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第一怪 その3

 「こ、これって……一体どうなってるの?」


 ドアを通って一分ほど絶句していた笠酒寄の第一声がそれだった。


 まあ、当然だろう。外から見たら良くて1DKぐらいのアパートなのに中に入ってみると明らかに広すぎる玄関にいたのだから、誰だってそうだろう。初めての時には僕だってそうだった。いきなり玄関部分がちょっとした部屋ぐらいの広さがあったら驚く。日本でも玄関からこれだけ広い一般家庭っていうのはなかなかないのではないだろうか? 広いのは玄関だけではない。僕らの目の前には人十人ぐらいは横に並んで通れそうな廊下が広がっているし、その途中にはいくつもの扉が存在していた。


 一般的な日本のアパートとはとても思えない内部に驚いて笠酒寄はぽかんと口を開けたままになった。


 「あんまり気にするなよ。あとで気が向いたら室長が説明してくれるかもしれないから、とりあえず今は応接室に行こう」

 「ぇ……あ、うん」


 どことなく納得していない様子だったが、僕にはこの内部の構造を説明することができないので、速やかに助手の、というか受付窓口の役目を果たすことにする。


 室長がいるであろう応接室は一番手前の扉だ。この西洋風の内装には合っているが、日本の平凡なアパートには似つかわしくないやたらと古めかしい扉を押し開けると中にはテーブルと向かい合うようにソファが二つ。そして、ソファの片方には室長がリラックスした様子で座っていた。


 「ん、来たな。まあ、座れ」


 いたずら好きの猫を思わせる笑みを浮かべて室長は対面のソファを目で示す。その言葉と動作だけを見れば好々爺を思わせるが、座っているのは臙脂色のジャージの上に白衣という風変わりな格好をした見た目女子中学生ぐらいの金髪少女である。威厳は全くない。むしろ無理をして背伸びしているようにしか見えないうえに格好のせいで思春期をこじらせた演技にしか見えない。だが、彼女こそがこの百怪対策室の室長にして(あるじ)、ヴィクトリア・L・ラングナーである。


 とりあえず言われたとおりにソファに座る。もちろん笠酒寄が座れるように端の方にである。


 そんな風に僕が気を遣っているのに笠酒寄は部屋の入り口でぽかんと口を開けて棒立ちになっていた。


 「どうしたんだよ? 室長に依頼があるんだろ。話をするんだから座ってもらわないと困るじゃないか」


 僕の呼びかけに反応して笠酒寄は室長から目を離さないままにぎくしゃくとした動作で座る。そのせいでちょっと僕との位置関係が近くなりすぎてしまったようだが、この際気にしないことにする。


 さて、と室長が呟いて足を組む。妙齢の美女がやったのならば色気のある動作なのだろうが生憎と室長がやっても背伸びしているお子様にしか見えない。


 「初めまして。私の名前はヴィクトリア・L・ラングナー。キミの体験した出来事を話してくれるかな」


 まるでおもちゃを与えられた子供のような顔で室長は言った。


 「は、はい……」


 対して笠酒寄は引きつった笑みを浮かべている。まあ、わからないでもない。いきなり自分よりも年下に見える少女に事情を話せと言われても、ハイそうですかとできるものではないだろう。僕もそうだった。が、あまり時間をかけたくもないのでここは僕が動くことにする。


 「笠酒寄、この人は間違いなく君が求めている人物だ。見た目はこじらせた中学生女子だけど、年上だ。それに君が聞いた事件を解決したのはこの人だよ、僕じゃない」

 「おいコダマ、いまの前半部分も私のことを言ったのか?」

 「それ以外のなんだと思ったんですか?」

 「上等だ。縄を用意してやるから輪っかを作って首をひっかけろ。あとは私がやってやる」

 「そんな回りくどいことしなくても僕の首ぐらいなら引きちぎれますよね? 自分でやりますよ。やるときには」

 「それが明日にならないことを祈るんだな」


 にやにやとしながら室長は用意してあった紅茶を飲む。いつものことだ。


 「で、だ。笠酒寄、事情を話してくれないか? そうしてくれないと室長も君を助けることはできない。この人はたしかに妙なことに関しては力を貸せるけど、それ以外にはあまり向いていないんだ」


 笠酒寄の目を見てそう告げると、彼女は決心したようにあの言葉を発した。


 「……私にかかったオオカミの呪いを解いてほしいんです」


 ぴくり、と室長の眉が動く。


 『オオカミの呪い』とやらに心当たりでもあったのだろうか?


 「呪い……ね。えーと、キミ名前はなんだい?」


 室長の問いに笠酒寄はあたふたと答える。そういえば笠酒寄の名前をまだ言っていなかった。


 「笠酒寄ミサキです。頭に被る笠にお酒に寄ると書いて笠酒寄。ミサキはカタカナです」


 それを聞いて室長はしばらく思案顔をしていたが、なにか閃いたのか突然立ち上がった。


 「ちょっと倉庫から取ってくるものがあるから二人ともここで待っていろ。逃げたらお仕置きな」


 そう言い残して早足早に応接室を出ていってしまった。


 部屋の中には僕と笠酒寄が取り残される。


 こういうシチュエーションには慣れていない(慣れている奴がいるとしたらどんな奴なんだ?)のでどうしていいかわからずに僕は黙りこくっていた。とりあえず、室長が帰ってきたら何らかの進展はあるはずなので、それまではひたすらに沈黙に耐える作戦だった。


 「空木君はどうやってあの人と知り合ったの? っていうかなんでこんなところで助手なんてしているの?」


 こいつ! 人がせっかく余計な手間をかけないように黙っているつもりだったのにそれを台無しにするなんて、人でなしだな!


