第五怪 その3
「誰なんですか? そのサンゼルランって」
「サンジェルマンだ。統魔の設立以前に存在していた魔術師、いや錬金術師だ」
とっくにくたばっているがな、と室長はなんとかいつもの調子を取り戻そうとしているのかタバコを咥える。
火を点ける動作自体は優雅なものだったが、表情のほうは苦虫をかみつぶしたかのようだ。
「どうも厄介な人みたいですけど、死んでいるのに、なにをできるっていうんですか?」
流石にどんな魔術師でも死んでしまったらそれまでだ。いや、何らかのマジックアイテムを作成していて、それが『怪』を引き起こしている可能性もあるか。
「そうだな、ある意味ではサンジェルマンの遺物になるのかもしれないんだが、サンジェルマン自身でもある。困ったことにな」
なんとも要領を得ない回答である。
「サンジェルマンというのは、あの不死伝説のサンジェルマン伯爵ですか?」
何か知っているのか矢筈さんが入ってくる。なんだか有名人の話でもしているかのようだ。
もし当たりなら矢筈さんがなぜそんなことを知っているのかということが不思議だ。
「ええそうです。その不死伝説の元凶が今回の犯人ですね」
答える室長は苦々しい表情を崩さない。過去にサンジェルマンと何かあったのだろうか?
「結局、犯人は何なんですか? サンジェルマンの遺物でありながらサンジェルマン自身でもある。そんなモノって存在するんですか?」
「あー。そうだなぁ。そこから説明しないとな」
室長は至極面倒くさそうに呟く。
それから、矢筈さんのほうに「ここから聞いた話は他言無用でお願いします。そうしないと貴方の身の安全が保障できません」などと脅しをかける。依頼人に脅しをかけるというのは前代未聞なのではないだろうか。いや、室長のことだから過去にやらかしている可能性は否定できない。
ふう、とタバコの煙を吐きながら室長は語る。
「そもそもサンジェルマンの不死伝説自体がとあるマジックアイテムによって引き起こされている『怪』なんだ。サンジェルマンの石。そう呼ばれるマジックアイテムが元凶だ。そもそもこれはどういったアイテムなのか? そういう疑問が当然あるだろう」
こくこくと僕はうなずく。
矢筈さんも真剣に聞いている。どうも現代人ながらも『怪』に毒されてしまっているようだ。
室長は続ける。
「サンジェルマンという人物は優秀な魔術師だったんだが、いかんせん人間だった。特に錬金術に長けていたヤツは最期の最期でとんでもないことを考えた。コダマ、なんだと思う?」
いきなり僕に話を振られても困る。
そんな錬金術師だか、魔術師だかの思考回路なんてわかるはずがない。
「もしかして、不老不死でしょうか?」
答えられずに困っていた僕の代わりに矢筈さんが答える。こういうところはやっぱり大人だ。
「その通り。ある種人間の根源的欲求である『死の回避』、それに没頭したのです。その結果として哲学者の石とか賢者の石とか呼ばれる物質も作ったようですが、これは不老不死をもたらさなかった」
「一般的には賢者の石が不老不死の効能を持つといわれていますが?」
「ええ、あまりにも有名になり過ぎてしまったので、サンジェルマンの石のほうを隠すために統魔という組織が広めた話です。賢者の石には不老不死の効果はなかった。よって優秀なアホはその頭脳を用いてアホなことをしでかしました。自分自身を分割して鉱石に閉じ込めたのです」
はい?
