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第五怪

 九月が明けて十月。


 とうとう一年も終盤に差し掛かり始めたその時期。世間一般ではなぜかハロウィンに向けての商戦が始まり、どこかしら浮かれた雰囲気が漂い始めた時期。どうにも日本人という民族はどうしようもなくお祭り好きで機を見ては騒ぎたいものである、なんてことを僕が薄々思っていたころ。その事件は起こっていたらしい。


 いつものことながら僕はそれに巻き込まれることになるし、いつものごとく室長にからかわれる顛末なのだが。それはそれでしょうがない。助手としてある程度のことは許容しなければならない。仕方ない。だがしかし、それでも僕は声を大にして言いたい。


 統魔、仕事しろ。




 

 「幽霊を見てしまってね」

 「はぁ……幽霊、ですか……」


 十月の半ばの日曜日、午後三時。


 一般的な学生、もしくは社会人ならば終わってしまう週末に一抹(いちまつ)の寂しさを覚え、十数時間後には始まる一週間というものに対して少しばかりの憂鬱感を覚えるような時間帯。僕は依頼人の話を聞いていた。


 依頼人は中年の男性。どこから僕の話を聞いたのかわからないが、みょうちきりんな事件に遭遇してしまい、僕のことを頼ってきたらしい。妹の小唄から勝手に約束を取り付けたことを聞いた時には兄を何だと思っているのか、と問い詰めたい気分だったが、よく考えてみれば僕の扱いが雑なのは空木家のいつものことだった。僕の地位、低くないか?


 話が逸れた。


 とにかく、困っている人の話はとりあえず聞かないといけない。


 奇妙な事件、現象の裏には『怪』が潜んでいる可能性が高い。そういったことの専門家である百怪対策室室長、ヴィクトリア・L・ラングナーにとっては飯の種であると同時にライフワークの一環でもあるのだ。断ったらどういう扱いを受けるかということは想像したくない。


 ゆえに僕はわざわざ休日に電車に乗って隣町までやってきたのだった。


 待ち合わせ場所はとある喫茶店。


 約束の十分前に到着した僕は少しばかりの一人の時間を堪能(たんのう)しようと思ってケーキセットを頼み、甘味に酔いしれている状況だった。


 そんな中、突然に声をかけられた。


 「(きみ)が空木君かい?」

 「はいそうですけど。どなたですか?」


 個人的にはかっこよく顔を上げたつもりだったのだが、ケーキを食べながらの男子というのは締まらない絵だっただろう。もうちょっと考えて頼めばよかった。


 そんな僕の考えなんて知ったことではないとばかりに声をかけてきた男性は僕の向かいに座る。


 「初めまして。私は矢筈(やはず)智志(ともし)という。君の話を聞いてね。解決してほしいことがあってこうして相談しに来た」


 ご丁寧にスーツを着込んで名刺を差し出してきながら中年の男性が自己紹介をする。


 他人から見てみたらビジネスの会話をしている二人なのだろうが、片方が明らかに未成年というのはなんとも不思議だろう。……なにか変な誤解を受けなければいいが。


 「これはどうもご丁寧に。生憎(あいにく)、僕は名刺を持っていないので申し訳ありませんが差し上げることができません」

 「いやいや、まだ学生だろう? 名刺を持っていたらそれはそれで面食らってしまうな」


 くすり、と漏らすように矢筈さんは笑う。


 とりあえず、アプローチは成功だろう。これで少しは冗談が通じる人間だということが分かってもらえたらいい。冗談を言えるということは大事だ。


 「それでは早速ですけど、何が起こっているんですか? いや、どんな『怪』に遭遇してしまったんですか?」


 そして冒頭である。


 幽霊。


 僕も遭遇したことはある。


 あれは解決したというよりも、どっちかというと勝手に解決されてしまったという表現のほうが正確な気もするが、とにかく、経験はある。少しは楽そうだ。


 「なるほど。どんな幽霊ですか?」

 「驚かないんだね」

 「慣れてますから。それに人間の形している方が楽ですしね」


 先日の大根騒動以来、特にそう思う。やはりコミュニケーションとれそうな姿のほうが気が楽だ。解決が簡単かは置いておく。


 「噂通りに肝が据わっているらしいね。では単刀直入にいこう。現れる幽霊は中世のヨーロッパ貴族みたいなやつなんだ」


 ……ヨーロッパに出現してくれ、そんなの。日本に出るなら少しは日本らしい恰好をしろ。


 室長じゃあるまいし、幽霊が海を渡ってきたとかじゃないだろうな。


 僕がそんなことを考えている、などといったことを矢筈さんは知る由もなく話を続ける。


 「私は社員こそ少ないが一応は会社の社長でね。最近オフィスを新築したんだが、その場所に幽霊が出現するようになってしまったんだ。おかげで社員は不気味がるし、私も変な噂が立つんじゃないかとひやひやしてしまっているんだ」


 経営者というものも楽ではないらしい。室長はそうでもないだろうが。


 「私も現代人だ。初めは幽霊なんて信じてなかった。社員達を叱り飛ばしたものだ。しかしね、先週見てしまったんだ」

 「幽霊を、ですか」

 「ああ。あれは間違いなく幽霊だった。貴族の格好をしているだけでもおかしいのに、あれは音もなくいきなり出てきて、しばらくしたらいきなり消えてしまったんだ。そんなの、幽霊しかいないだろう?」

 「そうでもないですよ。世の中には一般人からしてみたら不思議なことは沢山ありますから」


 人狼に変身できる少女とか、超能力者で吸血鬼のなりそこないの少年とか、オタク文化に染まってしまった魔術師とか。


 そういったものの近くに存在している僕からしてみたら驚くようなことでもない。


 いきなり出現して消える、なんていうのも暇を持て余した魔術師の悪戯という可能性を捨てきれない。あくまでも可能性ではあるが。


 もしくはマジックアイテムの仕業か。


 空間転移の術式は高度なものだということは室長から聞いているが、姿を消すのはそう難しいことでもないらしい。統魔でしっかり勉強した魔術師ならできて当然、ぐらいの認識らしい。


 が、いまそれを告げて、余計に混乱させるのもまずいだろう。依頼人には素直に室長のところまで来てもらう必要がある。


 「それじゃあ、僕が助手を務めている人の元に案内しますよ。その人が本当の解決人です」


 そう言って、僕はケーキの最期のひとかけらを口の中に押し込む。ゆっくり味わえなかったのは残念だが仕方ない。コーヒーはまだ半分以上残っていたがこれは諦めよう。


 立ち上がろうとした僕に待ったをかけるように矢筈さんは手を挙げる。


 「どうしたんですか? なにか疑問点でも」

 「いや、疑問点はない。しかし、ちょっと時間をくれないかと思ってね」


 なんだろう? こういう時にはとっとと案内してくれというのが普通の反応だと思うのだが。


 それとも相手のテリトリーで話をするのは嫌、とかだろうか。それなら室長にご足労願わないといけなくなってしまうのでおそらく依頼料が増える。同時に僕のストレスも増えるのでご遠慮願いたいものだが。


 「ここの抹茶パフェはなかなかのものでね。こういう機会でもないと食べられないんだ」


 どうも威厳を保つということも一筋縄ではいかないようだ。


 「今度にしてください。室長は暇人だけど気まぐれなんです」

 「おごるよ」

 「三十分ぐらいは大丈夫でしょう」


 速やかに座り直してウェイトレスを呼ぶ。


 あっさりとモノに釣られる僕であった。


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