 とはいうものの、エスパーでもない笠酒寄に僕の考えを正確無比に汲んでくれというのは土台無理な話だろう。しょうがない。ここはちょっと話に付き合うことにしよう。


 「室長に知り合ったのは貼り紙を見たからだよ。ちょっと僕が困っていることがあったんだけど、その時にこの百怪対策室の張り紙を見たんだ。」


 夏休みの初めの頃だ。僕のいままでの人生の中でもとびっきりに奇妙だった出来事。その解決を依頼したのが室長との関係の始まりだった。


 「その時に解決してもらった代償というか、アフターケアサービスのために僕はここで室長の手伝いをしているんだよ」


 いうだけなら簡単だ。夏休みだけでも何度か死にかけているが、そのことには触れない。触れた場合は笠酒寄に危害が及ぶ可能性が出てくるからだ。そういうのは、好きじゃない。


 「室長さん、ううん、ラングナーさんが空木君の何かを解決してくれたっていうのはわかったんだけど、なんでそれで手伝うことなんかになっているの?」


 む、なかなか答えづらいことを聞いてくる奴だ。第一印象とは違って結構ぐいぐい来る方だったらしい。


 「言っただろ? 代償というかアフターケアだって。こうして手伝っているのにはちゃんとしたわけがあるんだよ。決して僕が室長に弱みを握られているとか、依頼料がとても払えそうになかったから助手として無給で働いているとかではないんだよ」


 「そうなの? それにしてはかなり扱いが雑だったような気がするんだけど……」

 「大体室長はあんな感じだよ。例外なのは昔の知り合いとか依頼人とかだけだよ。そして僕は室長の昔の知り合いでも依頼人でもない。今はね。だからあれでいいんだよ」

 「ふうん……そうなんだ」


 なんだか釈然としないといった様子で笠酒寄は呟く。


 なんでこんな話を僕に振ってきたのだろうか? もしかして依頼料とかについて心配だったとかだろうか? まあ、その辺、室長はふんだくれる人間からはふんだくるが、払えない奴についてはそれなりの代償しか求めないので安心だろう。世の中は平等ではないというのが室長のモットーだ。


 しかし、僕にも気になることがあるといえばある。


 「なあ、笠酒寄。君の言っている『オオカミの呪い』っていうのは一体何なんだ? 僕にはさっぱりだ」


 そう、笠酒寄は百怪対策室にくる道中にもその内容に関しては言及しなかった。


 呪い。


 現代社会においてはそんなことを言おうものならば一笑に付されるような単語である。しかし、僕は知っている。そういったモノが存在しているということを。


 室長と関わってから、僕は眉唾物の現象に、物品に、存在に出会ってきた。もはや笑えないレベルではあるのだけど、笠酒寄がそういったモノで困っているというのならば力になってやりたいと思うぐらいの甲斐性は持っているつもりだ。それが一体どんなものなのかは知らないが、室長はすでに何らかの心当たりがあるようだったし、早いところ安心させてやりたい。わからないということがどれだけ不安なのかを僕は知っているのだ。


 「う、うん……わたしも実はよくわかっていないんだけど、夏休みに入ってから始まったの。初めは気のせいだと思っていたんだけど、だんだんはっきりしてきて……誰にも相談できなかったんだけど、そんなときに空木君の噂を聞いたから……」


 どうも、呪いとはいっても笠酒寄自身も確信はないようだった。当然だろう。もしこれがなんらかの魔術に関しての事態だったとしたら知識のない笠酒寄に対処のしようはない。専門家を頼るしかないのだが、そうそう魔術の専門家というものは存在しておらず、その上に表社会には登場しない。笠酒寄が僕のことを知ったのは幸運だったというべきなのかもしれない。


「空木君はなんだかすごい事件を解決したって聞いたし、その他にも最近起こった変な事件には空木君が関わっているっていう噂も聞いていたし、だからわたしのこともどうにかできるかもって考えたの」


 あんまり頼りにされても困る。あくまでも僕は助手であり、受付窓口みたいなものなのだ。多少の戦闘能力はあるかもしれないが、室長にはあらゆる分野でかなわない。僕よりも室長のほうが頼りになるのだ。なぜか、僕のことばかりがピックアップされているけれども。


 「ねえ、空木君。空木君はわたしの呪いも消してくれるよね?」

 「……僕じゃない。その役目は僕じゃない。だけど、室長がきっとどうにかしてくれるよ」


 かなり近い距離で上目遣いに問われたので内心はどきどきモノだったのだが、どうにか態度には出なかったと思う。


 クールな人格を気取りたいお年頃なのだ。


 それにしても、室長遅いな。そろそろ一体何を取りに行っているんだろうか? 僕の方から探しに行った方がいいのだろうか?

 目のやり場に困ってドアの方を見ると室長がにやにやと笑いながら立っていた。


 「お楽しみのところを邪魔してしまったか?」


 そう言ってまるで三日月のようになっている口をさらにこっちの神経を逆なでするように変形させてくる。室長じゃなかったらぶん殴っている顔だ。


 「戻ってきてたんなら言ってくださいよ。もう少しで探しに行くところだったんですよ」


 イラっと来たのでやや窘める(たしなめる)ような口調になってしまったが、それでも室長はにやにや顔を辞めない。


 「いやあ、男女の青春グラフィティを邪魔してしまっては悪いと思って空気を読んだんだよ。大事だろう? そういう技能は」

 「?」

 その言葉で僕は現在の状況を分析開始。


 他に誰もいない(と思っていた)部屋の中でクラスメイトの女子と同じソファに座り、なんだかその女子から上目遣いで見られている。しかもなんだか女子は身を乗り出している。ちなみに時刻は午後七時四十五分。


 「笠酒寄、ちょっと離れてくれないか?」


 「え? なんで?」


 「あらぬ誤解を生んでしまうからだよ!」


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