矢筈さんが意外に魔術なんてものに関して詳しいことに感心していた僕は心中ながら間抜けな声を上げてしまった。
「これらをサンジェルマンの石と呼んでおり、統魔においてもB指定、つまりは魔術師でさえも許可のない所持は禁止されており、基本的には統魔が管理しています。また許可なき場合の破壊は厳しく処罰されます」
つまりは今回の事件の原因をどうにかしようと思ったら統魔に喧嘩を売ることになってしまうわけだ。
統魔は指定のついた魔術師、物品の管理に関しては厳しい。そんな組織に真っ向から喧嘩を売ってしまったら最悪は殲滅指定、つまりは殺される。
魔術の世界に生きる存在が統魔を敵に回すのはまずい。わかりやすく言うと情報とインフラを押さえられて、指名手配犯になるようなものだ。僕にも詰みだということがわかる。
結論。どうしようもない。
統魔に報告したらどうにかなるのかもしれないが、その場合は矢筈さんの身に危険、まではいかなくとも何らかの不利益が生じる可能性はある。
魔術に関する記憶を抹消するためになんらかの措置を講じることは容易く想像できる。
そうなった場合、会社の経営に関しての記憶まで保障されることはない。もちろん、その場合の損害の補償もだ。
『怪』の大本はとっくに死んでおり、『怪』自身をどうにかしようとすると統魔に喧嘩を売ることになってしまう。放っておいてもいつかは統魔が気づいて矢筈さんは不利益を被る。
なんてこった。
とんでもないことをしてくれたものだ、サンジェルマン。
室長がさっきから苦々しい表情なのも納得できる。
依頼を解決したくでもできないのだ。
こういった場合に他をあたってくれ、と断れるのならばいいのだが『怪』の専門家なんていうものはそうそういるものではない。少なくとも僕は室長しか知らない。
困った。僕にはどうやって矢筈さんを助けていいのかがわからない。
それは室長も同じだろう。
性格は悪いものの、プロフェッショナルである以上は成果を挙げないといけないという信念を持つ室長にとっては非常に不愉快な事態である。こういった事態は初めてなのでどうなるかはわからないが、とりあえず僕の身の安全を確保しておいた方がいいだろう。なんとなく嫌な予感がする。
「ど、どうも今回の事件には僕の活躍の場はないみたいですね。ははははは……」
乾いた笑いになってしまった。演技が下手過ぎる。
というか、完全に誘導を間違っている。
こんなことを言えばむきになるのが室長だというのに。
案の定、室長はなにかぶつぶつ呟きながら考え込んでしまった。
単語を取り出してみると『バレないように』とか『アレなら……』とか『いざとなったら』などである。今すぐ応接室のドアを蹴り破って逃げたい。
矢筈さんもどこか心配そうな顔だ。
心配しないでください。なるようにしかなりません。心配するだけ無駄です。
そう助言してあげたかったのだが、今の室長は導火線に火が点きかけの爆弾と同じである。少しでも刺激するようなことは避けたい。
ここは可及的速やかに百怪対策室から退避するのが正解だろう。巻き込まれて火傷(火傷どころか全身が吹っ飛びかねないが)するのはごめんだ。
「や、矢筈さん。室長も今回は少しばかり手こずるみたいですから今日のところはいったんお開きということにして後日、対策を練ってみませんか?」
問題の先送りという愚行を犯す僕であった。
しかしながら、それを許してくれるような室長、否ヴィクトリア・L・ラングナーではなかった。
「まてコダマ。いい案を思いついたぞ」
ニタリ、と室長が嗤う。
なんとも嫌な笑みだ。
矢筈さんまで表情がこわばっている。
「ふふふ……なんでこんなことに気づかなかったんだろうなァ。サンジェルマンがアホならもっとアホをぶつければよかったんだ。ふふふ……」
よほど気分がいいのか、滅多に火を点けることがない、とっておきと言っていた葉巻を室長は白衣のポケットから取り出す。
そんな大事なものをポケットに入れていたのか……。
じょぎん、とこれもポケットから取り出したギロチンカッターで端を落としてから慎重にライターで反対の端を炙る。
火がしっかりと灯った葉巻を咥えて、ふかしだす。
すさまじい煙が部屋の中に充満する。
未成年のいる場所で喫煙しないでください。
そう諫めたかったのだが、いまの室長になにかを言う勇気は僕にはない。
正直、マッドサイエンティストにしか見えない。
「さて、コダマ。方針は決まった。あとはサンジェルマンの石を確認しにいくか」
フハハハハハ! などと高笑いするのはやめてほしい。金髪白衣にジャージの少女が葉巻を持って哄笑しているのはなんとも名状しがたい。少女という歳ではないが。
せっかくの日曜だというのに、僕の今日の〆はどうも穏やかにはいかないらしい。
どうしてこうなった。




