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第五怪 その5

 矢筈さんのオフィスはかなり豪奢な作りだった。


 中身はともかくとして、見た目はボロアパートの百怪対策室とは比べるまでもない。圧倒的大差で敗北だ。比べられるような業種かどうかは知らないが。


 だが室長は建っている立派な建物のほうではなく、その周りをぐるりと囲んでいる塀のほうをずっと観察していた。


 実は僕もそうだった。


 なぜかというと、矢筈さんのオフィスを囲む塀には大小様々な石が埋め込んであったからだ。


 色とりどりの、原石もあれば磨き抜かれた(ぎょく)もある。よくよく見てみれば、琥珀まで埋まっている。ちょっとした原色鉱石図鑑だ。


 こういった系のモノには弱い。少しばかり見蕩(みと)れてしまう。


 子供の頃に昆虫図鑑を眺めて胸をときめかせていたころが思い起こされてセンチメンタリズムに浸りそうになる。


 が、そんな僕にはお構いなしに室長は一個一個埋まっている石をつぶさに観察していっていた。


 そのたびに「ちっ」とか「外れか……」などと言ってるのはきっとサンジェルマンの石を探しているのだろう。金目になりそうな鉱石があったら盗もうと考えている、なんてことはないと信じたい。うん。


 「どうかな、空木君。私のオフィスは」


 なんとも誇らしげに矢筈さんが胸を張る。


 そのオフィスのせいで『怪』に巻き込まれているんですけどね、とは突っ込まない。そういうのは野暮というものだ。


 男であるからには自分の城を持ちたいという欲求はあるだろうし、それをどのように叶えようと違法でない限りは批判されるいわれはない。


 「素晴らしいセンスだとおもいます」


 ゆえに僕は当たり障りのないことを言うのだった。


 そして矢筈さんがどれだけの苦労をしたのかという話が盛り上がり始めた時に、室長が声を上げた。


 「あったぞ、コダマ」


 僕も矢筈さんも流石にそちらのほうに向かう。


 室長は門部分から入って裏側に回っており、ちょうど門から一メートルほど離れた場所に埋め込まれたきれいな水色の石を見つめていた。


 「室長、それがサンジェルマンの石ですか?」

 「ああ、そうだ。トルコ石を使用しているようだな。ふふん、馬鹿め。今に見ていろ」


 獲物をなぶる捕食者というのはこういう顔をするのではないだろうか。かなり凄絶(せいぜつ)な笑みを浮かべて室長はご満悦だ。


 「でも、それホントにサンジェルマンの石なんですか?」


 もし違っていたら大事(おおごと)だ。間違いでやりました、では済まないようなことが起こるような気がしている。


 「間違いない。なんならもうすぐだから確かめてみるか?」

 「何をですか?」

 「本物かどうか、だ」


 言い終わるかどうかと同時に石が淡く輝く。


 注目していたからこそ分かったぐらいにほのかに、だ。


 少しして、石の前方三メートルぐらいの場所に人影が現れていた。


 中世ヨーロッパ貴族風の服装。


 理知的な顔立ち。


 そして優雅な立ち姿。


 恐らくは生前のサンジェルマンだろう。


 ということはこの石が間違いなく、本物だということだ。


 映し出された幻影は僕にはわからない言語で何かをこちらの説明しているようだ。矢筈さんの部下の話によるとフランス語らしいが。


 身振り手振りも交えているが、さっぱりわからない。


 「室長、なんて言っているんですか。これ」

 「テーブルマナーについて熱く語っているな」


 なんだそれ。魔術とか、錬金術とかじゃないのかよ。というか室長がフランス語を分かったことの方が驚きかもしれない。


 「まったく。こんなくだらないことの為に人格を分割するとはな。ふん、いいだろう。私が引導を渡してやる」


 幻影に向かって室長はびしり、と指を向けて宣言した。


 あー、嫌な予感がする。


 具体的に述べるなら僕がひどい目に合う予感がする。しかも痛い系。


 「ところで矢筈さん。保険には入っていますよね?」


 ここで突然室長は矢筈さんのほうに水を向けた。


 「ええ、入っています。ここは私の大事な場所ですからね」


 一片も動揺せずに矢筈さんは答える。


 「完璧だな。これで遠慮はいらないな」


 クククク、と悪役めいた笑いをやってくれる室長だった。意外と笑い方のバリエーションは豊富だったらしい。


 ところで、一つ気になることがある。


 「室長、この石はなんで突然発動したんですか?」


 そう、サンジェルマンの石がなぜ発動したのかということだ。


 マジックアイテムならば効果が出るにはなんらか条件がある。まさか三人以上に注目されることが条件なんてことはあるまい。矢筈さんは一人でサンジェルマンの幻影を目撃しているし他の目撃者も都合よく複数で目撃した、なんてことはそうそうないだろう。


 ならば、なぜだ?


 「ああ、それなら空を見てみろ」


 空? 僕は言われたとおりに空を見上げる。


 赤と紫のグラデーションが雲を染めて、まるで抽象画のような光景が広がっていた。


 わからん。


 「すいません。わかりません」


 首を戻して素直に感想を伝える。


 はぁー、と室長は長い溜息を吐いた。


 「サンジェルマンの石の発動は夜と昼の境界の時間、つまりは黄昏時(たそがれどき)だ。この時間に近くに人間がいると石は幻影を生み出す」


 なるほど。しかし、なんでまたそんな時間なのだろうか。


 質問は思いついたらすぐするに限る。


 「黄昏時、逢魔(おうま)が時は存在が揺らぎやすいんだ。その時間帯には魔術の発動に必要な魔力も減る。つまりは節約術だな」


 けっこうみみっちい理由だった。


 伝説にもなっている割にせこいなサンジェルマン。


 「とにかく、こいつをどうにかするのは今夜だな」

 「え、今やらないんですか?」

 「馬鹿者。悪いことは夜にこっそりとやるものだ」


 やっぱり悪いことなのか。


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