かばん)に詰めだしたのだった。





 本日は伊勢堂に寄っていくということで普段とは違う方向に向かっている。 


 伊勢堂。


 この町でも有名な洋菓子店である。


 婦女子には圧倒的な人気を誇り、その店主の繊細な顔立ちからそっちの方面でも人気が高い。


 一説によると、というか噂によるとその甘いマスクで二股、三股は当たり前のようにやっている、なんてこともささやかれているのだが、これは同業者やらもてない男の嫉妬(しっと)やらひがみ交じりでもあるだろう。


 何にせよ、味の評判は良い。


 とろけるような濃厚な甘さのものから、さっぱりとしたフルーツ系まで多種多彩な品ぞろえをしている。その営業努力は正当に評価されるべきだろう。


 ……どうしても店主が話題を集めてしまうが、わざわざ他の町からも買いに来る人間も多いということからその実力のほどはうかがえる。


 かくいう僕も夏休みから何度も室長に買いに行かされているうちに味を覚えてしまい、それなりに通っている。 


 男子高校生ならラーメン屋にでも行っていろ、という声もあるかもしれないが味の嗜好(しこう)は人それぞれなので大目に見てほしい。


 大体、男子ならガッツリしたものが大好きだというのは偏見だと思う。いまどきそんなジェンダー論を振りかざすような人間には『脳みそが昭和時代』の称号を贈りたいと思う。


 話が逸れた。


 現在僕は笠酒寄と二人、伊勢堂に向かっている。


 室長は新発売の製品を買っていかないと恐らくは百怪対策室には入れてくれない。


 その上に、もし何かの間違いで中に入れたとしても待っているのは想像を絶する室長のお仕置きだ。


 僕は自ら地雷原に突っ込んでいくようなタイプではないので、ここは素直に室長の命令に従っておくことしたのだった。


 ……別に僕も伊勢堂の新製品が気になっているとかではない。決して。


 そんな自己弁護を心の中でしながら僕は笠酒寄と一緒に伊勢堂を目指しているのだった。


 他人から見たらいちゃついて一緒に帰っているカップルに見えるのかもしれないが、内情はそんなもんである。


 きわめて現実的な打算によって僕たちは伊勢堂に向かっているのだ。そこには甘酸っぱい青春のひと時なんていうものはない。言ってしまえばお得意先に向かっている平社員その1、その2ぐらいの感じだ。


 ゆえに僕はさっきからすれ違う人々から受ける生暖かい視線については断固抗議したい所存である。


 九月に入ってからなにかと笠酒寄が学校でも僕に絡んでくるので、カップルのように扱われているが、僕たちを繋いでいるものは恋愛感情なんかではなく、百怪対策室という存在なのだ。


 それがなければ僕たちはこうやって一緒にいることはない。


 『怪』が僕たちを繋いでいるだけだ。


 「空木君空木君、こっちの道から行くと近いんだよ」


 僕の考えを遮るように笠酒寄が指をさす。


 女の子らしい細い指が指すそちらは古い住宅地だ。


 昔からの住民が暮らすこの町でも一番昔の面影を残している区画になる。


 「僕はそっちを通ったことがないから、道が分からないよ」

 「大丈夫。わたしはよく通ってるから。それに昔はわたしこっちに住んでいたんだよ」

 「へえ、そうなのか」


 てっきりあの立派な家にずっと住んでいるものだと思っていた。


 いや、確かに立派な家だったが、新しい感じだったのできっと引っ越しでもしたのだろう。


 家を建てるのを機に同じ町内で転居したということか。


 となると、昔から裕福というわけではなかったということか。それとも、なにかの理由があって引っ越しをしたのか。 


 ……詮索するのはやめておこう。誰にだって聞かれたくないことの一つや二つはあるものだ。笠酒寄が自分から話すというのならともかく、僕がそこまで踏み込んでしまうのは礼を失するというものだろう。


 「んじゃあ笠酒寄、道案内頼むよ」

 「まっかせて!」


 元気よく請け負って笠酒寄は僕を先導するように狭い路地に入っていった。


 何の疑いもなく僕はそのあとについて行った。


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